第82話 異文化とは面白いものじゃ
翌朝。
まだ陽が昇りきらぬ時間に、わしら四人はラグナールの街へ向かった。
旅の準備のための買い出しじゃ。
ドランは元気よく歩き、アリアは欠伸をしながらついてくる。
フレインはというと──
「……この密度で……生活が成立しているのですか……?」
街の入口で、既に圧倒されておった。
「フレインさん、ラグナール初めてですか?」
「ええ……。森の集落とは……随分と……違いますね……」
フレインは市場の喧騒を前に、目を細めて周囲を観察しておる。
人の声、商人の呼び込み、荷馬車の音、焼き菓子の匂い──
全てが新鮮らしい。
「ほれ、行くぞい。まずは保存食じゃ」
「は、はい」
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市場に入ると、フレインの“初めての人間文化”が次々と炸裂した。
「そこの兄ちゃん! 干し肉どうだい! 今なら二つで銅貨五枚!」
「……値段が……変動……?」
フレインが固まる。
「交渉次第で変わるんだよ。ほら、こういうのは──」
ドランが胸を張り、商人に向かって指を立てた。
「兄ちゃん、三つで銅貨六枚にしてくれ」
「お、分かってるねぇ! いいよ!」
「……本当に……変わった……」
フレインは目を丸くしたまま動かん。
「フレインさん、ラグナールはこういうとこなんですよ」
アリアが笑いながら説明する。
「……文化の差、というやつですね……」
フレインは真剣に頷いた。
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次に向かったのは道具屋じゃ。
「火打石と保存瓶を……」
わしが店主に声をかけていると、横でフレインが何やら見つめておる。
「……これは……?」
フレインが手に取ったのは、金属製の折り畳み式の鍋じゃ。
「折り畳めるんですよ、それ」
アリアが説明すると、フレインは驚愕した。
「……鍋が……折り畳める……?」
「エルフの国にはないのか?」
「ありません。鍋は鍋です」
「そりゃそうだろ」
ドランが笑う。
「しかし……便利ですね……。文明の力……」
フレインは鍋をそっと戻し、まるで神具でも扱うような慎重さじゃった。
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さらに歩いていると、子どもが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、耳ながーい!」
フレインの耳を指差して笑う。
フレインは固まった。
「……っ……」
「フレインさん?」
「……どう反応すれば……?」
アリアが吹き出した。
「普通に笑ってあげればいいんですよ!」
「……笑う……?」
フレインはぎこちなく微笑んだ。
「……こ、こう……ですか……?」
「こわっ!」
ドランが叫び、アリアが腹を抱えて笑った。
「フレインさん、優しいけど表情固いから!」
「……難しい……」
フレインは困ったように眉を下げた。
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買い出しを終えた頃には、太陽はすっかり頭上にあった。
「腹減ったな。昼にしようぜ」
ドランが伸びをしながら言うと、アリアも元気よく手を挙げた。
「賛成! あそこの食堂、前に行ったけど美味しかったですよ!」
アリアが指差したのは、ラグナールでも評判の食堂らしい。
わしらはそのまま店に入った。
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店内は昼時で賑わっておった。
木のテーブル、香ばしい肉の匂い、客の笑い声──
フレインは入口でまた固まった。
「……にぎやか……ですね……」
「フレインさん、ここは人気店なんですよ」
アリアが笑うと、フレインはこくりと頷いた。
「席空いてるぞ」
ドランが奥の四人席を指し、わしらは腰を下ろした。
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店主がメニューを持ってきた。
「今日は煮込み肉と野菜スープがオススメだよ!」
「煮込み肉……?」
フレインがメニューを凝視する。
「エルフの国にはないのか?」
「ありません。肉はありますが……こんな……豪快な調理は……」
アリアが吹き出した。
「フレインさん、煮込み肉は美味しいですよ! 柔らかくて!」
「……柔らかい……肉……?」
フレインは未知の料理に対して、なぜか緊張しておる。
「じゃあ四つ、煮込み肉で」
ドランが注文をまとめた。
料理が運ばれてくると、フレインはさらに固まった。
「……これは……」
湯気の立つ大皿に、ほろほろの肉と野菜。
香りだけで腹が鳴りそうじゃ。
フレインが慎重に一口すくった、その時──
わしも同じく一口食べた。
「…………っ」
フレインとわし、同時に目を見開いた。
「フレインさん?」
「……とても……柔らかい……」
「ボニフさんも?」
「……五百年前より……格段に……旨くなっとる……」
アリアが吹き出した。
「いや……これは……驚嘆に値する……。
肉の繊維のほぐれ方、香草の使い方……。
保存技術の発達もあるのか……?」
「お前は料理学者かよ」
ドランが笑う。
フレインはフレインで、真剣な顔で頷いておる。
「確かに……素材の味が……生きています……」
「お前も評論家みたいになってるぞ!」
ドランが突っ込み、アリアが腹を抱えて笑った。
「フレインさん、ボニフさん、真面目すぎるんですよ!」
「……真面目に向き合うべき味です……」
「……同意じゃ……」
「向き合うな!!」
ドランの叫びに、店内の客がちらりとこちらを見る。
フレインは気まずそうに背筋を伸ばし、
わしはわしで、静かに二口目を味わっておった。
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食事を終え、店を出る頃には、フレインの表情はどこか柔らかくなっていた。
「……人の街の食事……悪くありませんね……」
「だろ?」
ドランが肩を叩く。
「フレインさん、これからもっと色んな料理食べられますよ!」
「……楽しみに……しておきます」
フレインは静かに微笑んだ。
そしてわしは、空を見上げながら呟いた。
「……次はどんな料理に出会えるか……楽しみじゃの……」
アリアが笑い、ドランが肩をすくめた。
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買い出しを終え、荷物をまとめて歩き出す。
「フレインさん、初めてのラグナールどうでした?」
アリアが尋ねると、フレインは少し考えてから答えた。
「……賑やかで……驚きの連続でしたが……」
そして、ふっと柔らかく笑った。
「悪くありませんでした」
アリアは嬉しそうに頷き、ドランは肩をすくめた。
「まぁ、そのうち慣れるさ」
「……努力します」
フレインは真面目に返事をした。
わしは三人のやり取りを見て、口元を緩めた。
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