第78話 少なくとも
張り詰めた空気の中。
ルークは肩をすくめ、わずかに笑った。
「少しだけ、ね」
誰も口を挟まん。
フレインは弓に手をかけたまま。
ドランは露骨に警戒し、
ファルネスは静かに場を見極めておる。
じゃが、この場で問うのは、わしじゃ。
「“適合体”とは何じゃ」
単刀直入に切り込む。
ルークは一瞬だけ目を細め──
「……簡単に言うとさ」
軽く息を吐いた。
「教団が欲しがってる“器”だよ」
「器……?」
アリアが小さく呟く。
「そう。魔力とか、何かしらの“力”を無理やりでも受け入れられる人間」
指をひとつ立てる。
「普通の人間じゃ、まず壊れる」
さらりと言う。
「精神が持たないんだよ」
(……ホロウベイン)
先ほどの毒。
精神を侵す、あの感触。
(やはり繋がっておるな)
「じゃが、適合体なら耐えられると?」
「“耐えられる可能性がある”ってだけ」
ルークは肩をすくめる。
「成功例なんてほとんどない」
軽い口調のまま、続ける。
「昔はもっとマシな素材使ってたみたいだけどね」
「……何?」
わしは即座に反応する。
ルークは一瞬だけこちらを見てニヤリと笑った。
「さあ?」
「はぐらかすな」
「はぐらかしてないって」
くく、と笑う。
「ただ、ボクが全部知ってるわけじゃないだけ」
嘘ではない。
(“昔”……じゃと)
ファルネスの語った話。
教団と、ハイエルフ。
(……そういうことか)
わしは目を細める。
点と点が、繋がり始めておる。
「まぁでもさ」
ルークは話を戻すように肩をすくめた。
「今はその“妥協品”で頑張ってるって感じ」
「妥協……」
フレインが低く呟く。
「ひどい話だろ?」
ルークは笑う。
「でもあいつらにとっては真面目な研究なんだよ」
「……」
誰も返さない。
返せる話ではない。
「で?」
ルークが視線をこちらへ戻す。
「まだ聞く?」
「当然じゃ」
わしは即答する。
「教団の目的は何じゃ」
「さあね」
即座に返される。
じゃが今度は、わずかに間があった。
「そこはさすがに企業秘密ってやつ?」
「……信用ならんのぅ」
「してもらわなくていいよ」
あっさりと言う。
ルークが軽く首を傾げた。
「君、最近なんか変わったことなかった?」
「……?」
アリアが戸惑う。
「どういう意味じゃ」
「いや、気のせいならいいんだけどさ」
軽く流す。
じゃが、目は逸らさない。
「……分からない、です」
アリアは小さく首を振った。
「そっか」
それ以上は追及せん。
(何かは気づいておるな)
間違いない。
「まぁいいや」
ルークは軽く手を叩いた。
「じゃあ次いこっか」
「次、じゃと?」
「うん」
にやりと笑う。
「君たちが一番気になってるやつ」
アリアを見る。
「探してるの、妹でしょ?」
「……っ!」
アリアの肩が大きく揺れた。
「……知ってるの……?」
震える声。
ルークは少しだけ目を細める。
「まぁね」
軽く言う。
じゃが、その重みは明らかに違う。
「安心していいよ」
一歩、踏み出す。
「少なくとも──まだ生きてる」
空気が止まる。
「……ほんと、に……?」
「ああ」
ルークは頷いた。
「そこは嘘じゃない」
「……どこにいるの!?」
アリアが一歩踏み出す。
フィオが不安げに服を掴む。
ルークはそれを見て──少しだけ困ったように笑った。
「場所?」
肩をすくめる。
「知ってたら、とっくに動いてるよ」
「……どういう意味じゃ」
「そのままの意味」
ルークは視線を逸らす。
「無事ではあるけど、状況がいいとは言えない」
声が、わずかに落ちる。
「時間の問題かもしれないしね」
「……っ」
アリアが息を呑む。
希望と、不安。
その両方が、同時に落ちてきた。
「まぁでも」
すぐに軽さを取り戻す。
「君が無事だったのは運がいいよ」
「……?」
「さっきのヘマタイト」
森の奥を指す。
「あいつ、ああ見えて容赦ないから」
「……」
「“適合体”って判断された時点で、普通は終わり」
さらりと言う。
じゃが、それはつまり──
「……わたしが、その適合体……?」
アリアが呟く。
ルークは答えない。
ただ、意味ありげに笑うだけ。
「さて、と」
くるりと背を向ける。
「話しすぎたかな」
「待て」
わしは呼び止める。
「まだ聞きたいことがある」
「あるだろうね」
振り返らずに言う。
「でも今日はここまで」
「理由は」
「簡単」
わずかに顔だけこちらへ向けた。
「ボクが喋りすぎると、殺されるから」
軽い口調。
じゃが、冗談ではない。
「……教団に、か」
「さあ?」
ルークは笑う。
「それとも、別の誰かかな」
意味深に言い残し──
「ま、気をつけなよ」
ひらひらと手を振る。
「君たち、もう結構ヤバいとこにいるからさ」
そのまま森の奥へと歩き出す。
今度は、止めん。
止めても意味はない。
「じゃあね、ボニフちゃん」
軽い声。
じゃが、その背は振り返らん。
やがて気配が消える。
完全に。
静寂が戻る。
「……」
誰もすぐには口を開かん。
残ったのは──情報と、不安。
「……ボニフ」
アリアが袖を掴む。
その手は震えておる。
「……妹、生きてるって……」
「うむ」
わしは頷く。
「じゃが、安心するにはまだ早い」
「……うん」
それでも、目には光が戻っておる。
希望がある。
それだけで、人は立てる。
わしは目を細める。
適合体。
教団。
そして、ルーク。
「……面倒ごとが、増えたのぅ」
小さく呟く。
口元がわずかに歪む。
この先にあるもの。
それを見極めるまで止まる気は、ない。
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