第77話 腹の探り合いは性分じゃないんじゃが
背後の木立から現れた男──ルークを、エルフたちは一斉に警戒した。
空気が張り詰める。
フレインが一歩前に出て、わしとルークの間に割り込むように立つ。
その手は、いつでも弓を引ける位置にあった。
ファルネスもまた静かに視線を向けておる。
言葉は発さぬが、この場の主導権は未だあちら側にある。
「……誰だ、その男は」
低く問うフレイン。
その声音には、明確な敵意が滲んでおった。
「いやー、ひどいなぁ」
ルークは肩をすくめる。
「初対面でその反応? ボクちょっと傷つくんだけど」
「ふざけるな」
ドランが一歩踏み出す。
「ルーク! なんでお前がここにいる!」
「なんでって言われてもなぁ」
ルークは困ったように笑った。
「呼ばれたから来た、って言ったら信じる?」
「信じるわけねぇだろ!」
怒鳴るドラン。
当然じゃな。
わしも同意見じゃ。
「……で?」
わしは一歩前に出る。
フレインの横へ並び、ルークを見据えた。
「何をしに来た、ルーク」
「お、ボニフちゃんは話が早くて助かる」
ルークは軽く手を上げた。
「さっきの続きだよ。助けてあげたでしょ?」
「……助けた、か」
確かに事実ではある。
あやつが現れなければ、わしらは無事では済まんかった可能性が高い。
じゃが。
「その代わりに何を求める」
わしは即座に切り返す。
ルークの目が、わずかに細まった。
「やだなぁ、別に何も求めてないって」
「ほう」
「ただの善意。ボク、いい人だから」
「ほざけ」
わしは短く切り捨てた。
その瞬間、空気が一段冷える。
ルークの笑みは崩れぬ。
じゃが、その奥の温度が、ほんの少しだけ下がった気がした。
「……相変わらず手厳しいねぇ」
「当たり前じゃ。おぬしが何者か分からん以上な」
わしは視線を逸らさぬ。
「教団の人間、なのは間違いないな」
「さぁね」
ルークは肩をすくめる。
「そうでもあるし、違うとも言える」
「はぐらかすな」
「はぐらかしてるわけじゃないよ?」
くく、と小さく笑う。
「ちゃんと答えてるつもりなんだけどなぁ」
面倒な男じゃ。
(この反応……図星、か)
完全な否定はせん。
ならば、内部の人間であることはほぼ確定じゃな。
「さっきの仮面の男はどうした」
話を切り替える。
「ヘマタイト、だっけ?」
「……名前まで知っとるか」
「そりゃあね」
ルークは軽く首を回した。
「一応“同僚”みたいなもんだし?」
場の空気が一気に張り詰める。
フレインの指が弦にかかる。
ドランが一歩踏み出しかけた。
「待て」
わしは手で制した。
まだじゃ。
「で、その同僚はどうなった」
「さあ?」
ルークはあっさりと言った。
「途中で逃げられちゃった」
「……逃がした、の間違いではないのか?」
「ひどいなぁ」
ルークは肩をすくめる。
「ボクだって忙しいんだよ? ああいう真面目くんの相手って疲れるし」
軽い口調。
(完全に無傷、ではないな)
外套の端がわずかに裂けておる。
呼吸も、ほんのわずかに荒い。
あのヘマタイトと、まともにやり合ったのは間違いあるまい。
「……おぬし、何者じゃ」
改めて問う。
今度は、逃がさん。
「ただの通りすがりの──」
「ふざけるな」
被せて止める。
ルークの言葉が止まった。
「わしは遊んでおる暇はない」
静かに告げる。
「教団。そしておぬし」
「……」
「全て繋がっておる」
ルークの目が、わずかに細くなる。
じゃが、笑みは崩れぬ。
「そこまで分かってるならさ」
軽く首を傾げた。
「逆に聞くけど──どこまで知りたいの?」
「全部じゃ」
即答。
ルークは一瞬、ぽかんとした顔をして──
次の瞬間、吹き出した。
「ははっ、いいねそれ」
楽しそうに笑う。
「嫌いじゃないよ、そういうの」
ふと、その視線が横へ流れた。
アリアの方へ。
「……」
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
ルークの目から、軽さが消えた。
すぐに戻る。
何事もなかったかのように。
「……何じゃ」
「いや、別に?」
ルークはにやりと笑う。
「元気そうでよかったなーって」
「……」
わしは何も言わん。
(見たな)
あやつは、何かに気付いた。
それが何かは分からん。
じゃが、間違いなく。
「ボニフ」
アリアが小さくわしの袖を掴む。
不安げな視線。
「大丈夫じゃ」
短く答える。
安心させるためではない。
事実として、まだ“何も起きておらん”からじゃ。
「で?」
ルークが軽く手を叩いた。
「尋問タイムは終わり? それともまだ続ける?」
「……まだじゃ」
わしは一歩踏み出す。
「教団とは何じゃ」
「んー……」
ルークは少しだけ考える素振りを見せた。
「ヤバい連中、かな」
「……それだけか」
「それ以上でも、それ以下でもないよ」
軽く言い放つ。
「面白くないでしょ? ああいうの」
「面白いかどうかの話ではない」
「でもボクはそう思ってる」
にこりと笑う。
「だから、ちょっとだけ気に入らないんだよね」
「……」
その一言。
軽く言ったようでいて──妙に、重い。
「まぁいいや」
ルークはくるりと背を向けた。
「今日はこの辺で」
「待て」
低く呼び止める。
足音が止まった。
振り返りはせん。
じゃが、あやつは確かに止まった。
「まだ終わっておらん」
「……」
わしは一歩、踏み出す。
「“適合体”についてじゃ」
その言葉に──空気が、変わった。
ルークの肩が、わずかに揺れる。
次の瞬間、ゆっくりと振り返った。
笑っておる。
いつものように。
「……どこでそれ聞いたの?」
声の温度が、僅かに落ちていた。
「答える義理はないな」
わしは即座に返す。
「代わりに、話してもらうぞ」
「ははっ」
ルークが小さく笑う。
じゃが、その目は笑っておらん。
「強気だねぇ、ほんと」
数歩、こちらへ戻ってくる。
先ほどまでの“帰る気配”は、もうない。
「……いいよ」
肩をすくめた。
「少しだけ、教えてあげる」
その一言で──
場の空気が、再び張り詰めた。
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