第76話 まずはひと段落かのぅ
アリアを担いだまま、わしは森を駆けた。
ルークの正体。
仮面の男──"ヘマタイト”。
そして、あの二人の会話。
気になることは山ほどある。
(今はアリアの治療が最優先じゃ)
それだけは揺らがん。
****
森の奥から戦闘音が遠ざかるにつれ、別の音が耳に入ってきた。
矢が放たれる音。
槍が肉を裂く音。
エルフたちの掛け声。
集落の近くでは、すでにほとんどの魔物が倒されていた。
「ボニフ殿!」
フレインが駆け寄ってくる。
「アリア殿は!?」
「気を失っておるだけじゃ。怪我は浅い」
ドランも槍を肩に担ぎながら走ってきた。
「よかった……! お前ら、無事で……!」
わしは二人に軽く頷き返す。
(ルークは……)
姿は見えん。
(恐らく大丈夫じゃろう)
根拠はない。
ただ、妙にそう思えた。
****
アリアを寝かせ、わしはすぐに状態を確認した。
外傷は軽い。
(……これは)
身体を流れる血液の中に、微細な“異物”が混じっておる。
魔力の流れを乱す、嫌な感触。
(すまんが、少しだけ血を取るぞ)
わしはアリアの腕に触れ、最小限の血を抽出した。
試験管に入れ、魔力を通して分析する。
数秒後──
「……厄介なものを」
浮かび上がった名はひとつ。
"ホロウベイン”
遅効性。
症状が出にくい。
精神を蝕み、最終的には“空虚化”する。
毒が抜ければ元に戻るが──
放置すれば取り返しがつかん。
「ボニフ!」
ファルネスが戻ってきた。
「こっちはあらかた片付いた。アリアは大丈夫か?」
「外傷はな。じゃが……」
わしは試験管を見せた。
「“ホロウベイン”じゃ」
ファルネスの表情が険しくなる。
「……厄介だな」
「うむ。じゃが──治せる」
わしは立ち上がり、革鞄を開いた。
「エルフの森にある素材と、アリアの血から抽出した毒素……
これらを錬成すれば、解毒薬が作れる」
「本当にできるのか?」
「できるとも。わしを誰じゃと思っとる」
ファルネスが小さく笑う。
「……何かこちらで出来ることは?」
「うむ、ではすまぬが錬成素材の採取を頼みたい。
素材は──」
わしがそれを告げるとファルネスが迅速に動きだした。
****
数刻後。
ファルネスの指示のもと、採取へ向かってくれたエルフ達が素材を持って来た。
わしは採取された素材を並べた。
霧草の露
月影の樹液
エルフの泉の水
そして、アリアの血
まずは抽出──。
アリアの血からウィルスだけを取り出す。
月影の樹液と結合──。
反応感度……良好。
霧草の露と結合──。
ウイルスの拒絶反応……問題なし。
泉の水に魔力を流す。
試験管の中にそれらを混ぜ合わせる。
──錬成!
淡い光が立ち上がり、試験管の中で液体が変質していく。
やがて。
「……できた」
透明な液体が、淡く金色に輝いた。
アリアの唇に数滴垂らす。
数秒後。
「……ん……」
アリアの指が、わずかに動いた。
「アリア!」
わしは身を乗り出す。
アリアの瞼がゆっくりと開き、焦点が合う。
「……ボニフさん……?」
「気分はどうじゃ?」
「……少し、胸が……あったかい……?」
アリアは胸に手を当てた。
その仕草に、わしは眉をひそめる。
(……魔力の流れが、微妙に違う?)
だが、はっきりとは分からん。
治療の影響か、疲労か、あるいは──
「無理はするな。まだ完全ではない」
「はい……」
アリアはわしの袖を掴んだ。
「……助けてくれて、ありがとう」
「礼などいらん。
おぬしはわしの弟子じゃからな」
アリアは照れたように笑った。
その笑顔はいつも通り。
だが、わしの胸に小さな違和感が残った。
(……何かが、変わった気がする)
だが、それが何なのかは分からん。
今はまだ。
****
アリアの笑顔を見て、周囲の空気がわずかに緩む。
その時足音がいくつか、こちらへ近づいてきた。
「ボニフ殿!」
ドランとフレイン、そして数名のエルフ達が戻ってくる。
「魔物の群れは粗方片付いた! もう問題ないはずだ!」
「そうか……」
ファルネスが安堵の表情を見せた。
ドランがアリアの様子を見て、安堵の息を吐いた。
「アリアは……」
「もう大丈夫じゃ」
わしが答えるより先に、
「心配かけて、ごめんね」
アリアが小さく笑った。
まだ万全ではないはずじゃが、それでも気丈に振る舞っておる。
ドランは少しだけ目を細めた。
「……無事で何よりだ」
「君たちのおかげで、集落は守られた」
ファルネスが一歩前に出る。
「改めて礼を言う」
そしてわしの方へ視線を向けた。
「ボニファティウス。冒険者としてだけではない。
……友としても、感謝する」
「ふん」
わしは肩をすくめる。
「礼などいらん。やりたいようにやっただけじゃ」
その時。
「……アリア」
小さな影が飛び込んできた。
フィオじゃ。
そのまま勢いよく抱きつく。
「よかった……」
「……うん」
アリアは優しく頭を撫でた。
その光景に、場の空気がさらに和らぐ。
「ところで……」
アリアの声で、空気が少しだけ引き締まる。
「あの仮面の男は……?」
わしは一瞬、視線を外した。
「……あの後、もう一人現れてな」
「もう一人……?」
「ルークじゃ」
「……っ!?」
アリアとドランが同時に声を上げた。
「ルークだと!? なんであいつが……!」
「……何で、ここに……」
当然の反応じゃな。
あやつの立ち位置は、あまりにも不可解すぎる。
「詳しくは分からん」
わしは正直に答える。
「じゃが、あやつはあの仮面の男──"ヘマタイト"とルークが呼んでおったが……
そいつとやり合っておった」
「……は?」
ドランが間の抜けた声を出す。
無理もない。
わしも似たような顔をした覚えがある。
「……やっぱりあいつ敵、じゃないのか?」
「さぁな」
わしは小さく笑った。
「どちらも、得体が知れぬ……じゃな」
その時。
背後の木立から、軽い足音がひとつ。
「いやー、ひどいなぁ」
全員の視線が、一斉に向く。
そこに立っていたのは──
「人のこと、勝手に得体の知れない扱いするなんてさ」
ルークだった。
いつも通りの笑み。
しかしどこか、わずかに息が荒い。
外套の端が、わずかに裂けておる。
「……無事、のようじゃな」
わしがルークに向かって言った。
「まあね」
ルークは肩をすくめた。
「ちょっと遊んでただけだし?」
軽い口調。
じゃが、その目の奥は笑っておらん。
「で?」
ルークが首を傾げた。
「ボクの話、どこまでしてたの?」
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