第75話 得体が知れぬ……どちらもな
仮面の男がジッとこちらを伺う。
じゃが、そこには驚きも、警戒も、敵意もない。
「適合体の回収を優先。邪魔者は排除する」
抑揚のない声。
感情の欠片もない。
「相変わらず感情が見えぬ男じゃ」
わしはアリアを背に庇い、短剣を構えた。
仮面の男は、わずかに手をかざす。
空気が凍る。
次の瞬間、氷の矢が十数本、空間に生成された。
音もなく、一直線に飛ぶ。
「ふん」
わしは短剣を振り、氷の矢を弾き返す。
金属音すら鳴らぬほどの速度で。
「魔法か」
「邪魔者。厄介。危険」
仮面の男の魔力が、さらに膨れ上がる。
空気が軋む。
地面が凍りつく。
そして巨大な氷の棘が、わしとアリアをまとめて貫こうと迫る。
「ちっ……!」
わしはアリアを背に押しやり、短剣で応戦する。
だが──
「ぐっ……! 守りながらでは対応出来ん!」
氷の棘が重い。
速い。
鋭い。
短剣一本では捌ききれん。
わしは短剣を鞘へしまい、革鞄へ手を伸ばす。
指先で一本の試験管をつまみ地面へ叩きつけた。
──錬成。
地面から淡い光が立ち上がり、氷の棘の軌道をわずかに逸らす。
アリアは守れた。
「……っ!」
氷の棘の一部が、わしの肩を掠めた。
冷気が肉を凍らせる。
痛みはない。
ただ、重い。
「しぶとい。だが次」
仮面の男が再び手をかざす。
魔力が収束する。
今度は──本気じゃな。
(間に合わんか……?)
わしが構え直した、その瞬間
収束していた仮面の男の魔力が、霧散した。
「はいはーい。
お邪魔しまーす」
軽い声が、森に響いた。
空気が変わる。
仮面の男が、わずかに揺らぐ。
わしは肩越しに振り返る。
そこに──ルークが立っていた。
いつもの調子で、片手をひらひらと振りながら。
(さすがのわしも、この状況で一対二はキツイぞ……)
「いやー、あんたのそんな苦戦してるところが見れちゃうなんてラッキー、みたいな?」
わしは肩越しにルークを見ながら思案する。
(アリアを担いで逃げるか……)
(どうやって隙をつく、いや作るか……)
そう考えていたが──
「何をしにきた、"パイライト"」
「いやだなぁ、"ヘマタイト"ちゃん。
協力しにきたに決まってるでしょ?」
(パイライト……黄鉄鉱じゃと?)
(それにヘマタイト、赤鉄鉱……か)
こやつらの会話すると、恐らく……
(教団幹部……そのコードネームじゃろうな)
しかし、そうなると
(ルークは教団の人間……か?)
「……ん、うぅ……」
思考の海に潜りそうになるところを、気絶したアリアの微かな声で現実に戻る。
それよりも、今を切り抜ける方が優先じゃな……
わしは頭を切り替えた。
「任務の邪魔。
貴様の任務とは違う」
ルークに"ヘマタイト"と呼ばれた仮面の男がそう告げた。
「そういうと思ったよ」
ルークはそう言うと、外套の裏からナイフを二本取り出した。
「前から君とはソリがあわないと思っ……」
「てたんだよねええええ!」
ルークはその言葉と同時に仮面の男にナイフを投げた。
そして、仮面の男の魔力が揺れた。
明らかな動揺……感情の揺れ。
それをわしは感じ取った。
「ねぇボニフちゃん」
「……」
わしは警戒を解くことなく、ルークを見た。
「そんなに警戒しないでよ。
怖いなぁ、あぁ、怖い怖い」
「おぬし、教団の一味じゃったのか?」
警戒は解かず、アリアへの意識も維持したまま問う。
「んー、そうでもあるし……
そうでないとも言える」
瞬間、仮面の男から氷の矢が放たれた。
その矢はわし……ではなく
……キィン……
「……っとおおお、あぶねー」
ルークの方へ放たれていた。
キィン
「っていうか、さぁ」
キィン、キィン
「今のボニフちゃんに、そんな問答する余裕、ある?」
飛んでくる矢をナイフで捌きながら、ルークが言う。
「今のうちに逃げていいよ。
ボクは後ろ狙わないから、ね?」
キィン……
「パイライト、裏切るつもりか?」
これまでにない、機械的でない喋り。
仮面の奥の目からは、怒り、そう感じ取れた。
「裏切るっていうか……」
「まぁ、別に君には関係ないよ。
任務だけの面白みのないヘマタイト」
いつものルークの笑顔が消え、軽口が消え……
姿が消えた。
ガキィィン──
「──裏切りは許さん!」
「お?初めてそんなに感情出したね?
ボクはそっちの方が好きだよ?」
ルークが目にも止まらぬ速さで仮面の男に詰め寄りナイフで攻撃を仕掛けた。
仮面の男は魔法で氷の盾を作ってそれを防いでいた。
「ボニフちゃん!今のうちに逃げろ!」
いつもの軽口でないルークの口調に、
わしは本気を感じとった。
アリアを抱えて、その場を離れた。
「恩に着るっ!」
そう言って。
背後でルークが少し笑った気配がした。
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