第73話 森ごと使えばよかろう
森の奥から響いていた唸り声は、ついに“地鳴り”へと変わった。
木々が揺れ、枝が折れ、土が震える。
そして──
魔物の群れが、闇の波のように押し寄せてきた。
「来たぞ!!」
エルフの誰かが叫ぶ。
その瞬間、わしが地面に描いた術式が淡く光り始めた。
魔力が逆流し、空気がねじれる。
「……効いとるな」
わしが呟いた直後、魔物の先頭が一瞬だけ足を乱した。
列がわずかに崩れ、動きが鈍る。
「今だ、構えろ!!」
ファルネスの号令と同時に、エルフたちが一斉に弓を引いた。
アリアは短剣を抜き、支援魔法の詠唱を始める。
「《風よ、速さを》!」
淡い光がドランとフレインの足元に流れ込み、二人の動きが一気に軽くなる。
「助かります、アリア殿!」
「ありがとよ!」
ドランが槍を構え、フレインが弓を引き絞る。
魔物の群れが結界へ迫る。
「撃てぇぇぇ!!」
ファルネスの号令と共に、無数の矢が夜空を裂いた。
矢は魔物の先頭に突き刺さり、数体が倒れる。
「まだ来るぞ!!」
倒れた魔物を踏み越え、さらに大きな群れが押し寄せてくる。
ドランが前に出て、槍を突き出した。
「おらぁっ!!」
槍が魔物の喉を貫き、血飛沫が散る。
その横でフレインが矢を連射し、アリアが短剣で飛びかかってきた小型の魔物を切り払う。
「アリア殿、右です!」
「分かってる!」
アリアが短剣を振り抜き、魔物の顎を斬り裂く。
その動きは軽く、迷いがない。
フレインは弓を引きながら、冷静に戦場を見ていた。
「……数が多すぎます!」
「分かっとるわい!」
わしは短剣を振り、魔力の衝撃波で魔物を吹き飛ばす。
だが、押し寄せる数は減らん。
術式の効果で“速度”は落ちておるが、それでも限界は近い。
****
わしは戦いながら、足元に小さな瓶を落としていく。
瓶が割れるたび、淡い光の粉が舞い上がり、風に乗って森へと広がっていく。
(……よし、これで三つ目じゃ)
魔物の群れが押し寄せるたび、粉は魔物の魔力に反応して淡く光る。
その様子を、アリアが見逃さなかった。
「ボニフさん、それ……!」
「気にするでない! 戦いに集中せい!」
わしは魔物の爪を短剣で受け止め、逆に魔力を叩き込んで吹き飛ばす。
フレインが息を荒くしながら叫ぶ。
「ボニフ殿! 何をしておられるのですか!?」
「仕込みじゃ!」
「仕込みって……戦いながら!?」
「戦いながらじゃ!」
ドランが槍で魔物を薙ぎ払いながら笑う。
「ははっ! ボニフのことだ、どうせ何かあるんだろ!」
「あるわい!」
わしは魔物の群れを見据えた。
「──あと五分は耐えよ!!」
アリア、ドラン、フレインが一斉に反応した。
「五分!? もう限界近いですよ!!」
フレインが叫ぶ。
「分かりました!!」
アリアは迷いなく頷いた。
その声には、わしへの絶対的な信頼があった。
****
五分──
それは戦場では永遠にも等しい時間じゃ。
魔物の咆哮、矢の音、槍が肉を裂く音。
血の匂いが風に混じり、地面は揺れ続ける。
「くっ……!」
フレインが後退しながら矢を放つ。
額には汗が滲み、息が荒い。
「ボニフ、まだか!?」
ドランが槍で魔物を薙ぎ払いながら叫ぶ。
「ボニフさん!!」
アリアも短剣を構えたまま、わしの方を振り返る。
わしは術式の中心に立ち、魔力を練り上げていた。
地面に描いた線が、赤く、青く、紫に輝き始める。
(……あと少しじゃ……!)
魔物の群れがさらに押し寄せる。
エルフたちの矢が尽き始め、前衛の息も荒い。
ファルネスが叫ぶ。
「持ちこたえろ!! あと少しだ!!」
アリアが短剣を振り抜きながら叫ぶ。
「ボニフさん!! 本当に……!」
「──いけるぞ」
わしは手を高く掲げた。
「みんな散れっ!!」
その声に、アリア・ドラン・フレイン、そしてエルフたちが一斉に戦線から飛び退く。
全員が“何かが起きる”と直感した。
わしの足元の術式が、ついに完成したのじゃ。
****
「──今じゃ」
世界が、一瞬だけ止まった。
音が消えた。
風が消えた。
呼吸が消えた。
森そのものが、“息を呑んだ”。
次の瞬間──
魔物の周囲だけが、空白になった。
空気が、無い。
圧が、違う。
世界が拒絶している。
「……え?」
アリアの声が遅れて響く。
魔物が、動かん。
否──
動けておらん。
「──燃えろ」
わしが、静かに指を鳴らす。
瞬間。
蒼白い光が爆ぜた。
炎ではない。
熱でもない。
ただ存在を焼き尽くす現象だった。
魔物が、一瞬で白く染まり──消える。
遅れて、轟音。
衝撃。
大気が、爆ぜる。
吹き飛ぶ。
魔物が。
地面が。
空間が。
森は無傷のまま揺れるだけ。
ただ、そこにいた“魔物だけ”が、跡形もなく消えていた。
「これが……ボニフ殿の……!」
フレインが息を呑む。
「すげぇ……!」
ドランが槍を構え直す。
アリアは光の中で呟いた。
「……綺麗……」
光が収まった時──
魔物の群れは半数以上が倒れ、残りも動きが鈍っていた。
(やれやれ……)
わしは深く息を吐く。
「……さて。ここからが本番じゃぞ」
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