第7話 仕方ないのぅ
──動いた。
影が一斉に、こちらへと殺到する。
水路の壁面を這い、床を蹴り、天井すれすれを滑るように。
速い。
(……無規則じゃな)
直線ではない。
回避を読ませぬ軌道。
絡みつくように。
逃げ場を削るように。
わしは一歩、後ろへ下がる。
靴底が湿った石をわずかに擦る。
回避。
すぐさま次が来る。
側面。
背後。
正面。
死角を潰すように。
(判断は早いが、単純)
踏み込み。
身体を捻り、側面からの一撃を躱す。
風を裂く音。
すぐ横を通り抜ける脚と牙。
同時に、わしは壁へと手を当てた。
冷たい石。
湿り気。
思考を巡らせる。
炎。
(酸素が薄い)
燃焼効率が悪い。
火は広がる。
この閉鎖空間では制御が面倒じゃ。
煙も問題になる。
却下。
雷。
(水路じゃ)
通電はする。
だが──
(範囲が広がりすぎる)
水を伝い、どこまで影響が出るか読めぬ。
地上へ干渉する可能性もある。
却下。
風。
(発生は可能じゃが)
圧は出せる。
(じゃが切断の性質を持たぬ)
決定打に欠ける。
却下。
水。
(論外)
流れは弱い。
押し流すには力不足。
形を崩すには足りぬ。
却下。
残るは──
(土)
(これしかないか)
この場の素材。
最も安定して扱える。
干渉範囲も限定できる。
最適解に近い。
わしは周囲を一瞥する。
狭い通路。
足場は不安定。
武器は、ない。
(制限は多いの)
環境による制約。
条件は良くない。
(ならば──)
口元がわずかに歪む。
むしろ好都合。
試す価値がある。
再び影が迫る。
正面からの突進。
鋭い牙。
半歩ずれるだけで回避。
すれ違いざまに風圧が頬を撫でる。
同時に、地面へ手を当てる。
(少しずつじゃ)
魔力を流す。
即時ではない。
急激な変化は察知される。
ゆっくりと。
微細に。
構造へ干渉する。
地面の粒子配列。
水分の偏り。
密度の調整。
──準備。
攻撃。
回避。
回避。
足運びを調整し、位置を誘導する。
敵を動かす。
自分は動かぬ。
その差を作る。
壁を背にしない。
常に逃げ道を確保。
同時に──
(加工は継続)
地面。
壁。
接触した箇所すべてに、わずかな変化を与える。
敵は気づかぬ。
気づけぬ。
変化は微細。
だが確実に蓄積されていく。
(もう少し)
時間を稼ぐ。
焦る必要はない。
観察。
構造。
動きの癖。
すべてを記録する。
「今じゃな」
魔力を解放。
一瞬。
空間がわずかに軋む。
──地面が沈む。
足場が崩れる。
同時に壁が隆起。
逃げ場を塞ぐように。
四方から圧迫。
動き回っていたムカデ型の魔物が、
一斉に拘束される。
脚が絡まり、
体節が押し潰され、
軌道を失う。
圧迫。
拘束。
制御。
(ここじゃ)
わしは一歩踏み出す。
距離を詰める。
そして──
初めて、魔物に触れる。
(……なるほど)
指先から伝わる情報。
外殻。
硬い。
だが均一ではない。
節ごとに強度が違う。
内部。
筋肉の収縮。
流動する体液。
神経の伝達。
(完全には把握できぬ)
構造が曖昧。
定義が揺らいでおる。
(分解は不可能か)
この状態では再構成は困難。
ならば。
(切り替える)
“壊す”方向へ。
内部の水分。
位置を特定。
循環の中心。
そこへ魔力を集中させる。
(熱を与える)
局所的に。
過剰ではない。
だが逃がさぬ。
閉じた空間で圧をかける。
内側から膨張。
歪み。
崩壊。
「──ッ!」
魔物が激しく暴れる。
拘束されたまま、
無理やり身体を捻る。
節が軋む。
脚が暴れる。
その一撃が、わしの肩をかすめた。
鋭い痛み。
布が裂ける感触。
浅い。
だが確実に、傷。
(……ほう)
この拘束状態でこの威力。
悪くない。
「じゃが、終いじゃ」
魔力をさらに流し込む。
内部圧力を限界まで上げる。
逃げ場はない。
音もなく、崩れる。
内側から。
力を失い、
節が弛み、
動きが止まる。
静寂。
水滴の音だけが残る。
わしはしゃがみ込む。
死体に手を入れる。
構造を確認しながら、
必要な部位を取り出す。
魔石。
中心部に存在。
(これが核か)
淡く光るそれを取り出す。
続けて内部。
筋肉。
外殻。
そして──
(毒)
わずかな違和感。
魔力の流れに混じる異物。
体内に、微量。
侵入しておる。
(先ほどの一撃か)
肩の傷。
そこから流入したのじゃろう。
すでに巡り始めておる。
遅効性。
蓄積型。
(……なるほど)
構造としては面白い。
解析対象としては価値がある。
(対処は必要じゃがな)
放置する理由はない。
わしは静かに目を細めた。
次の工程を思考する。
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