第70話 宴は騒がしくも儚いものじゃ
その夜。
エルフの集落は、久しくなかった賑わいに包まれていた。
木々の上に灯された光が揺れ、
静かな歌声が風に乗る。
フィオの帰還。
それは、この森にとって──
決して小さくない出来事じゃった。
最初、エルフたちはわしら外の者に一定の距離を置いておった。
森の外から来た者を簡単に受け入れぬのは、この種族の性分じゃ。
フィオが笑顔を見せるたび、
その距離が少しずつ縮まっていった。
「フィオ様……本当に……」
「大きくなられましたね……」
エルフたちが口々に声をかける。
フィオは最初こそ戸惑っておったが、
やがて笑顔を見せるようになった。
「えへへ……ただいま!」
その一言で、空気が一気に和らぐ。
****
「……すげぇな」
ドランが酒を片手に呟く。
「完全に歓迎ムードじゃねぇか」
「当然じゃろ」
わしは軽く笑う。
「フィオはこの森の子じゃ。
無事に帰ってきたとなれば、こうもなろう」
アリアは少し離れた場所で、その様子を見ていた。
フィオが、エルフたちに囲まれて笑っている。
その姿にほんの少しだけ、安堵の色が浮かぶ。
「……よかった」
小さく、呟いた。
****
「で、ボニファティウスよ」
ファルネスが酒を片手にやってくる。
「お前、あの後どうやって生き延びた」
「いきなりそこからかの」
「六百年ぶりだぞ?」
「わしとしては昨日の続きみたいなもんじゃがな」
「腹立つ言い方だな……」
周囲のエルフたちがざわつく。
「長老様が……あんな砕けた……」
「人族とあの距離感……?」
その反応に、わしは肩をすくめた。
「おぬし、相変わらず周りから固く見られとるの」
「誰のせいだと思っている」
「さぁの?」
長老があれほど砕けた口調で話すのを、
村の者たちはほとんど見たことがないのだろう。
その光景が、彼らの警戒を一気に溶かしていった。
****
宴は、しばらく続いた。
笑い声が増え、
酒が回り、
緊張はすっかり解けていく。
フィオもいつの間にか、エルフの女性に抱きかかえられ──
「……すぅ……」
眠っておった。
「ふふ……寝ちゃいましたね」
アリアが優しく頭を撫でる。
「ここなら、安心して眠れるじゃろ」
わしが言うと、
「……はい」
アリアは静かに頷いた。
もう、無理に連れていく必要はない。
ここがフィオの帰る場所なのじゃ。
「さて」
「ボニフさん?」
わしが立ち上がると、アリアがわしを見上げた。
「何もない飲み直しじゃ」
まだ飲むのか……と呆れる顔をするアリア。
少し脇を見ると、ドランがエルフの青年と腕相撲をしておるのが見えた。
「おい、ファルネス。
もう少し呑むぞ」
「あん?なんだ飲み比べか?」
「それもよいがな、今貼ってある結界術について──」
わしが去った後の風に乗って
「ボニフさんもちゃんと人間味があったんですね」と、
柔らかく優しさが含まれたアリアの声が小さく聞こえた気がした。
****
翌朝。
わしらとファルネスが共に朝食を摂る。
エルフの森にある木の実や野菜、森で採れた鹿の肉。
それらを堪能し、森の外では味わえない澄んだ水を飲んでいた。
その時。
一人のエルフが、静かにファルネスの元へ近づいた。
「長老様」
だが、その声色は昨夜までの空気とは明らかに違う。
ファルネスの表情が、わずかに引き締まる。
「……どうした」
「外縁部の調査隊より、報告が」
一拍。
「魔物の動きに、異常が確認されました」
その言葉に。
ファルネスの目が、静かに細まった。
「……そうか」
短く、答える。
じゃがその顔は、エルフを守る長老としての顔に切り替わっておった。
「……で、その異常とは?」
「はい。
現時点では“スタンピードの兆候”と判断しております」
アリアが息を呑み、ドランが眉をひそめた。
「スタンピード……?」
「ただ──」
調査隊のエルフは、言葉を選ぶように一瞬迷う。
「前例のそれと比べると……
どうにも違和感があるのです」
ファルネスが目を細めた。
「違和感?」
「……はい」
一拍。
「魔物の動きが、不自然なのです」
「具体的には」
「……分かりません」
その言葉に、空気がわずかに重くなる。
「だが確かにおかしい。
そう感じるのです」
“経験則”からくる報告。
だが、それ以上は言語化できていない。
ファルネスはしばし考え──わしへ視線を向けた。
「ボニファティウス」
「なんじゃ」
「お前なら何か分かるか?
久しぶりの再会早々、こんなことを頼むのは気が引けるが……」
わしは肩をすくめた。
「見てみんことにはなんとも言えんの」
「……そうか。頼めるか?」
「まぁよいじゃろ」
わしは軽く笑った。
「それに──面白そうじゃしな」
一瞬。
空気が止まる。
「……面白そうって」
アリアが呆れた声を出す。
「おいおい、状況分かってんのかよ……」
ドランも苦い顔をする。
「そのような言い方は……!」
調査隊のエルフが、思わず声を荒げた。
その目には、明確な不快感。
当然じゃな。
森の異常は、彼らにとって“生活そのものの危機”じゃ。
それを“面白い”と言われれば、気分はよくあるまい。
「よい」
ファルネスがそれを制した。
「こやつは、そういう男だ」
一拍。
「……だがな」
ゆっくりと、わしを見る。
「とんでもなく役に立つぞ」
調査隊のエルフは、わしを睨むように見たあと──小さく頭を下げた。
「……失礼しました」
「気にするでない」
わしは軽く手を振る。
「感情としては正しい反応じゃ」
****
森の外縁部。
調査地点。
そこに広がっていた光景を見て──アリアが息を呑んだ。
「……え……?」
ドランの声が低くなる。
「なんだよ……これ……」
魔物がいる。
複数。
襲ってこない。
逃げもしない。
ただ。
同じ方向を向いている。
そして、ゆっくりと歩き出す。
一定の方向へ。
迷いなく。
「……これが……スタンピード……?」
アリアの声が震える。
「いや……違うだろ、これ……」
ドランが吐き捨てる。
「なんか……おかしいってレベルじゃねぇぞ」
調査隊のエルフも、険しい表情で頷く。
「我々も、同じ結論です」
一拍。
「だが……説明がつかない」
その言葉を受けてわしは静かに目を細めた。
魔力の流れ。
個体の動き。
周囲の“偏り”。
すべてを見て──
(なるほどの)
結論は出た。
わしは、ゆっくりと口を開いた。
「これは」
一拍。
「ただのスタンピードではないな……」
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