第62話 嵐の前のなんとやら、じゃなければよいがのぅ
家を出て半日ほど歩くと、森の姿はより一層深くなっていく。
木々が増え、風の匂いが変わる。
「わぁ……」
フィオは軽い足取りで先を歩き、枝を避けたり、草を踏んだりしながら楽しそうに進む。
森育ちの子らしい自然な動きじゃ。
「おい、あんまり先行くなよ」
ドランが声をかけると、フィオは振り返って笑った。
「大丈夫だよ!ここ、前にも通ったし!」
「ほう、覚えておるのか」
「うん!」
アリアはその様子を見て微笑む。
「ほんとによく喋るようになったね……」
「うむ。子供の回復力は侮れん」
わしも頷く。
森の空気が、どこかおかしい。
風が弱く、鳥の声が少ない。
魔力の流れが、妙に薄い。
(……ふむ)
わしは歩きながら周囲の気配を探る。
魔物の気配が、ほとんど感じられん。
森にしては静かすぎる。
「なぁボニフ」
ドランが眉をひそめる。
「やっぱり変だよな。魔物の気配、薄すぎねぇか?」
「気づいたか」
「そりゃな。普段ならもっとこう……視線とか、気配とかあるだろ」
「うむ。森は生き物じゃ。静かすぎるのは不自然じゃな」
アリアも周囲を見回す。
「……なんか、落ち着かないですね」
「アリアも感じるか」
「はい……なんとなく、ですけど」
その時、フィオが足を止めた。
「ねぇ……なんか変じゃない?静かすぎるよ」
フィオは森の奥を見つめるが、怯えているわけではない。
森育ちの子が感じる“違和感”じゃ。
「フィオもそう思うか」
「うん。森って、もっと音するよ。風とか鳥とか、虫とか……」
アリアがそっとフィオの肩に手を置く。
「大丈夫だよ。私たちがいるからね」
「うん!」
フィオは明るく頷いた。
(子供の感覚は鋭いものじゃが……)
わしは森の奥を見つめる。
(これは……何かの前触れか。それとも……)
判断はつかん。
じゃが、確かに“何か”がある。
****
日が傾き始めた頃、わしらは小さな開けた場所を見つけ、そこで夜営することにした。
焚き火を囲み、簡単な食事を取る。
「今日のスープ、あったかいね!」
「うむ。冷えるからな」
フィオはスープを飲みながら、アリアの隣にぴったりくっついている。
「眠いのか?」
「ちょっとだけ……」
「じゃあ寝よっか」
アリアはフィオを抱き上げ、寝床へ連れていく。
「おやすみ、アリアおかあさん」
「はいはい。おやすみ、フィオ」
アリアは優しく髪を撫でる。
その横顔は穏やかじゃが──
(……落ち着かんようじゃな)
わしは焚き火越しにアリアを見つめる。
アリアはフィオを寝かせた後、焚き火の前に戻ってきたが、どこかそわそわしておる。
「どうしたんじゃ」
「え……?いえ、なんでも……」
アリアは視線を逸らす。
じゃが、落ち着かないのは明らかじゃ。
森の空気に反応しているのか。
それとも──
(……魔力ではないな)
わしはアリアの周囲に漂う“何か”を感じ取る。
ここに来るまでには感じなかった、魔力とは違う"何か"。
もっと柔らかく、温かく、しかし底が見えぬ。
フィオが“おかあさんの匂い”と言ったもの。
あれと関係があるのじゃろうか。
(……ただの人族ではない?)
わしは焚き火の火を見つめながら思案する。
アリア自身は気づいておらん。
じゃが、確かに“何か”がある。
それは魔力の質とも違う。
血筋か。
「……ボニフさん?」
アリアがこちらを見る。
「じっと見られると……なんか、恥ずかしいんですけど……」
「気にするな」
「気にしますよ!」
アリアは頬を赤くしてそっぽを向いた。
ドランが野営用の毛布に潜り込みながらぼそりと言う。
「お前ら、仲いいな……」
「なっ……!?ち、違います!!」
「そうか?」
「違います!!」
アリアの声が森に響く。
フィオが寝返りを打ち、むにゃむにゃと呟いた。
「アリア……おかあさん……」
「だから違うってばぁ……」
アリアは顔を覆ってうずくまった。
わしは小さく笑う。
****
夜は静かに更けていく。
森は相変わらず静かすぎる。
風も、虫の声も、どこか遠い。
(……やはり、何かあるな)
わしは焚き火の火を見つめながら、静かに目を閉じた。
明日、結界の森へ入る。
そこから先は、エルフの領域。
アリアの“何か”が、より強まるのか
(……どう転ぶかの)
わしはゆっくりと息を吐いた。
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