第61話 一念、岩をも通そうかのぅ
朝の光が差し込むボニフの屋敷。
フィオは椅子に座り、喉を押さえながらも嬉しそうに口を開いた。
「……あーあー。ボニフ、今日お外いける……?」
昨日までのたどたどしさが嘘のように、言葉が滑らかじゃ。
「うむ、家の周りの結界内なら問題ないぞ」
わしはフィオの喉に手を当て、魔力の流れを確かめる。
「喉の調子は……うむ、問題なさそうじゃな」
「もう痛くねぇのか?」
ドランが腕を組んで覗き込む。
「うん!ぜんぜんいたくない!ほら!」
フィオは胸を張り、ぴょんと跳ねる。
「おいおい、無理すんなよ」
ドランが苦笑するが、フィオは元気いっぱいじゃ。
「……げんき!だいじょうぶ!」
(本来はこういう子なんじゃな……)
わしは薬瓶を片付けながら、静かに頷いた。
「順調じゃ。今日からは普通に喋っても問題なかろう」
「やった!」
フィオは満面の笑みを浮かべた。
****
「さて、朝飯じゃ」
わしは淡々と皿を並べる。
「ボニフ、飯も作れんだな」
「まぁ、一人暮らしを二百年以上しとればな」
「はいはい」
ドランはまたか……と肩をすくめた。
「……んぁ……おはようございます……」
寝癖のついたアリアが、ふらふらと現れる。
「遅いぞ」
「うぅ……朝弱いんです……」
椅子に座るなり、机に突っ伏す。
「アリアおかあさん、おはよーー!」
「フィオ……おはよう……
はいはい、もうおかあさんでいいですよ……」
顔を机に埋めたままアリアは呟いた。
「……いい匂い……」
わしの料理の匂いで、アリアがようやく顔を上げる。
「食うか?」
「食べます……」
焼いた肉、野菜のスープ、パン。
味は良い。栄養も十分。
「……なんか、整いすぎてる……?」
アリアが首を傾げる。
「どういう意味じゃ」
「美味しいんですけど……なんか……こう……」
アリアは言葉を探す。
「……心がない?」
「失礼な」
わしは眉をひそめる。
「いや、美味しいんですよ!?美味しいんですけど……!」
「じゃあ問題なかろう」
「でも……やっぱり私が作った方が……」
「やめておけ」
「なんでですか!!」
ドランがぼそりと呟く。
「昨日の色……忘れたのか……?」
「忘れてません!!でも味は美味しかったでしょ!!」
「見た目が壊滅的じゃった」
「そうですかねぇ?」
フィオはくすくす笑いながらパンをかじっておる。
「……アリアの……ごはん……すき……」
「ほら!!」
「ほら、ではない」
やれやれじゃ。
****
朝食を終え、わしらは街へ向かった。
まずは鍛冶屋。
「おう!来たな!」
ボルジャーが豪快に笑い、ドランの槍を差し出す。
「芯、直しといたぞ。これなら振り抜きでブレねぇ」
「助かる!」
次にアリアの短剣。
「嬢ちゃんのは……研いだだけだな」
「十分です。ありがとうございます」
アリアは短剣を軽く振り、問題ないと頷いた。
****
宿へ向かい、女将に声をかける。
「すみません、馬車……しばらく預かってもらえますか?」
「いいよ。代金だけ先にね」
「はい、お願いします」
アリアが袋を渡すと、女将はにこりと笑った。
「気をつけて行きな」
「ありがとうございます!」
****
馬車を預け、わしらは歩いて屋敷へ戻る。
屋敷に戻ると、アリアがまた張り切って夕飯を作った。
見た目は相変わらず壊滅的じゃが、味は妙に美味い。
(……理屈が通らんの)
わしは内心で首をひねりつつも、黙って食べた。
食後、各々が明日の旅に備えて部屋へ戻る。
わしは結界の調整に向かった。
屋敷の外周を歩き、魔力の流れを確認する。
(……ふむ。問題なし)
侵入者を拒む結界は健在。
旅に出る前に、念のため強度を上げておく。
(これでよい)
屋敷を見ると、ベランダにアリアがいた。
外を向き、手元のペンダントを見つめておる。
指がかすかに震えていた。
「……絶対、見つけるから」
風に乗って、小さな声が聞こえた。
決意のこもった声。
わしは声をかけず、静かに屋敷へ戻った。
****
夜。
フィオはすでに寝息を立てておる。
ドランも寝室へ引っ込んだ。
わしが書斎で書物を読んでいると、アリアがそっと近づいてきた。
「……ボニフさん」
「なんじゃ」
「その……色々、ありがとうございます」
「なんの礼じゃ?」
アリアは少しだけ視線を落とす。
「私……一人だったら、きっと何もできなかったと思います」
「おぬしは強いぞ」
「え……?」
「わしが言うのじゃ。間違いない」
アリアは一瞬固まり、
その後、ほんの少しだけ頬を赤くした。
「……ありがとうございます」
その声は、どこか嬉しそうじゃった。
「もう寝ろ。明日は出発じゃ」
「はい」
アリアは静かに部屋へ戻っていった。
****
翌朝。
空気は澄み、風は穏やか。
フィオは元気に外へ飛び出す。
「行こーー!」
「はい、行きましょう」
アリアが笑う。
ドランは槍を担ぎ、準備万端。
わしは屋敷の扉を閉め、鍵をかけた。
「さて」
空を見上げる。
「エルフの国へ向かうとするかの」
フィオがアリアの手を握り、
アリアがそれを優しく包む。
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