第58話 一日千秋……とまでは言わんがの
馬車は、森を抜けて街道へと出た。
揺れは穏やかになり、車輪の音だけが規則正しく響く。
その中で。
「しかしなんでアリアがおかあさんなんだ?」
ドランが腕を組んでアリアに視線を向ける。
「私の方が聞きたいわよ」
アリアがフィオを見る。
「……あ……の……」
フィオは少し考えるように首を傾げ
「……におい……ちがう……」
「におい?」
アリアがきょとんとする。
「……あたたかい……かんじ……」
ゆっくり、言葉を紡ぐ。
「……おちつく……」
アリアが固まる。
「……だから……おかあさん……」
「いやそれは飛躍してるよね!?」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
フィオは不思議そうに首を傾げた。
「……だめ……?」
「ダメじゃないけどダメなの!」
「どっちじゃ」
思わず突っ込む。
ドランは肩を揺らして笑っておる。
「はは……まぁ、悪い意味じゃねぇだろ」
「それはそうですけど……!」
アリアは頬を押さえながらも、少しだけ視線を逸らした。
「……もう……好きに呼んでいいよ……」
「……うん!」
フィオが嬉しそうに笑う。
(元気になったものじゃな)
拙いながらも、よく喋る。
元はこういう性格だったのじゃろう。
****
やがて、ラグナールの街が見えてきた。
石壁と門。
ほんの数日。
じゃが
「……戻ってきたのう」
「ですね……」
アリアもどこかほっとしたように息を吐く。
門前で馬車を止めると、衛兵が近づいてきた。
「お、アリアじゃねぇか、久しぶりだな。
そっちも──」
衛兵がわしの方に視線を移し、その後ドランを見る。
「うむ」
軽く手を上げる。
わし、アリア、ドランが身分証を提示する。
そしてフィオの分の入場料を払う。
「問題なし。通っていいぞ」
門をくぐると、街の喧騒が一気に広がる。
人の声、店の呼び込み、鉄を打つ音。
「……なんか、懐かしいですね」
「数日ぶりじゃろうにの」
「でも、なんか……」
言葉を探すように笑う。
まぁ気持ちは分からんでもない。
****
馬車はそのまま、アリアの馴染みの宿へと向かった。
「こんにちはー!」
扉を開けると、女将が顔を上げた。
「あらアリア! 久しぶりじゃないかい」
「ちょっと遠出してて……馬車預かってもらえますか?」
「いいよいいよ。裏に回しときな」
「ありがとうございます!」
短いやり取り。
ドランが馬車を回しに行く。
その間に、フィオが物珍しそうに店内をきょろきょろと見回しておる。
それを見てアリアが微笑む。
(本当のおかあさんみたいじゃな……)
言葉にはせんが。
****
荷を軽く整理した後、そのまま食事へ向かった。
適当な食堂に入り、席につく。
「さて、久しぶりのまともな飯じゃな」
「ほんとですよ……」
料理が運ばれてくる。
肉、パン、スープ。
素朴じゃが十分じゃ。
わしは淡々と二人前を平らげる。
その横で──
「おい追加だ」
ドランが皿を差し出す。
「……もう四皿目ですよね?」
アリアが呆れた声を出す。
「まだいける」
「いけるじゃないんですよ……」
フィオがくすくすと笑う。
「……いっぱい……たべる……」
店主が苦笑しながら皿を運んでくる。
「兄ちゃん、いい食いっぷりだな……」
「だろ?」
どや顔。
やれやれじゃな。
わしがドランを見て肩をすくめる。
「ボニフさんもですからね?」
アリアが半目でこちらを見てそう言った。
****
腹を満たした後、わしらは冒険者ギルドへ向かった。
扉を開けると──
「……あ」
エルマがすぐに気づいた。
「アリア!無事戻ってきたのね!?」
「うるさいのう」
「久しぶりなんだからいいでしょ!」
相変わらずじゃ。
ミレイがちらりと視線を上げる。
「おかえりなさい。無事で何よりです」
簡潔。
それで十分じゃ。
「で、なんでドランと一緒?」
エルマの視線がドランに向く。
どうやらドランはラグナールでも活動していたようじゃな。
「成り行きでの」
「ふーん……あの時連れてた子は?」
エルマがドランを見てそう聞く。
恐らくミナのことじゃろう。
「両親の元へ送ってやった」
ドランが答える。
「今は元気にしてるはずだ」
「そ。ならよかったじゃない」
あっさりしたものじゃ。
だが、ドランはほんの一瞬だけ寂しそうな顔を見せた。
エルマの視線がフィオで止まる。
「で、また新しい子供?ってエルフじゃない。
珍し……くはないわね」
エルマがギルドのマスター室へ目線を投げた。
「……こ……んにち……は……」
「こんにちは!よろしくね!」
たどたどしい挨拶に一瞬困惑した顔を見せたが、すぐに笑顔になってエルマが返した。
「で? しばらくいるの?」
エルマが腕を組む。
「今日は依頼受けてく?」
「いや、また少し旅に出る」
「ふーん……忙しいわねあんたら」
肩をすくめる。
「アリア、体には気をつけなさいよ」
「はい、ありがとうございます」
素直に頭を下げる。
「エルマ、仕事」
隣にいたミレイがそう言うと、エルマは「はい、はい」と仕事に移った。
ミレイは少しアリアに顔を向けた。
「アリア」
「おかえりなさい」
ミレイが少しだけ口元を緩めた。
「ただいま」
アリアもまた破顔してそう答えた。
「ところでじゃ」
わしは口を開く。
「ギルドマスターはおるか?」
「あー、今日は外」
エルマが仕事をしながら答える。
「二日くらいで戻るはずだから、用があるならその時また来なさい」
「ふむ、了解じゃ」
****
用件は済んだ。
「では行くぞ」
わしは踵を返す。
「またねー!」
エルマの声を背に、ギルドを出た。
「さて」
通りを歩きながら言う。
「当面の準備じゃな」
「食材と……装備ですね」
「あと俺の槍、少し見てもらいてぇ」
ドランが言う。
「……ぼくも……」
フィオが小さく手を挙げた。
「なにか欲しいか?」
「……くつ……」
足元を見る。
なるほど、ボロいのう。
「いいもの買いましょうね」
アリアがふっと笑う。
「なんか、賑やかになりましたね」
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