第53話 もう来おったか
王都を発って、しばらく。
石畳だった道はやがて土の街道へと変わり、
行き交う人の数も、目に見えて減ってきておった。
背後に残る喧騒が、ゆっくりと遠のいていく。
「……静かになりましたね」
アリアがぽつりと呟く。
「まぁ王都出たばっかだしな。こんなもんだろ」
ドランは気にした様子もなく腕を組んだ。
馬車は順調。
天気もよい。
何も問題は──
(……いや)
わしは目を細める。
手綱を握ったまま、意識を周囲へ広げる。
風の流れ。
地面の振動。
(魔力の淀み)
わずかじゃが、不自然。
隠しておるつもりじゃろうが。
(下手じゃの)
わしは手綱を軽く引いた。
馬車の速度が落ちる。
「どうした?」
ドランが顔を上げる。
「少し様子を見る」
そのまま、馬車を止めた。
「来るぞ」
一拍。
ドランの口元が歪む。
「……やっぱりか」
アリアの表情も引き締まる。
「フィオ、こっちに」
フィオは無言で頷き、
アリアの袖を掴んだ。
その指先が、わずかに震えておる。
「大丈夫じゃ」
わしは御者台から降りる。
「すぐ終わる」
地面に足をつけた瞬間──
街道脇の草の陰から、影が飛び出した。
黒衣。
前方に三。
後方に二。
挟撃の形じゃな。
「囲む気かよ」
ドランが笑う。
「分かりやすいのぅ」
わしは肩をすくめる。
黒衣の一人が前に出る。
「対象確認。
エルフの子供──確保」
感情のない声。
「他は──排除」
「ほぅ」
わしは顎をさする。
「隠す気はないのじゃな」
「必要ない」
踏み込んでくる。
「遅い」
半歩ずらす。
刃を躱し、そのまま肩に触れる。
「っ?」
違和感。
だが止まらぬ。
振り抜く。
空振り。
背後へ回る。
「一人」
軽く蹴る。
体勢を崩したところへ──
「うらぁ!!」
ドランの拳が叩き込まれる。
鈍い音。
男が沈む。
「よし!」
「油断するな」
左右から来る。
連携は悪くない。
「じゃが、弱い」
斬撃をいなし、
わざと距離を取る。
一歩、二歩。
追わせる。
「逃げるな!」
「逃げてはおらんよ」
くすりと笑う。
「準備じゃ」
「は?」
ドランが横から割り込む。
「こっちは任せろ!」
一人を引き受ける。
残り三。
わしはさらに後退。
街道の土を踏ませる。
轍、石、わずかな段差。
(よし)
足を止める。
「……なんだ?」
わしは息を吐く。
「確認じゃが」
一拍。
「おぬしら、“教団”で間違いないな?」
沈黙。
それだけで十分じゃ。
「……答えんな」
制止の声。
遅い。
「やはりそうか」
「──殺せ」
踏み込んでくる。
わしは指をわずかに動かす。
「っ……!?」
動きが鈍る。
一瞬。
それで足りる。
一閃。
倒れる。
「二人目」
ドランも一人を叩き伏せる。
残り二。
距離を取る。
「……おかしい」
一人が呟く。
「位置は合っているはずだ」
「ほぅ?」
わしは目を細める。
(位置、か)
ちらりと馬車を見る。
アリアにしがみつくフィオ。
(やはり、そういうことか)
「撤退──」
「させんよ」
一歩で詰める。
短剣が閃く。
決着は一瞬じゃった。
****
静寂が戻る。
風が土を撫でる。
「終わりだな」
ドランが肩を回す。
「軽いの」
わしは血を払う。
馬車へ戻る。
「大丈夫かの?」
「はい……!」
アリアが安堵の息を吐く。
フィオはじっとこちらを見ておる。
不安と、戸惑い。
そしてどこか、納得したような目。
わしはその頭に手を置く。
(……やはり)
喉だけではない。
奥に、微かな繋がり。
(面白いことを仕込んでおる)
手を離す。
「ボニフさん?」
「うむ」
わしは短く頷いた。
「少々厄介じゃが──問題ない」
そう言って御者台へ戻る。
手綱を握る。
馬車はゆっくりと動き出す。
わしの視線は、前ではない。
わずかに後ろ。
そしてフィオへ。
(喋れぬようにし)
(居場所まで晒す、か)
口元がわずかに歪む。
「……趣味が悪いのぅ」
誰にも聞こえぬように呟く。
馬車は進む。
何事もなかったかのように。
(これは“追われている”のではない)
一拍。
(“見られておる"な)
わしは静かに目を細めた。
「面白い」
その声だけが、風に紛れて消えた。
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