第52話 別れと出発じゃ
王都を発つと決めた以上、やることはひとつじゃ。
「世話になった者には、筋を通すべきじゃろうな」
わしが言うと、アリアとドランも頷いた。
行き先は決まっておる。
シルエット商会じゃ。
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商会の扉をくぐった瞬間──
「ドランー!!」
元気な声が響いた。
次の瞬間、小さな影が一直線に突っ込んでくる。
「おっと!」
ドランが受け止める。
「ミナ。元気そうだな!」
「うん!また会いにきてくれたんだー!」
満面の笑み。
ドランの顔が、あからさまに緩む。
「おう、まぁな……」
頭を撫でる手が、やけに優しい。
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応接室へ通される。
しばらくして、シルヴァンとその奥方が現れた。
「これは……」
シルヴァンが静かに一礼する。
「またお越しいただき、ありがとうございます」
「まだ十分にお礼もできていませんのに……」
奥方も深く頭を下げる。
「そう何度も頭を下げんでもよい。
気にする必要はないぞ」
わしは手を振る。
「おぬしらの商会と情報のおかげで、物事は随分と進んだ」
それは事実じゃ。
情報がなければ、あそこまで辿り着けんかった。
シルヴァンは一瞬だけ目を細め
「……アルバート侯爵の件、ですね?」
「ほぅ」
わしは顎をさする。
「知っておったのか」
「商会にとって情報は武器ですので」
シルヴァンはわずかに言葉を選ぶ。
「誘拐事件の解決も、あなた方が?」
「いや」
わしは肩をすくめた。
「猫探しをしておったら、たまたま解決しただけの話じゃよ」
「……猫探しで、ですか」
シルヴァンがわずかに苦笑する。
その隣でミナの母は、何も言わず。
ただ、深く頭を下げた。
もう一度。
さらに深く。
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「……ところで」
ミナが、ひょこっと顔を出す。
「その子だれ?」
フィオの方を見る。
フィオは、ぴたりと動きを止めた。
「フィオっていうの」
アリアがしゃがんで説明する。
ミナはずいっと距離を詰める。
「わたしミナ!よろしくね!」
返事はない。
「……ねぇ、しゃべってよ?」
フィオが困った顔をする。
視線が泳ぐ。
アリアを見る。
ドランを見る。
そしてわしを見る。
どうしてよいか分からん、といった顔じゃな。
「どうしたの?」
フィオは、ぎゅっとアリアの服を掴んだ。
「……無視しないでよー!」
ミナが頬を膨らませる。
フィオはさらに困る。
「この子、喋れないの」
アリアが少し困った表情をしながらフォローする。
「えーー?そうなんだ?」
ミナは首を傾げるも、あっさり納得した。
「そのうちわしが治すから、そのうち喋れるじゃろう」
「じゃあそのときいっぱいしゃべろうね!」
わしが言うとミナがにこりと笑う。
フィオは少し驚いた顔をして、
ほんの少しだけ顔を赤らめて、表情を緩めた。
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「もしかして王都出ちゃうの?」
ミナがぽつりと呟く。
「うむ」
わしは頷く。
「次の目的地があるでな」
「そっか……」
一瞬だけ、寂しそうな顔。
じゃがすぐに、笑う。
「またきてね!」
「うむ」
「約束だよ!」
「嘘は言わん」
ミナは満足そうに頷いた。
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商会を後にする。
外に出たところで。
「……くっ……」
ドランが顔を背ける。
「おい、どうした」
「なんでもねぇ……!」
声が震えておる。
目元を乱暴に拭った。
「王都に来ればいつでも会えるじゃろうに」
「うるせぇ……!」
じゃが、その顔はどこか嬉しそうでもあった。
****
宿へ戻る。
店主がこちらを見る。
「おや、もう出発かい?」
「うむ」
「あんたらも随分と長居したもんだね」
「世話になったの」
軽くやり取りを交わしながらも店主は慣れた手つきでわしらの馬車の用意をする。
「また王都に来たら利用しておくれ」
「うむ」
「次は別々の部屋でお願いしますね」
アリアがそう一言付け加えた。
「それは約束できんがな」
店主が肩をすくめた。
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預けていた馬車を受け取る。
手綱を握る。
準備は整った。
「行くぞ」
馬が一歩、踏み出す。
石畳を進み──やがて王都の門をくぐる。
背後に広がる大都市。
振り返ることはない。
「……さて」
わしは小さく笑った。
馬車は進む。
まずはラグナール、
久しぶりのわしの家、
そしてエルフの国へと続く道へ。
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