第51話 新たな旅の始まりじゃ
王都の朝は、相変わらず騒がしい。
人の声、馬車の音、商人の呼び声。
それらが混ざり合い、街は一日の始まりを告げておる。
宿の食堂に流れる空気は、どこか違っておった。
いつも通りの朝食。
いつも通りの顔ぶれ。
……そこに、ひとつだけ“新しい要素”がある。
小さなエルフの子供。
フィオ。
ちらりとアリアを見る。
視線が合うと、ほんのわずかに表情が緩む。
(分かりやすいのぅ)
「……フィオ、大丈夫?」
アリアが優しく声をかける。
フィオは、小さく頷いた。
それだけじゃ。
ドランが肉を頬張りながら口を開く。
「腹減ってんのか? ほら食え」
皿を差し出す。
フィオは一瞬きょとんとした後、
ぺこりと頭を下げてそれを受け取った。
「礼儀はしっかりしてんだな」
「うむ」
わしは頷く。
「育ちは悪くなさそうじゃ」
「いやそういう問題じゃなくてですね……」
アリアがため息をつく。
フィオは差し出された肉を、丁寧にナイフとフォークで切り分け──
ぱくり、と一口。
すぐに、ぱっと表情が明るくなる。
「美味しい?」
アリアの問いに、フィオは笑顔で大きく頷いた。
……が。
「……それにしても喋らねぇな」
ドランが眉をひそめる。
その言葉に、フィオは少しだけ困った顔をした。
「言葉が分からないのでしょうか?」
アリアが言うが
「いや、それはない」
わしは首を振る。
「ルークの時もそうじゃったが、理解はしとる。
今の問いにも反応しとったじゃろ」
「確かに……」
アリアが小さく唸る。
それを見て、フィオがアリアを気遣うように身を寄せた。
(……やはり)
(これは“喋らん”のではなく)
(“喋れん”か)
わしは顎をさすった。
席を立ち、フィオの隣へ移動する。
「少し体を見させてもらうぞぃ」
フィオは一瞬戸惑い──わしではなく、アリアを見る。
「大丈夫よ」
アリアが優しく笑う。
その一言で、フィオは安心したように頷いた。
(完全に信頼しとるな)
わしはフィオの肩に手を当てる。
意識を落とす。
構成を視る。
分解する。
再構築する。
物質の構成要素解析。
それを生命体へ応用。
さらに細分化。
骨、筋肉、血液、魔力。
その流れを追い──
「……ふむ」
わしは目を開いた。
「何か分かったんですか?」
アリアが身を乗り出す。
フィオも不安げにこちらを見る。
「喉に絡みつく魔力の糸じゃ」
一言で告げる。
「それも純粋な魔力ではない。
錬金術を真似た“紛い物”じゃな」
「紛い物……?」
「精度は低い。じゃが──」
一拍。
「目的は達しておる」
「目的って……」
「“喋らせんこと”じゃろうな」
アリアの表情が曇る。
対して──フィオは。
わずかに、安堵したように見えた。
(……自覚はあったか)
「子供にひでぇことしやがるぜ」
ドランが舌打ちする。
「ミナの時といい、胸糞悪ぃ連中ばっかだな」
「なんで……そんなこと……」
アリアが呟く。
フィオは不安そうにアリアを見上げ、
アリアの袖をぎゅっと掴んだ。
「……大丈夫よ」
アリアが優しく頭を撫でる。
そして、わしを見る。
「治せるんですよね?」
「ないこともない」
「じゃあ」
わしは手で制する。
「じゃが、“今は”無理じゃ」
「そんな……」
アリアが肩を落とす。
ドランは腕を組み、空を仰いだ。
「落ち込むな」
わしは淡々と言う。
「“今は”と言っただけじゃ」
一拍。
「場所があれば治せる」
「場所……?」
「わしの家じゃ」
「ボニフさんの家?」
アリアが目を丸くする。
「おぬしと出会った森があったじゃろ」
「あの森……ですか?」
「そのさらに奥じゃ」
「え? あんな危険な場所に住んでたんですか!?」
「ふーん、随分と辺鄙なとこだな」
ドランが肩をすくめる。
「静かでよいぞ?」
わしは平然と言った。
「まぁ、それはともかく」
一拍。
「あそこなら、恐らく治せる」
その言葉にフィオの目が、はっきりと輝いた。
「……行きましょう」
アリアが強く頷く。
「治せるなら、それしかありません」
「決まりだな」
ドランも同意する。
わしは三人を見渡し、頷いた。
****
「それにしてもエルフの国か……」
ドランが腕を組む。
「聞いたこともねぇな」
「ルークの言う通りに動くのは癪じゃが……」
「教団に繋がるなら無視できませんね」
アリアが続ける。
わしは頷く。
「うむ」
「……ねぇボニフさん」
「なんじゃ?」
「エルフの国って、どこにあるんですか?」
「ふむ……」
スープを一口。
顎をさする。
「五百年前はの」
「また五百年前……」
アリアが即座にツッコむ。
「む、事実じゃから仕方なかろう」
「はいはい……続けてください」
「わしの家のさらに奥にあったはずじゃ」
「え?」
アリアが目を見開く。
「五百年前のままなら、じゃがな」
「……まぁ、ボニフさんの家に行くなら丁度いいですね」
アリアが苦笑する。
「それにじゃな」
「?」
「エルフと言えば、思い当たることがあるじゃろ」
アリアはしばし考え
「あっ……!」
顔を上げる。
「ゼノスさん!」
「うむ」
わしは頷いた。
「ゼノスさんなら分かるかも……!」
「誰だ?」
ドランが首を傾げる。
「ラグナールのギルドマスターです」
「ほぅ……あいつか」
一拍。
「……ってエルフだったのか!?」
「そこですか!?」
アリアが思わず声を上げる。
わしはやれやれと顎をさする。
そのやり取りが面白かったのか、
フィオが、くすりと小さく笑った。
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