第46話 トカゲの尻尾切りは貴族の得意技じゃ
バルトロメオ伯爵の屋敷。
夜も更け、灯りは最小限に落とされておる。
(人の気配が多すぎるのぅ)
屋敷の周囲には、明らかに“普通ではない”気配が漂っていた。
「……なぁ、ボニフ」
ドランが低く呟く。
「もういいだろ」
槍を握る手に力がこもっておる。
「中にいるのは確定だ。
証拠もある程度揃ってる」
ググっと拳を握る音が聞こえた。
「だったら、ぶち込もうぜ」
アリアがすぐに口を挟む。
「ちょ、ちょっと待ってください!
ここで突っ込むのは」
「いや」
(ここは泳がせても次が難しそうじゃしな)
わしは静かに口を開いた。
「よいかもしれんのぅ」
「……は?」
アリアが目を丸くした。
「どうせ尻尾は掴んでおるし。
そろそろ尾行も飽きてきたじゃろ?」
わしは二人を見てニヤリと笑った。
「潰してしまうのも一興じゃ」
ドランの顔に笑みが浮かぶ。
「ははっ……いいじゃねぇか」
アリアは一瞬ためらい、やがて小さく息を吐いた。
「……もう、止めませんからね」
「決まりじゃな」
わしらは一歩踏み出す。
「では、行くぞい」
****
次の瞬間ドランが門を蹴り飛ばした。
ドンッ!!
「なっ!?」
「侵入者だ!」
屋敷の中から、護衛たちが一斉に飛び出してくる。
「遅ぇよ!」
ドランが笑いながら突っ込んだ。
槍が振るわれ、一人、また一人と吹き飛ぶ。
鎧ごと壁に叩きつけられ、動かなくなる。
「ぐっ……!」
「強ぇ……!」
アリアも詠唱を終え、
魔法を放つ。
「──拘束!」
光の鎖が護衛たちの足を絡め取り、動きを止める。
「今です、ドラン!」
「おう!」
ドランが踏み込み、一気に距離を詰める。
鈍い衝撃音が連続して響いた。
(ふむ、よく動くのぅ)
わしは軽く周囲を見渡し、必要なところだけ小さく手を振る。
足元を滑らせる程度の補助。
武器の軌道をほんの少し逸らす。
それだけで十分じゃ。
****
数分後。
屋敷の中は静まり返っておった。
護衛たちは床に転がり、誰も立ち上がらん。
「……こんなもんか」
ドランが肩を回す。
「思ったより弱かったですね」
「数だけじゃな」
わしは奥へと視線を向ける。
「本命は──あちらじゃ」
****
扉を開けると、そこには一人の男が立っていた。
豪奢な衣装。
整えられた髪。
じゃが、その顔には明らかな動揺が浮かんでおる。
「……何だ、貴様らは」
低く、威圧する声。
「ここがどこだか分かっているのか?」
「バルトロメオ・フォン・グレイン伯爵の屋敷だ」
「その伯爵の前で」
バルトロメオは一歩前に出た。
「──無礼にも程があるぞ!」
喚く。
「何者だと聞いている!」
さらに声を荒げる。
じゃが、わしはあくまで冷静に言った。
「……"猫探し"をしとってな」
「猫探し……?」
バルトロメオが眉をひそめる。
「うむ。迷い猫を追っておったら」
わしはゆっくりと視線を上げた。
「妙に騒がしい屋敷に辿り着いたというわけじゃ」
「……ふざけているのか?」
「さての」
わしは肩をすくめた。
「猫は見つかっておらんが、“ネズミ”は見つかったようじゃ」
一瞬、空気が張り詰める。
「ネズミ、とは誰のことだ?」
「ネズミはネズミじゃよ。誰……とも言うておらんぞ?」
わしはバルトロメオの呟くような質問に淡々と答える。
「ただ、"オークション"……そんな会場から追ってきたら親玉のネズミがおった──そんな話じゃな」
バルトロメオの目が揺れた。
「……な、何のことだ」
「王都には色々あるからのぅ」
わしは一歩近づく。
「人を“商品”にする市場などもな」
「……知らんと言っている!」
バルトロメオが一歩わしらへと近づく。
「衛兵に突き出してやる!」
そして強気に出た。
「さて?」
わしは懐から紙片を取り出し、机の上に滑らせた。
「呼んでもらってもよいが、困るのはどちらかの?」
さらに、布に包まれた荷を放る。
ドランがそれを引き剥がすと──
中から大量の金貨がこぼれ落ちた。
チャリン、と乾いた音が響く。
「……っ」
バルトロメオの顔色が変わる。
「それに昨夜の“運搬”も見ておる」
「……知らん!」
即答。
「その金は私の事業の売上だ!」
しかし、バルトロメオは一歩、そして一歩と後ずさる。
「何の問題もない!」
「そうか」
わしは肩をすくめた。
現場を踏み込んでおるのに、中々折れぬな。
「それに、私の後ろに誰がいると思っている!」
わしはそれを聞き、反応した。
「財務大臣だぞ! アルバート様だ!」
後ろ盾……黒幕の名前じゃな。
焦って口を滑らせたか。
わしは顎をさする。
「そのアルバートとやら……
少しでも失敗すると、すぐ"切り捨てる"」
「──!!」
わしがそうボソリと言うと、バルトロメオが反応した。
ルークの言葉……あれを信じるならアルバートという男はそういう男じゃろう。
半分は確信めいた推測。
もう半分はハッタリじゃったが。
(こやつの反応から見て、思い当たるところがあったようじゃな)
「……あの方は」
一瞬、視線が泳ぐ。
「私を……切るような方ではない……」
沈黙。
「……いや……だが……」
小さく漏れた本音。
「ほう? “切られた者”を知っておる口ぶりじゃな」
バルトロメオの顔が歪む。
「つい最近──」
絞り出すような声。
「少しばかり……目立っただけの貴族がな……」
そして項垂れた。
「……消えた」
部屋の空気が重く沈む。
「……あれは」
震える声。
「見せしめだった」
ドランが小さく舌打ちした。
「クソが……」
わしは静かに頷く。
「それが答えじゃ」
「おぬしも同じじゃな」
「……違う!」
バルトロメオが叫ぶ。
「私は違う! 私は役に立っている!」
「切られるはずが──」
「そう思いたいだけじゃろう?」
わしは淡々と返す。
言葉が止まる。
完全に崩れた。
****
「一つ、道をやろう」
わしはゆっくりと告げる。
「……道、だと……?」
「おぬしが上を売れば、"おぬしだけは”助かる可能性がある」
「……そんな約束に何の価値がある」
弱々しい反論。
「あるぞい」
「レオポルト・フォン・ヴァイスハイトが動くからな」
その名が出た瞬間、バルトロメオの顔色が変わった。
「……っ」
完全に理解した顔。
逃げ道が“ある”と。
そして同時に──“ない”ことも。
「アルバートは切るぞ? こういう時の末端をな」
わしは静かに言う。
長い沈黙が周りを包む。
「……分かった」
バルトロメオは力なく呟いた。
崩れ落ちるように膝をついた。
「さて」
わしは小さく息を吐いた。
「話を聞こうかの」
わしはわずかに目を細める。
(これで、ようやく本丸に繋がるのう)
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