第44話 わしは錬金術師であって諜報員ではないのじゃが
公爵邸を後にしたわしらは、いったん宿へ戻っていた。
「……なんか、頭が追いつかねぇな」
ドランがベッドに倒れ込む。
「誘拐、貴族、オークション……
こんなの、普通の冒険者が扱う話じゃないですよ……」
アリアも肩を落とす。
「わしらが普通の冒険者じゃないってことなんじゃろうな」
わしは軽く笑った。
「笑うとこですかね?これ……」
「分からんが笑っておこう!ガハハハ!」
「いや、ドランは本当に何も分かってないですよね」
アリアが呆れた顔で言った。
「さて、わしは少し準備がある。
おぬしらは自由にしておれ」
「え、どこ行くんです?」
「散歩じゃよ」
そう言い残し、
わしは宿を出た。
(さて……)
(昨夜の倉庫街、もう一度見ておく必要があるのぅ)
****
王都の外れにある倉庫街は、
昼でも薄暗く、人気が少ない。
昨夜の倉庫へ向かう。
(ほう……)
昨夜よりは少ないが、
怪しい影が数人、周囲をうろついておる。
見張りか、後処理か。
どちらにせよ、
“何かを隠している”のは間違いない。
(さて、どう動くかの)
わしは懐から小さな魔石を取り出した。
風属性の魔力を込めると、魔石が淡く光る。
「……ほれ」
指先で軽く弾き、
倉庫の反対側へ転がす。
次の瞬間──
ドンッ!!
木箱が弾け飛ぶ音が響いた。
「なっ……!?」
「今の音は……!」
見張りたちが一斉にそちらへ走る。
(よし)
わしはその隙に倉庫の裏手へ回り、
窓から中へ滑り込んだ。
****
中は薄暗く、昨夜の痕跡がそのまま残っていた。
縄の切れ端。
薬品の匂い。
引きずられた跡。
(急いで片付けたようじゃが……
詰めが甘いのぅ)
わしは床に落ちていた紙片を拾う。
破れた帳簿の一部。
荷物の管理表。
「……ほう?」
壁際の木箱の裏に、封筒が落ちていた。
中には数枚の書類。
わしは目を通し、眉をひそめた。
「倉庫の使用申請書……
搬入経路……」
(こんなものを残すじゃろうか?)
わしは一度、周囲を見渡す。
(……いや)
(“残した”のではなく──)
(“回収しきれなかった”か)
つまり、
昨夜、撤収はそれなりに急だったということじゃ。
(レオポルト公爵……食えん男じゃの)
わしはあの法の番人の顔を思い浮かべて苦笑した。
再度書類に目を落とす。
複数の倉庫が“定期的に借りられている”こと。
搬入経路とそれらの日時。
さらに、その倉庫の位置を線で結ぶ。
(……ふむ)
わしは地図を広げ、
書類の情報を照らし合わせる。
線が一点に収束する。
「集まっておるな……」
王都北区の外れ。
古い劇場跡地。
(断定は出来んが……)
(条件としては十分じゃな)
わしは書類を懐にしまい、
倉庫を後にした。
****
宿に戻ると、
アリアとドランが待っていた。
「ボニフさん、どこ行ってたんですか!」
「散歩じゃと言ったじゃろう」
「散歩の顔じゃねぇだろ……」
ドランが呆れたように言う。
「まぁよい。
今日はもう休むぞい」
「え?」
「明日から忙しくなる。
寝られるうちに寝ておけ」
アリアとドランは顔を見合わせ、
やがて頷いた。
****
朝日が差し込む頃、
わしらは王都の冒険者ギルドへ向かった。
「王都のギルドって……大きいですね」
アリアが圧倒されたように見上げる。
「人も多いな……」
ドランが周囲を見回す。
わしらは受付へ向かい、
受付嬢に声をかけた。
「すまんが、指名依頼が来ておらんか?」
「指名依頼……ですね?
お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ボニフ、アリア、ドランじゃ」
受付嬢は名簿を確認し、目を丸くした。
「……来ています!
レオポルト・フォン・ヴァイスハイト公爵様からの指名依頼です!」
「ほう、早いのぅ」
差し出された依頼書には
《依頼名:迷い猫の捜索》
と書かれていた。
「……ほんとに猫探しだ」
ドランが呆れた声を出す。
「依頼主は公爵様……
すごいですね……!」
受付嬢は驚きと尊敬の入り混じった目でこちらを見る。
わしは依頼書にサインを入れる。
「では、受けるとしよう」
「はい! 依頼受注を確認しました!」
****
「……これで堂々と動けるな」
ドランが依頼書を見ながら言う。
「うむ。
猫探しのついでに、
“劇場跡地”を見に行くとしよう」
「劇場跡地……?」
アリアが首を傾げる。
「昨夜、少しばかり調べての。
最も怪しい場所じゃ。
他にも怪しい場所が二つ、浮かび上がったがの」
「マジかよ……!」
「ただし」
わしは一言付け加えた。
「当たりなら大物。
ハズレなら無駄足じゃ」
わしは空を見上げた。
「猫探しの時間じゃ」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク・評価をいただけると励みになります。




