第42話 大局を見るには小局を見逃すべきじゃ
公爵邸を後にした帰り道。
「……なんだよあれ」
ドランが苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「分かってるなら捕まえりゃいいじゃねぇか。
ガキが攫われてんだぞ」
「それが出来るなら苦労はせん」
わしは肩をすくめた。
「法とはそういうものじゃ。
“分かっている”と“証明できる”は別物じゃからの」
「……めんどくせぇな」
「そのめんどくさいのが国を回しておる」
****
「でも……」
アリアが不安げに口を開く。
「証拠って、そんな簡単に見つかるものなんですか?」
「簡単ではないのぅ」
わしは顎をさする。
「じゃが、手がかりはある」
「……ミナのご両親、ですか?」
「うむ」
****
わしらは再び商業区──シルエット商会を訪れた。
「あ! ドラン!」
ミナがすぐに気づき、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
「またきたの!?」
「うむ。少し用があっての」
「おとうさんよぶね!」
ミナはそのまま奥へと走っていった。
****
応接室に通される。
「何かあったのですか?」
シルヴァンが静かに問う。
「うむ。少し確認したいことがあっての」
わしは視線を向ける。
「ミナの件で“協力的だった貴族”がおったと言っておったな」
シルヴァンの表情がわずかに引き締まる。
「……ええ」
「その者について、詳しく聞かせてもらえんか」
「バルトロメオ・フォン・グレイン伯爵」
静かな声で名が出た。
「貴族院派か」
「はい」
即答だった。
「当時は非常に協力的で……
衛兵よりも早く情報を持ってきてくださることもありました」
「……妙じゃな」
「ええ。今思えば──
“探していた”というより“把握していた”ように感じます」
「他に特徴は?」
「夜に動くことが多い方でした。
屋敷を空けることも多く、行き先は不明です」
「十分じゃ」
わしは立ち上がる。
「この情報、借りるぞい」
****
その夜。
わしらはグレイン伯爵邸の裏手に潜んでいた。
「……ほんとに来るのか?」
ドランが低く問う。
「来る」
短く答える。
「こういう手合いは、動く時間が決まっておる」
****
やがて。
裏口が静かに開いた。
一台の馬車が出てくる。
護衛は最小限。
「……あれだな」
ドランの声が低く沈む。
馬車を追う。
辿り着いたのは王都外れの倉庫街。
人気はほとんどない。
馬車が止まり、荷台が開く。
中から降ろされたのは小さな影。
「……っ!」
ドランが踏み出そうとする。
「待て」
低く制する。
「今飛び出しても意味がない」
「でもよ……!」
「証拠が要る」
その一言で、ドランは歯を食いしばった。
(さて……)
わしはゆっくりと地面に手を触れる。
「……何してるんです?」
アリアが小声で問う。
「拾うだけじゃ」
「え?」
「音の“残り滓”をな」
「音は空気を震わせる。
そしてその揺らぎは、ほんのわずかじゃが──残る」
「……そんなことが……」
「長くは持たん。
精々、数十秒程度じゃ」
つまり。
“今この瞬間”しか使えん。
指先に淡い光が灯る。
じゃがそれは広がらず、
静かに地面へと沈んでいく。
少しして、微かな声が、頭の奥に響いた。
『……数は三。例のルートだ』
『伯爵様の指示通りに運べ』
『薬は使ってる、騒ぎにはならねぇ』
「……なるほどの」
わしは小さく呟く。
さらに視線を向ける。
子供の腕。
力なく垂れ下がっておる。
(眠らされておるな)
風に乗って、かすかに薬品の匂いが届く。
わしは地面の砂を指でなぞる。
ほんの少しだけ拾い上げ
「……やはり同じじゃな」
「何が分かったんだ?」
ドランが問う。
「麻痺系の薬じゃ。
レーベンで使われていたものと近い」
わしは立ち上がる。
「これで十分じゃ」
「……終わりか?」
「うむ」
「助けねぇのかよ……!」
ドランの声が震える。
「助ける」
はっきりと言う。
「じゃが、それは“今ではない”」
「……っ」
「ここで動けば、尻尾を切られて終わりじゃ」
静かに続ける。
「“元”を断たねば意味がない」
ドランは拳を握りしめ──やがて、力を抜いた。
「……分かった」
その場を離れる。
アリアが小さく呟く。
「……大丈夫、ですよね」
「うむ」
わしは前を向いたまま答える。
「明日で、状況は動く」
(証拠は揃った)
(あとは──)
わしは顎をさする。
(法の番人を動かすだけじゃ)
王都の夜は静かだった。
じゃがその裏では、
確かに“人が消えている”。
その流れは、確実に“上”へと繋がっている。
(待っておれ)
(次は、こちらの番じゃ)
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