第39話 紹介はあくまで紹介のみ
ミナと別れてからしばらく。
わしらは商業区を抜け、貴族街へと足を向けておった。
石畳はより整えられ、
行き交う者の服装も一段と上等になる。
「……空気が違うな」
ドランが小声で呟く。
「うむ。金と権力が集まる場所じゃからの」
「なんか、息が詰まりそうです……」
アリアも落ち着かない様子で周囲を見回す。
無理もあるまい。
ここは“選ばれた者の場所”じゃ。
そして同時に、
“何かを隠すには最適な場所”でもある。
****
「ここじゃな」
わしらは一軒の屋敷の前で足を止めた。
高い鉄柵に囲まれた立派な屋敷。
門の前には武装した門番が二人立っている。
「レーベン領主からの紹介状……これで会えるんですよね?」
「普通ならの」
わしは懐から封書を取り出した。
「じゃが、“普通なら”じゃ」
門番の一人がこちらに気づき、鋭い目を向けてくる。
「止まれ。ここは私有地だ。
用件を述べよ」
「レーベン領主、エルンスト殿からの紹介状を持ってきた。
取り次ぎを頼みたい」
わしは封書を差し出した。
門番はそれを受け取り、封蝋を確認した瞬間──
わずかに、眉が動いた。
(ほう……)
一瞬だけ。
本当に一瞬だけじゃが、“困惑”と“警戒”が混じった顔をした。
だがすぐに無表情に戻る。
「……少し待て」
門番は屋敷の中へと消えていった。
****
「今の、なんだ?」
ドランが小声で聞いてくる。
「気づいたか」
「ああ。なんか変だったぞ」
「ええ……紹介状を見た時、
明らかに様子が変わりましたよね」
アリアも同意する。
(うむ……)
普通なら紹介状を見れば、通すか通さないかの判断になる。
じゃがあの反応は違う。
まるで──
“扱いに困っている”ような顔じゃった。
****
しばらくして、門番が戻ってくる。
だが、その顔は最初よりも硬い。
「……主人は本日、面会の予定はない。
お引き取り願いたい」
「ほう?」
わしは軽く首を傾げた。
「紹介状の差出人は確認したかの?」
「確認した」
「それでも、か」
「……規則だ」
短く、機械的な返答。
その手は、わずかに強く槍を握っている。
「……規則、ねぇ」
ドランが不満げに呟く。
「普通、領主の紹介状なら通すもんじゃねぇのか?」
「本来はそうじゃな」
わしは門番をじっと見た。
門番は目を逸らさない。
だがその奥にあるのは“敵意”ではない。
“躊躇”じゃ。
「もう一度だけ聞こう」
わしは穏やかに言った。
「これは“断っている”のか、
それとも──"断らされている”のか」
その瞬間。
門番の瞳が、わずかに揺れた。
だがすぐに口を引き結ぶ。
「……お引き取り願う」
それ以上は何も言わない。
完全に口を閉ざした。
(なるほどのぅ)
わしらはそれ以上食い下がらず、その場を離れた。
「……なんなんだよ、あれ」
ドランが苛立ったように言う。
「露骨におかしいだろ」
「ええ……紹介状を見てから態度が変わりましたよね」
「うむ」
わしは顎をさする。
「あれは拒絶ではない」
「じゃあ何だ?」
「“止められておる”のじゃ」
「止められてる……?」
アリアが眉をひそめる。
「誰に、ですか?」
「さての」
わしは空を見上げた。
王都の空は相変わらず広い。
じゃがやはり、どこか濁って見える。
「少なくとも、
あの門番の意思ではない」
「……じゃあ、その屋敷の中のやつか?」
「それも違うじゃろう」
ドランの言葉に首を振る。
「本当に拒絶するなら、最初から門で追い返す」
「……確かに」
「わざわざ中に持ち込み、確認した上で断っておる」
「判断は“中”ではない」
「……なんか、嫌な感じですね」
アリアが小さく呟く。
「うむ。実に分かりやすく、
裏がある」
わしは軽く笑った。
「王都は広いからの。
こういうこともあるじゃろうて」
「いや、笑い事じゃねぇだろ……」
「なに、慌てる必要はない」
わしは踵を返す。
「手は一つではないからの」
****
「……どうするんです?」
アリアが尋ねる。
「別のルートを使う」
「別の……?」
「うむ。貴族が駄目なら」
わしはふっと口元を緩めた。
「商人を頼ればよい」
ミナの両親の顔が、頭に浮かぶ。
****
(さて……)
わしは心の中で呟く。
(どこまで繋がっておるかの)
ただの拒絶ではない。
ただの規則でもない。
見えぬ糸が、確かにここには張り巡らされておる。
「……面白くなってきたのぅ」
わしは小さく笑った。
王都の影は思っていたよりも、深いらしい。
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