幕間4 領主の憂い ※エルンスト視点
レーベン領主邸、執務室。
「──以上が、昨夜の件の詳細です」
部下の報告が終わる。
机の上には、書類の山。
その中でも一枚だけ、別に置かれた報告書。
“闇ギルド壊滅”
“誘拐されたと思われる子供たち保護”
“副ギルドマスターラスティン死亡”
エルンストはその一枚を静かに手に取った。
三つの内容が一つにまとめられた書類を目にして、エルンストは目を細めた。
「……死んだか」
短い言葉。
「はい。牢内で毒による死亡。
自害の可能性もありますが……状況的に──」
「口封じだな」
即答だった。
部下が言葉を飲み込む。
「……やはり、関わっているのは」
「口にするな」
一言で遮る。
部屋の空気が張り詰めた。
エルンストは椅子にもたれ、天井を見上げる。
「だが……想定より早いな」
「と、言いますと?」
「普通の冒険者なら、あの地下に辿り着けん。
というより、私でも対応に困っていた闇ギルドの解決をたった二日で……」
エルンストはもう一枚の紙を手に取った。
ラグナールから来た冒険者。
「罠を見抜き、拠点を突き止め、
副ギルドマスターの関与を暴き、
子供を全員保護……か」
一拍。
「……とても同一人物が一晩で行った、とは思えんな」
ぽつりと呟いた。
部下が思わず苦笑する。
「確かに、少々……」
「少々どころではない。
レーベンに常駐されたら治安が過剰に良くなりすぎる」
「それは……良いことでは?」
「仕事が減る」
「は?」
部下が素で聞き返した。
エルンストは真顔で頷く。
「事件が減れば、私の仕事も減る。
つまり──暇になる」
「……それは、良いことでは?」
「書類仕事が増える」
「結局増えるんですね……」
小さくため息が漏れた。
エルンストは再び書類に目を落とす。
「……子供の失踪、累計十四件か」
指で数字をなぞる。
「今回の件で一部は戻ったが……まだ足りんな?」
エルンストは部下に問いかける。
「はい……」
「そして、その背後にいるのが──」
言葉はそこで止まる、飲み込まれた。
「この規模、この動き……地方の問題ではない」
エルンストは静かに言った。
「王都の腐敗が、こちらまで流れてきている」
部下の喉が、ごくりと鳴る。
「……どうなさいますか」
しばしの沈黙の後、部下が問う。
エルンストは即答しなかった。
窓の外を見る。
そこには、変わらぬレーベンの街。
人が行き交い、商人が声を張り上げ、
子供が走り回る。
「……守れる範囲を守る」
静かな声だった。
「それが領主だ」
拳を握る。
「勝てぬ戦はしない。
だが──見過ごしもしない」
一拍。
「“外”に任せる」
「外……ですか?」
エルンストはわずかに口元を緩めた。
****
エルンストはボニフ一行を見送って、これまでに比べ一層深いため息をついた。
「……しかし」
ふと、エルンストが呟く。
「はい?」
「金貨二十枚では少なかったかもしれん」
「は?」
「もう少し出せば、より働いたかもしれん」
「いやいやいやいや」
部下が慌てて首を振る。
「十分すぎます!むしろ多いです!」
「そうか?」
「そうです!」
エルンストは腕を組み、真剣に悩む。
「……次は三十枚にするか」
「まだ出す気なんですか」
「投資は重要だ」
「規模が領主のそれじゃないんですが」
部下は頭を抱えた。
エルンストは三人の冒険者、そして子供の背中を見る。
さらにはそれを通り越した先。
街の向こう。
王都へと続く街道の先を。
「さて……」
静かに呟く。
「風がどう動くか」
その目は、すでに次の一手を見据えていた。
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