第28話 何やらきな臭いのぅ
夜のレーベンを、わしらは駆け抜けた。
ミナの魔力反応は北東へ向かっておる。
距離はまだ近い。
攫われてから、そう時間は経っておらん。
「ミナ……ミナ……!」
ドランは歯を食いしばり、
今にも地面を砕きそうな勢いで走っておる。
「落ち着いてください! 焦っては……!」
「焦るに決まってんだろ!!」
アリアの声を遮り、ドランが吠えた。
(……森での“視線”と“罠”……やはり狙われておったか)
わしは短剣の柄に触れ、
そこに込めた魔力の糸を辿りながらミナの位置を探る。
「この先じゃ。建物の裏手……地下に続く階段がある」
「地下……?」
アリアが息を呑む。
****
古びた倉庫の裏に、
雑草に隠れた鉄の扉があった。
わしは短剣の刃を軽く当て、
魔力を流し込む。
──カチリ。
扉の細工が外れる。
「行くぞ……!」
扉を開けると陰湿な匂いが鼻をついた。
裏の匂いじゃ。
地下へ続く階段は暗く、湿っておる。
わしらは足音を殺しながら、階段を降りた。
薄暗い通路の先に、
複数の部屋が並んでおった。
鉄格子。
鎖。
薬品棚。
そして
「……子供……?」
アリアが震える声で呟いた。
部屋の奥には、
怯えた目をした子供たちが数人、
鎖につながれたまま座り込んでおった。
「なんだよ……これ……」
ドランの声が低く震える。
「ミナは……どこだ……!」
ドランが叫んだ瞬間。
「おい、誰だ!」
奥の部屋から、男たちが飛び出してきた。
粗末な革鎧に、刃こぼれした短剣。
いかにも裏稼業の連中じゃ。
その後ろから、筋肉質な大男が舌打ちしながら現れた。
「森で奥まで誘い込めりゃ楽だったんだがな……罠も外されるしよ」
「仕方なく宿まで追ったってのに……なんでここがバレるんだよ」
「お主ら、森におった連中じゃな?」
「なんだ?バレてたのか。
通りでうまくいかなかったわけだ……
お前らただの冒険者じゃねえな?」
(森での動きも、宿での襲撃も……全部“計画”じゃったか)
「そんな事はどうでもいい……」
ドランが肩を震わせる。
「ミナを返せぇぇぇ!!」
ドランが吠え、槍を構えた。
男の一人が盾を構えたが。
ドランの一撃で盾ごと吹き飛んだ。
「チッ、お前らやっちまえ!」
複数の男たちが武器を構えるが、
「ミナはどこだ!!邪魔だ!」
ドランは怒りのまま突進し、
次々と男たちを壁に叩きつけていく。
「アリア、右じゃ!」
「はいっ!」
アリアは短剣を逆手に構え、
素早く敵の懐に飛び込む。
魔力を纏わせた刃が、
男の武器を弾き飛ばした。
「くそっ、このガキ……!」
「ガキじゃありません!」
アリアの蹴りが男の腹にめり込む。
わしは通路の奥に目を向けた。
そこにミナの魔力がある。
「どけい」
わしは短剣を軽く振った。
刃先から魔力が散り、
通路の湿気と埃を一瞬で凝縮させる。
──ぱん。
小さな爆発が起こり、
敵の足元が吹き飛んだ。
「ぎゃっ!?」
「なんだ今の……!」
「森での罠よりは、まだ可愛いもんじゃろ」
わしは短剣を構えたまま、ゆっくりと歩き出した。
「好き放題やってくれやがって!
お前らただじゃおかねぇぞ!」
先ほどの大男が向かう先の通路の前に立ち塞がった。
「ミナはそこか!」
ドランが吠える。
「コイツは俺がやる!!」
槍と拳がぶつかる。
今度は拮抗した。
ドランの筋肉が軋み、床がひび割れる。
「おぉ……やるじゃねぇか」
「ミナに手ぇ出した時点で……テメェは終わりだ!」
ドランが踏み込み、連撃を叩き込む。
一撃、二撃、三撃。
男の体が僅かに揺れる。
「だがな」
男が口元を歪めた。
「こっちはまだ余裕なんだよ」
次の瞬間。
筋肉が不自然に盛り上がり、血管が浮き上がる。
皮膚の下で魔力が暴れ、肉体が軋む音がした。
「なっ……!」
(……薬か)
「ははっ!これがウチの“商品”でな!」
男の拳が振り下ろされる。
ドランは受けるが──
ドゴォン!!
床ごと叩き潰された。
「ドランさん!!」
「ぐっ……まだだ……!」
ドランは歯を食いしばり、立ち上がる。
(……あまり長引かせるのも悪手じゃな)
わしは息を一つ吐いた。
短剣を軽く振る。
空気が揺れる。
男の周囲の床。
石と土、その構造を一瞬で把握する。
(支えを失えば、それで終いじゃ)
わしは短剣の先で床を軽くなぞる。
その瞬間、石材の結合が“ほどけた”。
──ぱきり。
男の足元が崩れた。
「なっ!?」
体勢を崩した、その瞬間。
ドランが動いた。
「うおおおおおお!!」
渾身の一撃。
槍が、男の腹を貫いた。
「がっ……!」
男は血を吐き、そのまま崩れ落ちた。
静寂。
「……終わり、じゃな」
ドランが肩で息をしながら立つ。
「……助かった」
「礼はいらん。役割分担じゃ」
****
通路の奥の部屋。
そこにミナはいた。
縄で縛られ、
口を塞がれ、
怯えた目でこちらを見ておる。
「ミナ!!」
ドランが駆け寄り、
縄を引きちぎった。
「ドラン……!」
ミナが泣きながら抱きつく。
「もう大丈夫だ……! 絶対に離さねぇ……!」
ドランの声は震えておった。
(……石を渡しておいて正解じゃったな)
「おや……困りましたね」
背後から、聞き慣れた声がした。
わしらが振り返ると。
そこには、
ギルド副マスター・ラスティンが立っておった。
いつもの爽やかな笑み。
だが、その目は冷たい。
「まさか……森での“誘導”も罠も外して、ここまで来られるとは」
「ラスティン……てめぇ……!」
ドランが槍を構える。
「おっと。
あまり騒がれると困るんですよ」
ラスティンは肩をすくめた。
「この闇ギルドは、レーベンの“裏”を支える大事な場所でしてね。
ここが潰れると……私も困るんですよ。色々と」
ラスティンは眼鏡をあげて、
「どうです?取引しませんか?」
「ミナを狙って……取引ですって!?」
アリアが怒りで震える。
「バレたからには私も捕まるわけにはいかないのでね。
それに貴族様の“ご要望”を満たすためにもね」
(……黒幕は"貴族"か)
わしは顎を刺すりながら眉を顰めた。
「ラスティン。
お主、最初からわしらを森の奥へ誘導しようとしておったな」
「さて、なんのことでしょう?」
ラスティンは笑った。
その瞬間。
「子供を誘拐する奴なんざ……」
ドランの声が低く響いた。
「ぶっ飛ばす!!」
ドランが突進した。
「ちょっ、待っ──」
ラスティンの言葉は最後まで続かんかった。
ドランの拳が、
ラスティンの顔面にめり込んだ。
ラスティンは白目を剥き、
そのまま床に沈んだ。
「……殺してはおらんよな?」
アリアが駆け寄る。
「……脈はありますね」
「こんな奴!」
ドランが歩み寄る、が
「こやつには聞かんといかんことがあるじゃろぅ。
殺してはならんよ」
「むぅ……貴殿がそういうなら」
ドランは渋々引き下がった。
****
残っていた男たちを拘束し、
子供たちを解放した。
「アリア、ちと衛兵を呼んできてくれんかの」
「……分かりました!」
アリアが駆け出し、
ほどなくして衛兵が到着した。
「こ、これは……!」
「闇ギルドの一派じゃ。
森でもわしらを狙っておった」
「な、なんだと……!」
衛兵たちは驚愕しながらも、
迅速に拘束と保護を進めた。
「これは……ラスティン副マスター!?」
衛兵たちが一斉にざわめいた。
「まさか……ギルドの人間が……?」
「どうやら闇ギルドと繋がっておったようじゃよ。」
「な、なんと……」
衛兵達が驚きを隠さないまでもラスティンも同様に外へ連れて行く。
「明朝、あなた方にも事情をお聞きしたいのですが、
詰所までいらしてくださいませんか?」
「うむ、気になる事もあるしのぅ」
「ご協力感謝いたします!それでは我々はこれにて!」
一人がそう言い衛兵達は男達をひっぱり子供達を優しく連れ出した。
****
地上に出ると、
夜風がひんやりと肌を撫でた。
ミナはドランの胸に顔を埋め、
まだ震えておる。
「もう大丈夫だ、ミナ……」
「……うん……」
ドランはミナを抱きしめたまま、
涙をこぼしておった。
(……森での誘導に気づけなんだら、今ごろミナは……)
わしはそっと頭を撫でた。
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