第3話 まとめてやるだけじゃ
冒険者ギルド。
そこは、安酒の匂いと荒事の熱気が入り混じる場所じゃった。
扉を開けた瞬間、むわりとした空気が肌にまとわりつく。
酒と汗と鉄の匂い。
怒号と笑い声、そして椅子を引きずる音が混ざり合い、
場の空気そのものがざわついておる。
昔も冒険者というのはあったの。
わしは視線をゆっくりと巡らせる。
木製の長机に腰掛け、酒を煽る者。
壁際で武器の手入れをする者。
掲示板の前で依頼書を奪い合うように睨み合う者。
粗野で、騒がしく、そしてどこか生き急いでおる。
(この辺はあまり変わっておらんようじゃな)
五百年という時間の隔たりがあっても、
人間の本質というものは大きくは変わらんらしい。
掲示板に群がる人々を横目に、
わしはアリアに促され、受付へと向かう。
周囲からちらちらと視線が飛んでくる。
見慣れぬ顔。
そして、隣にいるアリア。
(ふむ……この娘、やはり目立つの)
わしは軽く肩をすくめた。
「……すみません、エルマさん。依頼の報告を」
アリアが声をかけると、受付の女――エルマが顔を上げる。
整えられた髪、無駄のない動き。
この騒がしい空間の中で、そこだけが妙に静かじゃ。
「アリアさん。その様子だと……採取は失敗ですか?」
「はい。魔物に襲われて……薬草は使い物になりませんでした。規約通り、違約金の処理をお願いします」
差し出された採取袋と冒険者証。
中身は潰れ、色も変わっておる。
確かに、商品価値はない。
エルマは慣れた手つきで書類を処理する。
羽ペンが紙の上を滑る音だけが、妙に耳に残った。
「……確認しました。今月で三回目です。気をつけてくださいね」
軽い溜息。
責めるというより、呆れに近い。
「それで、こちらの方は?」
視線が、わしへ向いた。
「森で助けてくれたボニフさん。登録したいって」
「新規登録ですね。ではこちらを」
差し出された羊皮紙。
わしは項目を眺める。
名前、年齢、職業、出身──
どれも簡素じゃが、必要最低限は押さえておる。
「職業……か」
ふむ。錬金術師の項目はないな。
時代の流れか、それとも。
(完全に失われたか)
わしは内心で小さく息を吐く。
「れんきん……? 聞いたことないですね。魔法が使えるなら“魔法使い”、戦うなら“戦士”。どちらかでお願いします」
「魔法使い……か」
(呼称はあるが体系は曖昧……)
わしは迷わず印をつける。
問題は次じゃ。
「……年齢、か」
ペンを持つ手が一瞬止まる。
(さて、どう記すか)
わしは自分の手を見る。
若い。
張りもあり、血の巡りも良い。
だが中身は五百年分の記憶を抱えておる。
「書けたぞ」
「……"零歳"?」
エルマが固まる。
「ふざけてるの?」
アリアも呆れた顔をする。
「事実じゃ。この肉体は作られたばかりだ」
「そんなの通るわけないでしょ!」
周囲の冒険者がくすくすと笑う。
わしは気にせず、肩をすくめた。
「ならば妥当な値に修正しよう」
わしは自分の身体を一瞥する。
(骨格、反応速度、魔力の流れ……)
数瞬で評価を終える。
「……二十、か」
「急に真面目になるのやめてください」
「合理的判断じゃ」
ペンを走らせる。
「では"二十"とする」
エルマは引き気味に書類を受け取った。
「……分かりました。ではFランクの魔法使いとして登録です」
金属板が差し出される。
掌に収まる程度の大きさ。
表面には刻印が施され、淡く魔力が宿っておる。
(身分証としては十分じゃな)
わしはそれを軽く指で弾いた。
澄んだ音が鳴る。
「……さて」
わしはそれを見やる。
「アリアよ」
「なに?」
「入場料、立て替えた分は借りとこう」
「別にいいのに……」
「不明瞭な貸し借りは好かぬ」
わしはきっぱりと言う。
「三日後じゃ」
「え?」
「この場で返す」
「いや、利子とかいらないってば……」
「利子は付ける」
即答する。
「これがわしの流儀じゃ」
アリアは呆れたようにため息をついた。
「……分かった」
どこか諦めたような声音じゃ。
「それと」
わしは掲示板へ視線を向ける。
紙が何枚も貼られ、上から下まで埋め尽くされておる。
報酬、難易度、場所。
簡素ながらも情報は揃っておる。
「Fランクで受注出来る依頼はあちらからあちらの区画になります」
エルマは戸惑いながらも説明した。
「……ふむ」
わしは目を細める。
(補修・採取・討伐……)
依頼内容をざっと読み取り、頭の中で組み立てる。
移動距離。
作業時間。
危険度。
全てを一瞬で並べ替える。
「……これとこれとこれを受ける」
「えっ!?」
エルマとアリアが同時に声を上げる。
周囲の冒険者も一斉にこちらを見た。
「時間効率を考えれば、同時進行が最も合理的じゃ」
「同時……?」
「順番にやる必要はあるまい」
わしは淡々と告げる。
「移動しながら補修し、薬草を採り、魔物は見つけ次第処理する。それで十分じゃ」
「そんなこと……」
エルマが絶句する。
アリアはわしの顔を見つめ、小さく呟いた。
「……できるの?」
「できるかどうかではない。やるだけじゃ」
わしは依頼書を手に取る。
その紙の感触すら、どこか懐かしい。
五百年前と、何も変わっておらん。
だからこそ。
(やりやすい)
わしは踵を返した。
「ではな」
「失敗したら違約金が発生しますからね──」
エルマの言葉には振り返らずにギルドを後にする。
背後で、アリアが慌てて追いかけてくる気配。
何やらエルマが思い出したように違約金の話をしておる。
やれやれ、忙しいのぅ。
外に出ると、空気が一気に軽くなる。
陽の光。
街の喧騒。
すべてが新鮮で──
(五百年ぶりの世界での初仕事)
わしは小さく笑った。
さて、次は何が知れるかのぅ。
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