表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/65

第2話 少し、ズレておるかのぅ

「……立てるかの」


 地面に尻もちをついたままの少女に、わしは手を差し出す。


 まだ土の上に広がる血の匂いが残っておる。

 さきほど弾けた魔物の残滓じゃ。


「は、はい……」


 少女──いや、先ほどの声からして女性じゃな──は、おずおずと手を取った。


 指先がわずかに震えておる。


 力を込めて引き上げると、ようやく立ち上がった。


 だが──


 その視線は、未だにわしから離れん。


 驚愕と困惑と、そしてわずかな恐怖。


 まあ、無理もないかの。


 目の前で魔物が内側から弾け飛んだのじゃ。

 理解が追いつかぬのも当然じゃろう。


「で、人里まで案内してもらえるかの」


 わしは何事もなかったかのように言う。


「え? あ、はい……助けていただきましたし」


 少し迷うような間を置きつつも、

 少女は小さく頷いた。


「助かるの」


 軽く礼を言い、歩き出す。


 少女も慌てて後を追ってきた。


 しばらく無言が続く。


 森の中に、足音だけが響く。


 葉擦れの音。

 遠くで鳴く鳥の声。


 その合間にちら、ちら、と視線を感じる。


 横を見ると、少女がこちらを窺っておる。


 何度も何度も。

 言いたいことはあるが、言い出せない。


 そんな様子じゃ。


 やがて。


「あ、あの……!」


 意を決したように、少女が声を上げた。


「お名前、聞いてもいいですか?」


「名前か」


 そういえば、名乗っておらなんだな。


 この時代で通じるかはさておき──


「ボニファティウス・フォン・エーベルバッハじゃ」


「えっ……長いですね……」


 少女が素直な感想を漏らす。


「そうかの。昔は普通じゃったが」


「む、昔は……?」


 怪訝そうな顔をする。


 まあ、その反応が普通じゃろう。


「好きに呼べばよい。ボニフで構わん」


「あ、じゃあ……ボニフさんで」


「うむ」


 少女はほっとしたように頷いた。


 距離が、ほんの少し縮まる。


「私はアリアです。一応、冒険者やってます」


「ほう、アリアか」


 名を反芻する。


「よろしく頼むの」


「は、はい!」


 どこか緊張した声。


 まだ完全には警戒が解けておらんようじゃな。


****


 歩きながら、改めて観察する。


 革鎧。

 使い込まれてはいるが、質はそれほど高くない。


 腰の短剣も、標準的なもの。

 特別な加工は見られん。


 動きは未熟。

 足運びに無駄がある。


 じゃが。


(魔力はそれなりじゃな)


 量自体は悪くない。


 ただし、扱いが粗い。

 流れの制御が甘い。


「冒険者かの」


「はい。一応……Dランクですけど」


「ほう」


 先ほどの魔物を思い出す。


 あの程度の個体。


「では、あれがBランクというのは正しいのか」


「はい……この辺りではかなり危険な魔物です」


「ふむ」


 やはり妙じゃな。


 わしの知る基準とは、大きく乖離しておる。


「……あの」


「なんじゃ」


 少し間を置いて、アリアが口を開く。


「さっきの、何だったんですか?」


 恐る恐る、といった声音じゃ。


「どれじゃ」


「その……一瞬で魔物が爆発したやつです」


「ああ」


 あれか。


「内部に干渉して、放出しただけじゃ」


「……はい?」


 完全に理解しておらんな。


 目が泳いでおる。


「空気中の成分を分離しての、

 そこに魔力で圧をかけてやると──」


「えっと、それって……魔法ですよね?」


「違うの」


 即答する。


「錬金術じゃ」


「れんきん……?」


 アリアは首を傾げた。


 眉を寄せ、記憶を探るような仕草。


 ……本当に知らんようじゃな。


「知らぬか」


「すみません、聞いたことなくて……」


 わしは足を止めた。


 錬金術を知らぬ?


 そんなことがあり得るのか。


 三百年前ですら、基礎体系として存在していたはずじゃ。


 いや。


「……早計か」


 小さく首を振る。


 断定するには材料が足りん。


「まあよい」


 足元に転がる小石を拾う。


「見ておれ」


 軽く握る。


 構造を把握。


 粒子の配置を認識。


 再配置。


 再構成。


 ほんの一瞬。


 次の瞬間──


 石は、音もなく形を変えた。


 丸い塊だったそれが、

 薄く均一な板へと変化する。


「えっ……!?」


 アリアが声を上げる。


 目を見開き、息を呑む。


「この程度、児戯じゃ」


 わしはそれを軽く放り投げ、再び歩き出す。


「い、今の……どうやって……」


「だから錬金術じゃと言うておろう」


 納得しておらん顔じゃな。


 だが、それでよい。


 いずれ理解するじゃろう。


 再び歩を進める。


 周囲の気配を探る。


 魔力の流れ。

 風の動き。

 地面の状態。


(やはりおかしい)


 違和感が拭えん。


 魔力濃度が高い。

 魔物の質も違う。


 それだけではない。


「道が整っておるの」


「え?」


 アリアがきょとんとする。


「いや、こちらの話じゃ」


 本来、この辺りはもっと荒れていたはずじゃ。


 人の手が入りすぎておる。


 整備されている。


 意図的に。


(……時代が、進みすぎておるか?)


 あるいは──


「……まあよい」


 今は判断材料が足りん。


****


 しばらく進むと、森が開けた。


 視界が一気に広がる。


「……ほう」


 石造りの壁。


 それも、かなりの規模じゃ。


「あれがラグナールです」


「ラグナール……?」


 聞き覚えがない。


「辺境の街です」


「村ではないのか」


「はい? 街ですけど……?」


 アリアが不思議そうな顔をする。


「ふむ」


 記憶と一致せん。


「では、この近辺に“グランツ村”はあるかの」


「グランツ? 聞いたことないです」


 迷いのない否定。


 ようやく、確信に至る。


「今は、何年じゃ」


「年、ですか?」


「なんでもよい。今の暦じゃ」


「王暦で……一二五三年です」


「……」


 思考が、一瞬止まる。


 計算。


 照合。


 差異。


「……なるほどの」


 静かに息を吐く。


「少々、やり過ぎたらしい」


「え?」


「気にするでない」


 口元が、わずかに歪む。


「──五百年、か」


「何か言いました?」


「こっちの話じゃ」


 アリアは首を傾げておる。


 当然じゃな。


 すべてを話す必要もない。


 門の前に到着する。


 人の出入り。

 荷馬車の列。


 活気のある街じゃ。


「アリアか。よし、いいぞ」


 衛兵が軽く手を上げる。


 顔見知りのようじゃな。


 アリアは金属の板を見せた。


(あれが身分証か)


「止まれ。身分証は?」


 衛兵がこちらを見る。


「持っておらん」


「……は?」


 露骨に眉をひそめる。


「初めて来たものでな」


「それは理由にならん。身分証がなければ通せない」


「ほう」


 わしは少し考える。


 合理的な仕組みじゃ。


 管理の効率としては悪くない。


「では、その身分証とやらはどうすれば手に入る」


「……知らないのか?」


「知らんの」


 衛兵の目が細くなる。


「普通はギルドか教会で発行してもらうもんだ」


「なるほどの」


 筋は通っておる。


「……あの」


 アリアが小声で割り込む。


「ボニフさん、冒険者ギルドで登録すれば、そのまま身分証になりますよ」


「ほう」


 それは効率が良い。


「仕事もありますし、お金も稼げます」


「合理的じゃ」


「え?」


「都合が良いと言うておる」


「……だが今は通せない」


 衛兵が遮る。


「ふむ」


 少し面倒じゃな。


 突破は容易いが。


(無用な騒ぎは避けるべきか)


「……あの、これで」


 アリアが小銭を差し出す。


「入場料です。臨時で通してもらえるので」


「……次からはちゃんとしろよ」


 衛兵は渋々受け取った。


****


 門をくぐる。


 瞬間、空気が変わる。


 人の声。

 商人の呼び込み。

 金属音。


 雑多で、活気に満ちた空間。


「すまんの」


「い、いえ! 助けてもらいましたし!」


 アリアが慌てて首を振る。


「しかし」


 わしは周囲を見渡す。


「身分証、か」


 実に興味深い。


 社会構造が整理されておる。


 五百年前よりも、明確に。


「のう、アリア」


「はい?」


「その冒険者とやら、どこで登録する」


「え? ギルドですけど……あっちです」


 指差された先。


 大きな建物。


 人の出入りが激しい。


「よい」


 わしは歩き出す。


 新しい世界。


 新しい常識。


「まずは、この世界の仕組みを把握するとしようかの」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


よろしければブックマーク・評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ