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第4話 これで終わりかのぅ

 門の前。


 依頼主の男と向き合う。


 背筋を伸ばし、無駄のない所作。

 服装も質素ながら整っておる。


(文官、といったところかの)


 荒事を生業とする冒険者とは明らかに違う空気を纏っておる。

 その落ち着いた佇まいに、わしはどこか懐かしさを覚えた。


 昔も、こうした者はおった。


 戦う者ではないが、全体を動かす者。

 そういう者がいなければ、組織は回らぬ。


「この道の補修だが、担当区画はここからここまでだ」


 男は地図を広げ、指でなぞる。


 紙質はやや粗いが、十分に実用的じゃ。

 簡易ながら地形の起伏も記されておる。


 わしは一瞥する。


 距離、幅、損壊箇所。

 頭の中で即座に再構成される。


「他にも何人かの冒険者を雇っている。お前はこの区画を頼む」


「承知じゃ」


 必要な情報はそれで十分。


 同時に、依頼書に目をやる。


 薬草採取。

 魔物討伐。


(ほう……)


 位置関係を照合する。


 補修区画と薬草の群生地。

 さらに魔物の出没位置。


 頭の中で線が繋がる。


「ちょうど良いの」


「……何か言ったか?」


「特になにもないのじゃ」


 男はわずかに目を細める。

 不審、というよりは警戒に近い。


「一応言っておくが、無理に急ぐ必要は──」


「良い」


 説明を遮る。


 必要な情報はすでに得た。


 それ以上の言葉は、効率を下げるだけじゃ。


 わしは踵を返し、そのまま歩き出した。


 男の言葉は背に置き去る。


****


 補修現場。


 すでに何人かの冒険者が作業を始めておる。


 汗を流し、石を運び、

 崩れた部分に積み直し、土で固める。


 槌の音。

 掛け声。

 荒い息。


 現場特有の熱気が満ちておる。


(非効率じゃのう……)


 わしは一瞥だけして、そのまま進む。


 彼らのやり方は理解できる。

 人力での補修としては、むしろ標準的じゃろう。


 じゃが。


(時間がかかりすぎる)


 わしは崩れた石の前に立つ。


 手を当てる。


 ざらりとした感触。

 ひび割れた内部構造。


「……ここじゃな」


 目を閉じる。


(構造は維持されておる。ならば再構成で十分)


 一拍。


 魔力を流す。


 内部の結合を再接続し、

 崩れた箇所を補完する。


 ──ガリ。


 石が、“繋がる”。


 削れる音でも、叩く音でもない。


 “戻る”音じゃ。


 空間に、わずかな魔力の波が広がる。


 その瞬間。


 周囲の作業音が、ぴたりと止まった。


「……は?」


 背後で、誰かが息を呑む。


「今の……一瞬で……」


「いや、そんなわけ──」


 疑念と困惑が混ざった声。


 だが、わしは振り返らん。


 次へ進む。


 移動。


 補修。


 移動。


 補修。


 歩みは止まらぬ。


 思考もまた、止まらぬ。


(地形は緩やかな傾斜……排水は問題ない)


(補強は表面だけで十分……深部は健在)


(……地下に気配あり)


 意識を分割する。


 片方で補修。

 もう片方で魔力感知を広げる。


 地中の動き。

 魔力の揺らぎ。


 すべてを同時に処理する。


「……あの人」


 背後で声がする。


「もう終わってないか?」


「俺らまだ半分もいってねぇぞ……」


「速すぎる……」


 ざわめきが広がる。


 驚愕。

 困惑。

 そして、わずかな恐れ。


 無理もない。


 理解できぬものは、恐怖に変わる。


(関係はない)


 わしはただ、手を動かす。


****


「これじゃな」


 足元の薬草。


 葉の形。

 茎の太さ。

 魔力の反応。


 依頼書の記述と完全に一致。


(間違いようがない)


 根ごと引き抜く。


 同時に、周囲へ意識を巡らせる。


 ──動いた。


(コボルト……七体か)


 気配の距離、速度、方向。


 一瞬で把握する。


 薬草を袋に収めながら、

 わしは魔力の流れを調整する。


 空気中の匂い成分を抽出。


 そこに魔力を混ぜる。


 刺激を強め、拡散。


 “餌”の匂いとして再構築。


「……集まってきたの」


 茂みが揺れる。


 一体。


 二体。


 三体──


 次々と現れる小柄な影。


 牙を剥き、唸り声を上げる。


「ちと呼び寄せすぎたかの」


 七体すべてが視界に入る。


 包囲。


 だが、問題はない。


「まとめて片付けるとするかの」


 魔力を展開する。


 広く、薄く。


 そして一瞬で収束。


 内部構造へ干渉。


 圧縮。


 解放。


 ──一瞬。


 音はほとんどしない。


 ただ、空気が震えた。


****


 夕刻。


 わしは依頼主の元へ戻る。


 西日が差し込み、影が長く伸びておる。


 男が顔を上げた。


「……終わったのか」


「うむ」


 簡潔に答える。


 男は言葉を失う。


 その視線は、わしの手元に釘付けじゃ。


 薬草。


 魔石。


 コボルトの証明部位。


 補修された道。


 すべてが、整然と揃っておる。


「……お前、それを全部……」


 言葉が続かない。


 理解が追いついておらんのじゃろう。


「……他の冒険者は、まだ半分も終わっていない」


 男の声は、わずかに震えていた。


 わしは何も答えぬ。


 必要なのは結果だけじゃ。


 無駄な説明は不要。


 ただ、サインを求める。


 男はしばし沈黙し──


 やがて、小さく息を吐いた。


「……完了、だ」


 紙に筆を走らせる。


 その動きは先ほどよりも、わずかに重い。


 そして。


 深く、頭を下げた。


「完璧だ。いや……異常なまでに」


 サイン書を受け取る。


「ありがとうの」


 わしは踵を返す。


 背後で、まだざわめきが続いておる。


(さて、次じゃな)


 日はまだ落ちきっておらん。


 動くには十分な時間。


 わしはそのまま、街へと足を進めた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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