第21話 馬には申し訳なかったかのぅ
盗賊が一人後退を始めたが、声もなくその首から血が飛び散り、そして倒れた。
「ヒィッ!」
別の盗賊が悲鳴を上げる。
「やれやれ、困りますね。
最後までやり届けてくれませんと……」
奥からゆっくりと男が現れる。
手には血の滴るナイフがあった。
そのナイフをかざす。
「や、やめ!」
倒れていた盗賊にナイフが飛び、眉間に突き刺さる。
「てめぇ、あの時の……何しやがる!!」
盗賊の頭と呼ばれていた男が叫ぶ。
「安心していいよ。
君たちは"足止め"くらいはしたから──」
男は両手のナイフを構える。
「苦しまずに、ね?」
男はニヤリと口角を上げた。
「ふざっけんじゃね……」
盗賊の頭が飛びかかるも、またも首から血飛沫を上げ、そして倒れた。
男は外套を広げ、そして仕込まれたナイフを見せる。
「まだまだ、ナイフはありますので。
抵抗したい方はお好きにどうぞー」
男は軽口を叩くと、淡々と残りの七体の盗賊を亡骸と化した。
護衛のリーダーが叫んだ。
「おい! 何してやがる!」
「仕事です」
黒衣の男は淡々と答える。
「ある“お方”より、その馬車の中にいる少女を回収するよう命じられていましてねー。
君たちは……邪魔です」
「ふざけんな!」
護衛三人が一斉に飛びかかる。
だが──
キィン!
金属音が一度鳴っただけで、三人とも地面に転がった。
「ぐっ……!」
「な、なんだこいつ……!」
「は、速ぇ……!」
男は護衛達に目もくれず馬車の方へと足を向ける。
「少女を回収したら、そのまま帰りますよ?」
リザードマンの男は少女をそっと座席に降ろし、低く言った。
「……ここで待ってろ。すぐ戻る」
「や、やだ……ドラン……!」
少女が泣きそうな声で袖を掴む。
アリアが慌てて少女を抱き寄せた。
「大丈夫、大丈夫だから……! ここにいましょう!」
わしは腕を組んだまま、外の様子を眺める。
「ボニフさん……! わ、私たちも加勢した方が……!」
「ふむ……」
(ここはあやつに任せて、アリアやこの少女、それに)
わしは視線をくるりと見回す。
外には震えた御者、倒れている護衛達。
中にはアリアと少女、気絶した旅芸人。
「加勢すると他の者らを守る者がいなくなるでな。
ひとまず彼奴にまかせるべきじゃろう」
わしはドランと呼ばれた男に視線を移す。
「そ、そうですよね……」
アリアは納得した様子で、腕の中にいる少女をギュッと抱きしめた。
****
ドランと呼ばれたリザードマンが馬車から降り、黒衣の男と向かい合う。
「……名乗れ」
黒衣の男はわずかに首を傾げた。
「名乗る必要がありますか?」
「ある。お前は……少女を狙う悪党だ」
ドランの声は低く、怒りを隠していない。
「ふむ……死にゆく人への名乗りに必要性は感じませんが……」
「俺はドラン。
この子を守る者だ。
お前には……絶対に渡さん」
黒衣の男は薄く笑った。
「そうですか。では──排除します」
ドランが踏み込む。
重い一歩。
だが、速い。
ドランの槍が空気を切る音が聞こえる。
男はそれを、軽く躱す。
「力任せですね」
軽口。
だが、その一挙手一投足には“隙”がない。
逆に。
男の一撃が、ドランの脇腹を捉える。
「がっ……!」
鈍い音。
それでも。
ドランは止まらない。
「……まだだ!」
そのまま掴みにいく。
だが。
するりと逃げられる。
踏み込み、打撃、回避――
「女、子供に害をなすような輩の攻撃など効かぬわ!」
ドランが吠える。
その攻防は、徐々に熱を帯びていく。
その中で。
男の視線が、一瞬だけ──馬車へ逸れた。
次の瞬間。
斬撃。
空を裂き、一直線に馬車へ向かう。
「――っ!」
ドランが叫ぶ。
「──いかんな」
わしは指を鳴らし、馬車の枠に錬金術式を展開した。
ガンッ!
刃が見えない壁に弾かれ、馬車は守られた。
だが馬が悲鳴を上げて倒れ、車輪がひしゃげる。
(咄嗟のことで馬まで守れんかったわぃ……)
「ひっ……!」
「きゃあっ!」
客たちが悲鳴を上げる。
ドランが振り返り、少女を探すように叫ぶ。
「ミナッ!!」
「無事じゃよ」
わしが言うと、ドランは一瞬だけ安堵の息を吐いた。
黒衣の男は驚いたようにわしを見る。
そして、舌打ちを一つ。
「今日はここまでにしますか。
少女は……まぁ次の機会にでも」
「待ちやがれ!」
ドランが追おうとするも、黒衣の男が砂塵を巻き上げる。
「そういえば名乗れと言ってましたね。
死にゆく人、と言いましたがそれは叶わなかったので。
まぁ、名乗っておく方がいいよね」
砂塵で見えないが声が響く。
「ボクの名は"ルーク"。
ある御方の命で少女を回収しに、来ましたが……」
一拍。
「まぁ、またお会いしましょ」
その言葉を残し、砂塵が消えた時には──
その男の姿は見えなくなっていた。
****
静寂。
戦いの余韻だけが残る。
御者が青ざめた顔で呟く。
「……助かった、のか……?」
旅芸人は楽器を抱えたまま、まだ気を失っていた。
「……あんたら、何者だよ……」
護衛たちは、それぞれの場所で荒い息を吐いていた。
倒れた仲間を見て、悔しさを滲ませる者。
ただ静かに、状況を受け入れている者。
それぞれの表情が、戦いの重さを物語っていた。
ドランは一つ息を吐き、少女の方へ向き直る。
「もう大丈夫だ」
アリアの手から離れた少女が、ドランの元へ駆け寄る。
「ドラン……! ドラン……!」
ドランがこちらに視線を向ける。
「……助かった」
頭を下げて、
「ありがとう」
わしは軽く肩をすくめた。
「礼などいらんよ」
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