第19話 腹が減っては……じゃ
翌朝。
目を覚ますと、天井がやけに静かに感じた。
(……今日、出るんじゃったな)
王都へ。
まぁ――急ぐ理由もない。
「腹が減ったの」
まずはそこからじゃ。
****
宿の食堂。
いつもの席に腰を下ろす。
「朝食セットを頼む」
「はいよ」
店主が手際よく用意する。
焼きたてのパンに、温かいスープ。
素朴じゃが、悪くない。
そこに──
「お、おはようございます!」
少し慌てた様子で入ってくる。
アリアじゃ。
「うむ」
「すみません、遅れました」
「気にするでない」
わしはパンをちぎる。
アリアも同じものを頼み、向かいに座った。
「……いよいよ、ですね」
「王都か」
「はい」
少しだけ緊張した顔。
じゃが。
「その前にじゃ」
「え?」
「準備がまだじゃろう」
「……あ」
完全に抜けておったらしい。
やれやれ。
****
食事を終え、街へ出る。
「まずは武器の確認じゃ」
「はい」
アリアが腰の短剣に触れる。
「昨日の感じだと問題なさそうでしたけど……」
「念のためじゃ」
そう言って向かったのは──
****
「おう! いらっしゃい!」
鍛冶屋の店内に入ると、豪快な声が響く。
ボルジャーじゃ。
「どうだ、その短剣は!」
「問題ない」
「ガハハ! そりゃあいい!」
満足げに笑う。
その横で、アリアがぺこりと頭を下げた。
「は、はじめまして……」
「おう? 嬢ちゃんは初めてか!」
じろりと見る。
その視線が、自然とアリアの腰へ落ちた。
「……ほう」
次の瞬間。
表情が変わる。
「ちょっと貸してみな」
「え? あ、はい」
アリアが戸惑いながら短剣を差し出す。
ボルジャーはそれを受け取り──
抜く。
刃を光にかざす。
無言。
数秒。
そして。
「……なんだこりゃ」
低く、呟いた。
「えっ」
アリアが不安そうに身を乗り出す。
「な、何か問題が……?」
「問題?」
ボルジャーが鼻で笑う。
「逆だ逆」
刃を指で軽く弾く。
キン、と澄んだ音が響く。
「誰だこれ仕上げたの」
「え、えっと……」
アリアの視線が、ゆっくりこちらに向く。
「……この人、です」
わしを指差す。
ボルジャーの視線も、こちらへ。
「……兄ちゃん」
「なんじゃ」
「てめぇ、何した?」
「少し手を入れただけじゃ」
「ふざけんな」
即答じゃ。
「こんな均一な刃、普通は出ねぇぞ」
刃を撫でる。
「歪みがねぇ。重心も妙に収まりがいい……嬢ちゃん用に合わせてるな?」
「え、えっ?」
アリアが目を丸くする。
「振ってみろ」
「は、はい」
短剣を返される。
言われるまま、軽く振る。
「やっぱりだ」
ボルジャーがニヤリと笑う。
「振り抜きが無駄がねぇ。これなら手首も殺さねぇ」
感心したように頷く。
もう一度、こちらを見る。
「……兄ちゃん、何者だ?」
「ただの老人じゃ」
「嘘くせぇ」
即答じゃ。
そのやり取りの最中。
ふと、視線を感じた。
横を見る。
アリアじゃ。
じとーっとした目で、こちらを見ておる。
「……なんじゃ」
「いえ?」
にこり、と笑う。
が、目は笑っておらん。
「“少し手を入れただけ”……ですか」
「その通りじゃが」
「へぇー……」
明らかに納得しておらん。
やれやれ。
「まぁいい!」
ボルジャーがパンと手を叩く。
「気に入った!」
豪快に笑う。
「兄ちゃん、今度時間ある時ちゃんと話聞かせろ! 面白ぇもん見せてくれそうだ!」
「気が向いたらの」
「その言い方絶対来ねぇやつだろ!」
ガハハと笑う。
相変わらず騒がしいのう。
****
「次じゃ」
「次?」
わしは迷いなく歩く。
視線の先。
見慣れた店。
「……また食事ですか?」
「うむ」
あの《カフェ》じゃ。
「これを二つ」
「えっ」
即座に反応するアリア。
「二つ、ですか?」
「足りんからの」
「いやいやいや……」
止める間もなく注文は通る。
運ばれてくるパスタ。
トマトの香りが広がる。
「いただきます」
フォークを手に取り食う。
ひたすら食う。
一皿目。
二皿目。
ほどなくして、両方とも空になる。
「……」
アリアが固まっておる。
「どうした」
「い、いえ……」
自分の皿とこちらの空皿を見比べる。
「そんなに食べられるんですね……」
「若いからの」
「絶対それだけじゃないと思います……」
失礼なやつじゃ。
****
食後。
街の外れへ向かう。
「ここじゃな」
停まっているのは、数台の馬車。
行商や旅人が利用するものじゃ。
「馬車……ですか?」
「歩いてもよいが、時間がかかる」
「……ですよね」
御者に声をかける。
「王都までじゃ」
「乗り合いでいいなら出るぞ」
「構わん」
代金を支払う。
「はい、これで二人分じゃ」
「おう、乗りな」
****
荷台に腰を下ろす。
他にも数人、乗客がおる。
やがて、馬車が軋みながら動き出す。
「……行くんですね」
アリアが小さく呟く。
「うむ」
街が、少しずつ遠ざかる。
「……ボニフさん」
「なんじゃ」
「その……ありがとうございます」
「何がじゃ」
「その……色々と」
曖昧じゃな。
じゃが──
「気にするでない」
軽く返す。
「旅は道連れとも言う」
「……はい」
少しだけ、笑った。
****
揺れる馬車の中。
進む道。
遠くに続く景色。
(王都、か)
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