第18話 道連れも悪くないのぅ
街へ戻った頃には、日はすっかり傾いておった。
西に沈みかけた陽が、石畳を赤く染めておる。
長く伸びた影の中、わしはそのままギルドへと足を向けた。
扉を押し開ける。
軋む音とともに、中の空気が流れ込んできた。
いつもの喧騒──のはずじゃが。
妙に、ざわつきが強い。
「アリア!!」
鋭い声。
次の瞬間、エルマがこちらへ駆け寄って来る。
椅子を蹴る音、誰かが振り返る気配。
「ちょっとあんた!!」
今度は、わしへと矛先が向く。
「アリアに何したのよ!?」
「なんもしておらん」
わしは肩に担いだアリアを少し持ち直す。
ぐらりと揺れた体を支え直す。
「見ての通り、寝ておるだけじゃ」
「寝てるって……!」
エルマの声が一段高くなる。
周囲の視線も集まり始めておるな。
「とりあえずじゃ」
わしは短く言葉を遮る。
「寝かせてやれる場所はないかの?」
「……あるわよ」
エルマは一瞬だけ睨んでから、奥を指した。
苛立ちと焦りが混じった顔じゃ。
「医務室。ついてきなさい」
****
廊下はひんやりと静かで、先ほどまでの喧騒が嘘のように遠のく。
簡素なベッドにアリアを寝かせる。
軋む音が小さく響いた。
呼吸は安定しておる。
胸の上下も規則的。
問題はない。
わしは一歩だけ下がる。
「……で?」
腕を組んだエルマが、こちらを見る。
怒りを抑え込んだ声じゃな。
「後でちゃんと説明してもらうわよ?」
「構わんよ」
その時。
「その話、私も聞いてよろしいですか?」
落ち着いた声。
この場の空気を、わずかに引き締める。
振り返る。
ギルドマスター──ゼノスじゃ。
いつの間にか立っておる。
「構いませんが……」
エルマが何か言いかける。
だが。
「エルマ」
ゼノスが穏やかに制する。
声音は柔らかい。
だが、逆らえぬ重さがある。
「少し席を外してもらえますか」
「えー……」
露骨に不満そうな声。
「後で共有します」
にこやかな笑み。
それだけで、十分じゃった。
「……分かりましたよ」
渋々と、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
コトリ、と小さな音。
それだけで、空気が一段静まる。
外の喧騒が、遠い。
「さて」
ゼノスが視線を向ける。
逃がさぬ目じゃな。
「何がありましたか」
わしは簡潔に話す。
遺跡の構造。
崩れた棚と、本の残骸。
余計な言葉は挟まん。
「……図書館、の可能性がありますな」
「おそらくの」
「妙なのは、それだけではない」
声を少しだけ落とす。
襲ってきた連中のことを話す。
無言。
連携。
そして、自害。
ゼノスの表情が、わずかに変わる。
ほんの一瞬。
だが見逃さん。
「……なるほど」
短く息を吐く。
少し考え。
「確証はありませんが」
静かに口を開く。
「宗教絡み、かもしれませんね」
「ほう」
「表に出てくる話ではありませんが……そういう連中はおります」
断定はせん。
だが、その言葉には確かな重みがある。
知っておる者の言葉じゃ。
****
「……ん……」
小さな声。
静寂の中で、やけに響く。
ベッドの方を見る。
アリアが、ゆっくりと目を開けた。
焦点が合うまで、わずかな時間。
「ここ……は……?」
「ギルドじゃ」
わしが答える。
声はいつも通りじゃ。
「無事かの」
「……ボニフさん……?」
状況を思い出したのか、はっとする。
体がわずかに強張る。
「私……!」
「落ち着け」
短く言う。
それだけで十分じゃ。
「無事じゃ」
数秒、固まる。
やがて、肩の力が抜けた。
「……よかった……」
吐き出すような安堵。
そのまま視線を落とす。
「帰れるか? 住処まで送ってやるが」
「いえ……大丈夫、です」
まだ少しふらついておるが、意識ははっきりしとる。
無理はしておらん。
その時。
「アリア殿」
ゼノスが口を開く。
視線が静かに向けられる。
「一つ、確認を」
穏やかな声。
だが逃げ場はない。
「なぜ狙われたか、心当たりは?」
「……それは……」
アリアが言葉に詰まる。
唇を噛み、視線を落とし──懐に手を入れた。
「これ……」
取り出したのは、銀のペンダント。
わずかに震えておる。
「遺跡で見つけました」
指先に力が入る。
「多分……いや絶対これは妹の……ものです」
部屋の空気が、少しだけ重くなる。
沈むような静けさ。
「妹が……行方不明で」
ぽつりと。
言葉が落ちる。
「それで……あの場所に……」
なるほどの。
わしはペンダントを見る。
装飾。
細工。
「……妙じゃな」
「え?」
アリアが顔を上げる。
不安と期待が混じった目。
「何か、分かるんですか?」
「まだ断定はできんが……」
わしは目を細める。
表面だけでなく、その奥を見る。
「これと、あの連中。それに遺跡」
一つずつ、線をなぞるように。
「錬金術の匂いがする」
「……錬金術……?」
アリアが呟く。
理解しきれぬ響き。
ゼノスも、わずかに眉を動かした。
「失われた技術、のはずですが」
「完全にではない、ということじゃろうな」
小さく肩をすくめる。
「……なるほど」
ゼノスが一つ頷いた。
整理がついた顔じゃ。
「であれば、行き先は一つでしょう」
「ほう?」
「王都です」
迷いのない声。
断定。
「王国最大の都市。情報も人も集まる」
「それに──」
わずかに間を置く。
言葉を選んでおるな。
「その手の宗教の教会も、そこにあります」
十分な理由じゃな。
むしろ──好都合。
「……面白そうじゃの」
思わず口に出る。
胸の奥が、わずかに熱を帯びる。
未知。
失われた技術。
そして、その残滓。
行かぬ理由がない。
「行きます」
アリアが即座に言った。
迷いはない。
視線は真っ直ぐ。
「妹を……探します」
「ふむ」
わしは顎をさする。
悪くない。
「まぁ旅は道連れとも言うしの」
軽く肩をすくめる。
「一緒に行くかの?」
アリアに尋ねるが、
「……はい!」
力強く頷く。
先ほどまでの不安は、もうない。
ゼノスが穏やかに笑った。
「ラグナールギルド支部のマスターとしては有能な冒険者には止まって欲しいと言うところでしょうが……」
一拍。
ほんの僅かに、間を置く。
「どうかお気をつけて」
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