第15話 問答は無用かの?
「さて」
わしの視線が、ゆっくりと二人へと向く。
逃がさぬように。
逃げ場を潰すように。
「お主らは何者じゃ?」
問いは静かに落ちる。
だが返答はない。
沈黙。
その代わりに。
片方が、わずかに動いた。
床に倒れているアリアへ──
迷いなく、手を伸ばす。
躊躇がない。
そこにあるのは、意志ではない。
ただの“行動”。
「……無視とは、礼儀がなっとらんの」
次の瞬間。
音もなく。
その手が、止まった。
ぴたり、と。
空間ごと凍りついたかのように。
「……なに?」
初めて、声が漏れる。
床が、わずかに軋む。
視認できぬほど微細な歪み。
そして床をなぞるように、薄氷が走る。
音もなく。
這うように。
静かに、だが確実にこちら側へ。
触れれば終わりと分かる冷気。
それすらも──わしは意に介さぬ。
何事もなかったかのように歩み寄り、
そのままアリアを抱き上げる。
軽い。
呼吸はある。
問題はない。
「目の前で若い娘っ子が攫われるのは後味が悪いでな」
ローブの奥で、空気が揺れる。
ほんの僅か。
だが確かに、“想定外”の揺れ。
もう一人──仮面をつけた男が、一歩前に出た。
床に足音はない。
だが、空気だけが沈む。
「適合対象の確保を優先」
抑揚のない声。
感情の欠片もない。
「ほう……“適合”とな」
わしは口元を歪める。
興味が滲む。
だが、相手は反応せぬ。
「任務を継続する」
ただ、それだけを告げる。
機械のように。
「させんよ?」
わしは、言葉を差し込む。
静かに。
確実に。
その流れを断ち切るように。
間。
空気が、張る。
「……排除対象と認識」
その一言で。
場の温度が、落ちた。
殺気。
だが、それは粗いものではない。
研ぎ澄まされ、目的だけに特化した刃。
その隣でもう一人──ローブの男の方が、くつくつと笑い出した。
「はは……いいねぇ」
軽い声。
だが、その奥にあるのは粘つくような狂気。
「なんだお前、強いのか?」
顔は見えぬ。
だが分かる。
視線が絡みつく。
獲物を見る目。
「さっきの、あれ。見てたぜ?」
「……ほう」
「仲間、一瞬でやられてたなぁ。ありゃあ傑作だ」
肩を震わせる。
抑えきれぬ愉悦。
「死に際も含めてな」
わしは視線だけを向ける。
冷たく。
短く。
「黙っておれ」
一言。
それだけで、空気が軋む。
「今は、そちらと話しておる」
仮面の方へ。
意識を固定する。
対話の相手は一人で十分じゃ。
その相手は、微動だにせん。
「対象の回収を優先する」
「じゃから無理じゃと言うておる」
言葉が交差する。
だが、噛み合わぬ。
互いに譲る気はない。
短い沈黙。
そして──
「……撤退する」
あっさりと。
あまりにもあっさりと。
「おいおい、マジかよ?」
ローブの男が、不満げに声を上げる。
「対象の確保は失敗と判断」
「はぁ!? せっかく面白そうなのに?」
「報告を優先する」
温度差。
片や執着。
片や合理。
その瞬間。
仮面の男の足元に、淡い光が浮かぶ。
紋様。
円環。
精緻な術式。
「転移……か」
わしが呟く。
解析する間もなく──光が弾けた。
空間が歪み、
その存在ごと、消え失せる。
余韻だけが残る。
「……ちっ、つまんねぇなぁ」
残された一人が、肩をすくめる。
だが。
その声音は、むしろ弾んでおる。
喜んでおるな。
「ま、いいや」
ゆっくりと、こちらへ向き直る。
気配が変わる。
遊びから狩りへ。
「俺は別に命令とかどうでもいいんだよな」
指を鳴らす。
乾いた音が、やけに大きく響いた。
「強い奴がいるなら、それでいい」
「……やれやれ」
わしはアリアをそっと壁際へ寝かせる。
位置を調整。
巻き込まれぬように。
それから、立ち上がる。
静かに。
ゆっくりと。
短剣に手をかける。
握る。
わずかな金属音。
空気が、張り裂けそうに軋む。
「最近の若造は、礼儀もなっとらん」
一歩。
踏み出す。
距離が縮まる。
互いに。
同時に。
視線が、噛み合う。
「相手をしてやろうかの」
わずかに、笑う。
それは余裕ではない。
ただの事実じゃ。
「──後悔するでないぞ」
次の瞬間。
空気が、弾ける。
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