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第14話 何者じゃ?

 地下へと続く階段を降りる。


 一歩、また一歩。


 石段を踏むたびに、音が鈍く響く。


 やがて──空気が変わる。


 ひんやりとしているが、それだけではない。


 重い。


 湿り気とは別の、圧のようなものがまとわりつく。


 ──閉じている。


 外界から切り離された、密閉された空間。


 そんな感覚じゃ。


「……暗いですね」


 アリアが小さく呟く。


 声がやけに近く、そしてすぐに消える。


「足元に気をつけるんじゃな」


 わしは迷いなく進む。


 段差の位置も、通路の幅も、

 まるで見えておるかのように把握できる。


 曲がり角も、分岐も、躊躇はない。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 背後から慌てた足音。


 石を蹴る音がやや大きい。


「なんでそんなに迷いなく進めるんですか!?」


「なんとなくじゃ」


「絶対違いますよね!?」


 騒がしいのう。


(……間違いない)


 この構造。


 通路の取り方。


 視界の抜け、曲がりの角度。


 記憶と、重なっていく。


 偶然ではない。


****


 やがて、少し開けた空間に出た。


 天井はやや高く、空気がわずかに滞留している。


 壁際に、崩れた棚のようなものが並んでいる。


 木材は腐り、原型を辛うじて留めるのみ。


 床には、朽ちた木片。


 踏めば、乾いた音を立てて砕ける。


 そして──


 紙の残骸。


 黒ずみ、縮れ、ほとんど形を失っている。


「……本?」


 アリアがそれを拾い上げる。


 指先で触れた瞬間──ぱらり、と音を立てて崩れた。


 まるで、時間そのものに触れたかのように。


「……ひどい……」


 わしは周囲を見回す。


 視線を巡らせるごとに、欠落が見える。


「ここは元々、書を収める場所じゃ」


「……図書館、ですか?」


「そのようなものじゃな」


 だが、残っておるのは骸だけ。


 棚は空。


 書はない。


 “あるべきもの”だけが、抜け落ちておる。


(……持ち去られておるな)


 時間による風化ではない。


 選別された痕跡。


 しかし──


(恐らく錬金術関連だけ、綺麗に)


 他は残っておる。


 だが核心だけが消えている。


 意図的じゃ。


「ボニフさん」


「なんじゃ」


「……何者なんですか?」


 ふいに、そんなことを聞いてきた。


 声がわずかに震えておる。


「ただの老人じゃ」


「嘘ですよね」


「若造じゃがな」


「そういうことじゃなくて!」


 やれやれ。


 問いの意図は分かる。


「ランクもわずか三日でDランクにあがっちゃうし、強さにしても何か──」


 分岐に差し掛かる。


 視線を一度も迷わせることなく、左へ。


 踏み出しかけた、その時。


 アリアの言葉が止まる。


「……あれ?」


 足音が消える。


 振り返る。


 アリアが、右の通路を見ている。


 身体がわずかに強張っておる。


「どうした」


「……あそこ、何か……」


 視線の先。


 床に、小さな光。


 反射。


 金属か。


 アリアが駆け寄る。


 屈む。


 拾い上げる。


 その手が、止まる。


「……これ」


 震える声。


 握る指先が、わずかに震えている。


「妹の……」


 銀のペンダント。


 使い込まれた傷。


 見覚えがあるのじゃろう。


「……そんな、でも……」


 思考が追いついておらん。


 だが身体は動く。


 一歩、踏み出す。


「おい──」


 呼び止めるより、早く。


 影が、揺れた。


 光が、歪む。


「え──」


 その声を最後に。


 アリアの姿が、消えた。


 音もなく。


 気配ごと、断ち切るように。


「……ちっ」


 わしは即座に駆ける。


 踏み込みは最短。


 消えた地点へ。


 膝を落とし、床へ手を当てる。


 気配は──薄い。


 だが、消えてはおらん。


 微かに残る“流れ”。


「……なるほどの」


 足元。


 歪んだ痕跡。


 魔力の流れが、不自然にねじれておる。


(錬金術……か?)


 完全ではない。


 粗い。


 だが、本質は近い。


 その時。


 背後で、気配。


 極めて静か。


 だが確実に“敵意”。


 振り向く。


 そこに──人影。


 黒ずくめ。


 布に覆われ、輪郭すら曖昧。


 顔は見えん。


 だが動きが、おかしい。


 呼吸がない。


 重心の揺れもない。


「……何者じゃ?」


 問いに答えはない。


 沈黙。


 次の瞬間。


 音もなく、間合いを詰めてきた。


 空気を裂く気配すらない。


 速い。


「甘いの!」


 抜く。


 鞘から離れる刃が、わずかに鳴く。


 キイイィン──


 金属と金属が擦れる音が、地下に鋭く響く。


 受ける。


 弾く。


 反撃。


 ソレは止まらん。


 感情もない。


 躊躇もない。


 ただ、斬りかかってくる。


 二撃目。


 踏み込みを合わせる。


 胴を断つ。


 斬撃は正確に、中心を捉える。


 今度は、止まった。


 ソレが崩れ落ちる。


 力を失った人形のように。


 顔を拝ませてもらおうとしたが。


「待て」


 わしが口を開いた瞬間。


 その身体が、びくりと震え──


 内側から、焼け崩れた。


 音もなく。


 崩壊。


「……口封じか」


 灰のように崩れ落ちる。


 残ったのは、わずかな焦げ跡だけ。


 痕跡すら残さんつもりか。


「何者じゃ……」


 先ほどと同じ言葉。


 だが今度は、別の相手へ向けて。


****


 わしは視線を上げる。


 奥。


 気配が、ある。


 隠す気はない。


 いや──見せておるのか。


「……三つ」


 静かに呟く。


 敵意、二。


 そしてもう一つ。


 弱い、気配。


 迷う理由はない。


 そのまま、踏み込む。


 通路の先。


 広い空間。


 天井は高く、音が反響する。


 かつては閲覧室か何かじゃったはず。


 その中央に──二人。


 黒いローブの小柄な男と黒い外套を纏った仮面をつけた男。


 気配は先ほどのものと同質。


 そして。


 床に倒れる、アリア。


 動かん。


「……ほう」


 わしは一歩、踏み出した。


 足音が、やけに大きく響く。


「さて……」


 静かに、目を細める。


 空気が張り詰める。


「お主らは何者じゃ?」


 三度目。


 前よりも、低く。


 重く。


 問いかける。


 その瞬間──


 空間の温度が、一段下がった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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