第13話 どこか既視感があるのぅ
苔むした石の入口をくぐると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
外の陽光とは切り離された、静かな冷気。
湿り気を帯びた空気が、肺の奥にゆっくりと入り込んでくる。
中は薄暗く、天井の割れ目から差し込む光だけが頼りじゃ。
細い光の筋が、舞い上がる埃を照らし、
空間の奥行きをぼんやりと浮かび上がらせている。
「……思ったより、広いですね」
アリアが周囲を見回す。
声がわずかに反響し、遅れて耳に返ってくる。
「ふむ」
わしは床を軽く踏みしめる。
石の感触、組み方、沈み込み──
靴底から伝わる振動を拾い上げるように、意識を巡らせる。
(……妙じゃな)
どこか、引っかかる。
ただの廃墟にしては、整いすぎておる。
「行くぞ」
「はい!」
****
通路を進んで間もなく、物音。
乾いた石の擦れる音。
影の奥から、小型の魔物が飛び出してきた。
「任せてください!」
アリアが前に出る。
短剣を構え、一気に踏み込む。
踏み込みは軽く、無駄がない。
一閃。
鋭い軌道が空気を裂き、
魔物の首が、抵抗もなく飛んだ。
遅れて、体が崩れ落ちる。
「……あれ?」
アリアが手元の短剣を見る。
血を払う動作さえ、どこか滑らかじゃ。
「なんか……やっぱりおかしいですよ」
「何がじゃ?」
「いや昨日より短剣が振りやすくて……なんか威力も……」
「そりゃそうじゃろ。アリアに合わせて重心を最適化したしの」
刃のバランス、握りの角度、力の流れ。
ほんの僅かな調整じゃが、それで十分じゃ。
アリアは理解しておらぬ顔をしておるが、気にせず進む。
****
さらに奥へ。
崩れた柱、割れた壁。
落ちた石材が不規則に転がり、足場はやや悪い。
「……この崩れ方」
わしは足を止めた。
視線を上げ、天井から壁へと順に追う。
「どうかしましたか?」
「いや」
指で壁面をなぞる。
ざらついた石の表面。
だがその奥にある“削り跡”は、規則的じゃ。
石の削り方、積み方、力の逃がし方。
(……似ておる)
ただ崩れたのではない。
“崩れさせられた”形跡。
記憶の奥にある何かと、妙に一致する。
だが、まだ断定はできん。
「進むぞ」
****
途中、再び魔物。
今度は少し数が多い。
壁際、死角、足元──同時に現れる。
「はぁっ!」
アリアが軽やかに踏み込み、次々と斬り伏せていく。
一歩ごとに位置取りが良い。
振り抜きも最短。
無駄な力が一切入っておらん。
短剣の軌道も、自然と最適化されておる。
(……うむ、問題なさそうじゃな)
武器が身体に馴染み始めておる。
わしは手出しせず、その様子を眺める。
魔物が最後の一体まで沈む。
静寂が戻る。
「……やっぱり、変です」
戦闘を終えたアリアが呟く。
呼吸は乱れておらん。
「こんなに軽く振れたこと、今までなくて……」
「まぁ強くなったなら別によいじゃろ」
「そういう問題かなぁ?」
****
奥へ進むにつれ、空気が変わる。
ひんやりとしておるが、それだけではない。
音の響き方。
空気の流れ。
わずかな魔力の偏り。
「……人工的、じゃな」
「え?」
「いや、こちらの話じゃ」
床の配置、通路の幅、視界の抜け方。
偶然ではあり得ぬ“導線”。
人の意思が介在しておる。
(……やはり)
違和感が、確信に近づいていく。
****
やがて、行き止まりに辿り着いた。
広めの空間。
天井はやや高く、中央だけぽっかりと開けている。
中央には、苔と蔦に覆われた台座のようなものがある。
長い年月を経たはずなのに、形は崩れておらん。
「……ここで終わり、ですか?」
「ふむ」
わしは台座へと歩み寄る。
一歩、また一歩。
近づくほどに、違和感が濃くなる。
表面を覆う蔦を払い、埃を落とす。
乾いた粉塵がわずかに舞う。
現れたのは──古い刻印。
幾何学的な線と、意図を持った配置。
(……やはり、そうか)
形、配置、刻まれた痕跡。
記憶と一致する。
間違いない。
「ボニフさん?」
「少し下がっておれ」
わしは台座の一部に手をかける。
目視では分からぬほどの“ズレ”。
そこに指を当てる。
押す。
カチリ。
小さな音。
だが確かな手応え。
次の瞬間。
ゴゴゴ、と低い振動が足元から響いた。
石同士が擦れ合う、重たい音。
「えっ、な、なにこれ!?」
アリアが慌てて距離を取る。
床が、ゆっくりと動く。
台座の奥──石が割れ、隙間が開いていく。
長い年月、閉ざされていたはずの機構が、
今、当然のように動き出している。
そこに現れたのは──暗闇へと続く階段。
光を拒むような、深い黒。
空気が一段、重くなる。
「……隠し通路、ですか……?」
「そのようじゃな」
わしは階段を見下ろす。
下から流れてくる空気は、先ほどまでとは別物じゃ。
湿り気の中に、わずかな“気配”。
未知。
「どうしますか……?」
アリアが不安げに問う。
わしは口の端をわずかに上げた。
「決まっておろう」
一歩、前へ。
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