第124話 現実逃避も悪いことではないのう
サーシャを呼びに行き、ルクセリアを経つことを伝える。
「もう出るでありますか?」
「うむ、ルクセリアでの仕事も終わったしの」
わしがそう言うと、サーシャは表情に影を落とした。
「自分は帝国の役人として、どうすればよいか分からなくなったであります……」
わしに言っておるわけではなく、自分に言っておる……そんな感じじゃな。
「ただ自分はルクセリアにとっては外様であります。
ただ、今はボニフ様方の案内役を遂行するであります」
サーシャは顔を上げ、表情を切り替えた。
「それでよいじゃろ。おぬしは案内役をニクソン代官から命じられておるのじゃろうしの」
わしがそう言うと、サーシャは笑顔になった。
「そこで、じゃがな」
「早速何か自分に出来ることがあるでありますか?」
「帝都に入ったあと、この場所の宿に行く予定なんじゃが、案内は可能かの?」
ルークから渡された紙に書いてある地図をサーシャに見せると、サーシャは目を丸くした。
「この場所は帝国の中で一番有名な宿になるであります。
普通の帝国臣民ではほぼ泊まれないであります」
「普通の宿でよかったんじゃがな……」
わしはサーシャの言葉にそう返した。
もしくはルークの口聞きで取れる宿が、その宿であったという可能性もあるのかもしれんが。
「予約が必要なのでありますが、既にされているでありますか?」
「まぁ、恐らくは」
「確かに帝国で有名でありますが、もともとその予定であったでありますか?」
サーシャにそう言われ、どう返したもんじゃろうな。
「う、うむ。これでも公務で来ておるからの」
少し苦しい内容な気もするが、さて……。
「い、いつの間に……あれ?」
サーシャは首を傾げた。
「では、もしかして自分は泊まれないでありますか?」
サーシャがそう聞いたので、言葉に詰まった。
事前に予約しておったなら、しておらんはずじゃし……そもそもルークがサーシャの分まで手配しておるか全く分からん。
「行ってから宿の者に聞いてみるしかないのぅ」
わしはとりあえず、そう返した。
「そうですか……泊まれたら嬉しいですが。
そもそも経費で落ちるのでしょうか」
サーシャの言葉の後半はあまり聞き取れなかった。
「とにかく帝都へ出発するぞい」
「了解であります!
宿は分かりませんが案内役はお任せであります」
サーシャはそう言いながら、わしらの馬車の方へ歩いていった。
わしらもそれに続く。
「ボニフさん……実際サーシャさんは泊まれるんですかね?」
アリアが小声で聞いたので、わしは顔を小さく振った。
「分からぬ。行ってみんとなんとも……じゃな」
「帝国では中々行き当たりばったりだな」
ドランはそんな状況が少し面白いのか、笑いながら言った。
「ボニフ殿でも困ることや分からないことも多いんですね」
「五百年間のものごとが抜けておるからの」
フレインの問いに、わしはそう返した。
知らぬ世界を見るために、時間を跳躍したとはいえ……。
(求めておるものとは違うんじゃがな)
「ボニフさん、その割に楽しそうですね」
アリアがそう言った。
どうやら、わしは笑っておったらしい。
「そうかの? まぁとりあえず帝都についたら、この地図の通り宿へ向かうぞい」
わしはそう言って、御者台へ上がった。
「ごまかしたな」
「ごまかしましたね」
やかましいわい。
****
ルクセリアを出発し、わしらの馬車は帝都へと進む。
サーシャによると、ルクセリアから帝都までは一日程度で到着するらしい。
街道の舗装はすぐに彩色された石畳調の道から、バリスで見た道と近い構造の道路へと変化した。
馬車の振動は少なく、馬車の車輪がカラカラと心地よい音を奏でる。
「ルクセリアの華やかな道も趣はあったのかもしれぬが、わしはこっちの方が好みじゃな」
御者台から誰にでもなく呟く。
「私もそうですね」
真っ先にフレインがそれに同調した。
「私はルクセリアの道は華やかだ……と思ってたんですが、あの状況を知ってしまったので」
アリアは複雑そうに言った。
煌びやかな光景の裏に、獣人族の奴隷のような働きがあると思えば、見え方も変わる。
そういうことじゃろうな。
「自分もアリア様と同じ感情であります。
帝国の役人としては難しい気持ちではありますが」
サーシャもまた複雑な心情を言葉に表した。
「それより、帝都には美味い飯はあるのか?」
ドランがサーシャに向けて聞く。
「は、はいであります!
帝都には帝国でなく、各国から色々な交易品や食材も集まるであります」
「そりゃ、楽しみだな」
ドランが嬉しそうな声で言った。
「それを楽しみに、帝都までなるべく早く進むぞい」
わしはつま先で馬の腹を軽く蹴り、手綱を緩める。
馬は軽快に足を速め、帝都までの道を進め始めた。
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