第110話 肉は後にせよ、とは中々に酷じゃな
わしらはサーシャと共に馬車に乗り、代官邸を後にする。
「帝国の道路調査の公務とは何をするでありますか?」
サーシャがそう聞いてきた。
三人がわしを見る。
「まずは材質調査じゃな」
「材質、でありますか?」
「うむ。例えば同じように石積みで道路を建設したとしても、
石の材質、構成される石の大きさ、混ぜ物。
それによって道路の強度や水捌け等も変わってくるでな」
「なるほど! 自分は帝国の道路しか分からず勉強不足でありました」
わしが頭の片隅にあった道路の知識から、それっぽい調査内容をサーシャへ伝える。
「ではバリスでは道路の材質を調べるでありますか?」
「いや、材質の他にも道幅の規格や縁石、排水の処置、維持管理の方法……道路といっても調査は山積みじゃな」
「確かにそうでありますね! いや、文官として恥ずかしいばかりであります!」
サーシャは何故かメモを取り出した。
いや、案内役としての仕事のためじゃろうが……。
わしが前を向くとアリア、ドラン、フレインが目を細めてわしの方を見ておった。
これ以上それっぽい公務を増やすな……と言いたげじゃな。
(いや、仕方ないじゃろ)
わしは小さくため息をついた。
「確かにそれだけの調査でありますれば、帝都の管理局まで行かなくてはなりませんですね!」
サーシャは一人納得したのか、大きく頷いた。
これ以上話すと深みにハマりそうな気がしたので、話題を変えることにした。
「ところで、サーシャよ」
「はいであります!」
「先程のニクソン代官との命令のやり取りはなんじゃ?
まるで軍のようであったが」
「わわわ! そうでありますね!」
サーシャは少し悩みながらも、そのまま続けた。
「代官様は軍部所属であります!
私は地方行政局からの派遣なのであります。
今私は代官様の管轄下でありますので、軍式でのやりとりになるのであります!」
サーシャがそう言った。
いや、しかしこちらから聞いてあれじゃが……。
「サーシャ……それは帝国の政治体系の情報漏洩のような気がするのじゃが」
明かして良い情報ではない気がする……いや、この時代では周知の事実なのじゃろうか。
わしが、そう考えておるとサーシャがバタバタし出した。
「わわわ! あの、その、今言ったことは完全にすっぱり忘れて欲しいであります。
いや、あの大した情報でないでありますゆえ……
全く全然重要でないので忘れて問題ないであります!」
ニクソン代官……こやつが案内役でよかったのかの?
わしは先程交渉したやり手と思われる代官に、心の中で問うた。
****
他の建物と同じような色合いじゃが、少しだけ大きめであり、豪華に見える店。
バリスの街の一角、その店の前で馬車が止まる。
「バリスで一番の料理店であります!
ここで腹ごしらえをするであります」
サーシャがそう言いながらわしらを店へと案内する。
わしらは顔を見合わせ、店の中に入る。
店内はなかなかに賑わっておった。
それにしても、客層は軍人と思わしき者ばかりじゃな。
客の視線がこちらへと向く。
サーシャとドランに向けられる視線が、少し強いように感じるの。
帽子で耳を隠しておるサーシャにもこれだけの視線があるということは……
わしはサーシャを見る。
(すでに知られておるにも関わらず、常に視線を向けられる……か)
帝国の文化というものは中々に難儀なものじゃな。
「こちらにおかけになって下さいであります!」
サーシャはそんな視線に体を硬くしつつ、わしらを席に案内した。
わしらは勧められるままに椅子へと腰をかける。
「そ、そこのもの!」
サーシャが慣れないように給仕を呼ぶ。
「なんでしょうか? サーシャ様」
給仕がこちらへ来てそう言った。
言葉遣いは丁寧だが、声のトーンからサーシャを敬っているようには微塵も感じられん。
「こちらはグランゼール王国の貴族の方々であります!
この店で相応しい料理をお願いしたいであります」
サーシャがそう言い、給仕は少し体を硬くした。
「承知しました。少々お待ちください」
そう言って、給仕は厨房の方へと向かっていった。
わしらの方をチラリと見て、多少の礼儀を見せておったが……
あまり歓迎、とまではいかぬようじゃな。
「ボニフ様方、すみませんであります……
自分のせいで居心地を悪くしてしまい」
「別にお前のせいでもないだろ」
ドランは自分を指差す。
「むしろ、あの代官? が言ってたように、
お前がいなかったらもっと酷かったかもしれん」
ドランは鼻を鳴らしながらそう言った。
「それは、なんと言いますか。
きょ、恐縮であります」
わしとアリア、フレインはそんなドランを見てフッと笑う。
ドランらしいな、と。
しばらくすると料理が運ばれてくる。
パンにパテ、スープ、肉、野菜の酢漬け、果実酒がテーブルに並べられる。
周囲の軍人客から、小さく舌打ちが聞こえた気がした。
まぁつまりはかなり贅沢な品々、というところじゃろうな。
「ふむ、これは豪華じゃの」
「バリスの最高級料理であります!」
サーシャが張り切って言った。
(とは言ったものの、色味は少々薄く見えるの)
フレインを見ると、他の者では分からぬ程度にわずかに眉を顰めておった。
森で育ったエルフであるフレインは、総じて聴覚、視覚、嗅覚が常人より鋭い。
この変化は恐らく嗅覚じゃろうか。
わしは運ばれてきた料理の香りを確かめる。
(少し香辛料が強めに使用されておる香りじゃな)
わしはフレインの変化に納得した。
ドランは単純に嬉しそうにしておるな。
アリアは興味深そうに見ておる。
「さて、サーシャ」
「はい! なんでございましょうか」
「帝国では食事をする時のマナーなどはあるのかの」
わしはサーシャへと聞く。
こういった公衆の面前でマナー違反をするとエルンスト殿へ迷惑がかかるかもしれぬしの。
「え! あ、気付かず失礼したであります!
帝国では特にこれといって特別なマナーはないであります。
ただ最初はスープや野菜から食べるのがマナーとして良いであります」
「食べる順番にマナーがあるのですか?」
アリアがサーシャへ聞く。
「肉料理などのメインからいただくのは、ガッツいているようではしたない。
そう思われるであります」
まさに肉料理から食べようとしておったドランが手を止めた。
危ないところじゃったの。
「気をつける点はそれだけでしょうか?」
フレインが聞く。
「はい! それだけで問題ないであります!」
サーシャがそう言い切ったため、わしらはスープや酢漬けから手をつけることにした。
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