第108話 慣れではなく強い気持ち
「サーシャ様がお見えになりました」
扉がノックされ、奥から主人の声が聞こえた。
部屋から出てロビーへ行くと、サーシャが立っていた。
遅れてアリア、ドラン、フレインの順にロビーに来る。
「あ、あの、代官様がお会いになるそうであります!」
サーシャは眼鏡の位置を直しながら言った。
「今すぐ、ということでよいのじゃろうか」
「はい! 表に馬車を用意してあるであります」
宿を出ると大きめの、二頭立ての馬車があった。
「これは高級な馬車ですね」
アリアが素直に感想をもらす。
わしらは馬車へと乗り込む。
わし、アリア、フレインが三人掛けに座り、向かいにドランとサーシャが座った。
「では、代官邸までお願いしますであります」
サーシャが御者へ向かってそう言うと、馬車はゆっくりと進み出した。
車内は静まり返り、誰も言葉を発しておらん。
サーシャを見ると空気の重さからかソワソワしておるように見えた。
窓の外を見ると、やはり複数の軍人が行き交っておった。
それに、複数の通行人が馬車の方へ視線を向けて、そして視線を逸らしておるのが見えた。
「その、気になりますでありますよね?」
サーシャがそう切り出した。
「まぁ、そんなもんなんだろ」
ドランが気にしてないように言った。
「そうでありますか?
あの、その、自分は未だに慣れないであります」
「慣れない……とは一体どういうことでしょうか?」
フレインが"慣れない"という表現にひっかかったのか、そう聞いた。
それに答えるようにサーシャは自身がかぶっていた帽子をとった。
「サーシャさんは、獣人なのですか?」
アリアがサーシャの姿に、率直に聞いた。
サーシャを見ると、帽子の下には獣人に見られる耳があった。
サーシャは恥ずかしそうに、すぐに帽子をかぶった。
「あ、あの、自分は犬系の獣人と人間のハーフでありますです」
「慣れないと言ったのは、つまりサーシャ殿にも……」
フレインがそこまで言うと、サーシャは言葉を被せるように口を開いた。
「自分にも時折、あの、視線があるであります」
「なるほどの」
「気にするだけ無駄だ。
割り切って自分は自分だ、という気持ちがあればいい」
ドランはサーシャを見ずに、前を向いてそう言った。
「ドラン様はお強いでありますね。
じ、自分はそこまで強い気持ちが、その、持てないでありまして」
そしてまた車内に静寂が訪れた。
「わわわ! 暗くしてしまって申し訳ないであります」
「特に気にしておらぬ」
「心配いらないであります!
案内の方は、明るく楽しくさせていただきますでありますので」
サーシャがそこまで言ったところで、馬車がスピードを緩めたのが分かった。
外を見ると街の大通りは既に抜けており、前方には他の均一な建物とは違う屋敷が見えた。
「も、もうすぐ到着であります!」
その言葉で、屋敷が代官邸であることを確定させた。
****
代官邸の前に到着し、馬車を降りる。
バリスの街の中では異彩を放つ建物には、一種の畏怖のような圧が感じられた。
「少しここで待っていてくださいであります」
サーシャはそう言って屋敷の中に入っていった。
「ボニフ殿」
四人になったタイミングでフレインが話しかける。
「代官、とは王国で言う領主ということでしょうか」
「ふむ、そうじゃのう」
フレインの問いに、わしは少し考えた。
「わしは今の帝国の制度は知らぬからの。
推測でしかないが……」
フレインは頷いた。
「恐らく、王国でいう領主と同じ仕事をしておる人物。
そういった認識じゃろうな」
「それは領主ではないんですかね?」
今度はアリアが聞く。
「代官、というくらいじゃから実際は別の人間が任命しておるはずじゃ。
役職という意味での領主とは少し違うじゃろうな」
「なんか難しいが、今から会う人物がお偉いさんってことに変わりはねぇんだろ?」
ドランがそう結論づけた。
「それは間違いないの。
まぁ詳しいことはサーシャにでも聞いたほうが早いじゃろ」
とりあえず、ドランの言うとおり"この街の偉い人"、それでいいじゃろうな。
そんな話をしているとサーシャが屋敷から戻ってくる。
「お待たせいたしましたであります!
中の応接室で代官様にお待ちいただいておりますです」
サーシャはそう言って、わしらを屋敷の中に案内した。
****
屋敷の中に入ると、屋敷という言葉とは裏腹に無駄な装飾はなく、質実剛健といった表現が当てはまるような内装をしておった。
しかしそれ以上に……
(あまり生活感が感じられぬな)
あくまで仕事のための施設、そういった方が正しいのかも知れぬ。
そんなことを考えながらサーシャのあとをついていくと、扉の前でサーシャが立ち止まった。
「サーシャであります。
ご一行をお連れしましたであります」
「入れ」
サーシャが言うと、扉の奥から短く返ってきた。
サーシャが扉を開ける。
開いた扉の奥に一人の男が凛と立っておるのが見えた。
彼が代官じゃな。
わしらは扉を通り応接室へ入った。
「関門都市バリスへようこそ。
王国貴族の名代ご一行」
男は一礼をした。
深くもなく、浅くもない。
へりくだっておらず、無礼にもならないギリギリの礼。
「私はニクソン・ナルニコフ。
この街の代官をしている」
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