第104話 まだまともに休めそうにないのぅ
「止まれ」
街の入り口に入ると、鎧を着用した男が手を上げてわしらを制した。
わしは男の横に馬車を止める。
「バリス領民なら身分証を。
他領からなら入領税を払え」
「グランゼール王国からじゃ」
「む、他国からか。ならば許可証だな」
男がそう言ったので、わしは許可証を男に見せた。
男は許可証をじっくり確認すると、表情を変えず背筋を伸ばした。
その後、手元の書類に何やら書き込み始めた。
(入領記録、のようなものじゃろうか)
「確認した。通っていいぞ」
「ちなみに、宿はどこにあるかの」
入領の許可をもらい、宿の場所を聞く。
「宿はこの街に数軒あるが」
そこまで言い、男は少し考え、そして続けた。
「厩舎があり、他国の貴族が泊まる規模で言うと──この大通りを進み十字路がある。
それを右に曲がり、道なりに進むと右側に厩舎が見える。
それが目印だ」
「感謝する」
それだけ聞いて、馬車を進ませる。
事務的で分かりやすい、じゃが──。
(声は平坦。感情の揺れもない。帝国の軍人とは"そういう類"なのかの)
わしは男の言った通りに宿を目指した。
整った道を進む。
「先ほどの人が"バリス領民"と言ってましたね。
ここの街の名前でしょうか?」
アリアがそう聞く。
「恐らくの。しかし、同じ帝国内でも領が違えば税を徴収する仕組みなんじゃな」
「王国とはえれぇ違いだな」
わしが答えると、ドランがそう反応した。
「森では身分証すら不要でしたので、王国でも驚いたものですが……帝国はさらに厳しいようですね」
フレインの感想に、わしは思わず苦笑した。
「帝国では徹底した管理がされとるのじゃろう。
合理的ではあるがの」
「そうかもしれませんが、ちょっと息苦しいですね」
アリアが"らしい"感想を言う。
「まぁ住めば都、かもしれぬがな」
そんな話をしながら馬車は大通りを進む。
左右に並ぶ建物はどれも同じような見た目をしておって、どこか無機質な雰囲気をただよわせておる。
入れ違いに通り過ぎる通行人も、軍人と思わしき格好をした者が多い。
(アリアではないが、確かにこの街には特有の息苦しさがあるじゃろうな)
わしは他国の人間でなくとも……と心の中で付け加えた。
それにしても、やたらとチラチラと視線を感じる。
馬車に、というよりも客車内に──ドランにじゃな。
入国管理塔で言われた"忠告"が頭によぎった。
****
十字路を曲がり、しばらく進むと男が言っておったように厩舎が見えた。
わしは厩舎の横に馬車を止め、御者台を降りた。
厩舎の横にある宿へと入る。
「いらっしゃいませ。お泊まりですか?」
宿の主人と思われる男性が、わしを見てそう言った。
貴族が泊まるならここ、と言ったのが分かる程に、主人は綺麗なスーツを着こなしておる。
「うむ。あと馬車を預けたいんじゃが」
「馬は厩舎に。客車は裏の中庭に回してください」
「分かったぞい」
わしは一度宿を出て馬車を宿の裏手に置き、馬を厩舎へと連れて行った。
「ようやく宿だな」
ドランは客車から出て、ぐーっと背を伸ばした。
「随分王国とは空気が違って、なんだか緊張しますね」
「国が違えば人間の世界でも変わるものですね」
それぞれが帝国の地に立ち、感想を言う。
「まだ着いたばかりじゃし、そんなものじゃろう。
そのうち慣れるかもしれん」
わしはそう返した。
宿へと入ると先ほどの宿の主人がわしらの方を見た。
ドランの姿を見て一瞬視線が止まったが、特にそれ以外に変わった様子はない。
「四名でよろしいでしょうか?」
「うむ。四部屋空いておるかの?」
「かしこまりました」
主人は帳簿を広げてわしらの名前を聞き、帳簿に記載する。
「そちらの三人は一泊で銀貨十五枚。
そちらのリザードマンは三十枚になります」
「え?」
主人の説明にアリアが声を漏らした。
「私たちとドラン──リザードマンで料金が違うんですか?」
アリアがもっともな質問をする。
じゃが、主人は淡々と説明を続けた。
「この街ではそのような制度になっておりますので」
「え? でも──」
食い下がろうとしたが、ドランがアリアの肩を掴む。
アリアが振り向くと、ドランは首を振った。
「そういう制度なら、しゃーないだろ」
ドランがそういうと、宿の主人は少し息を漏らした。
「ご理解いただきありがとうございます」
そういって頭を下げた。
「ちなみにじゃが、リザードマンだけ料金が違うのかの?」
わしがそう聞くと、主人が説明をした。
「いえ、一般的に"獣人族全般"がですね。
概ねこの街では他の種族の倍になります」
「私のようなエルフ、は普通なのですね」
フレインが横からそう切り出した。
「そうですね。特にそのような制度はありません」
「では、もう一つ聞くのじゃが──」
「はい。なんでしょう」
「先程おぬしは"この街の制度"と言っておったの。
つまり他の街では違う、ということかの?」
そう聞くと主人は少し困った表情を見せた。
「この街はまだ良い方です。
もちろんこの宿のような比較的高級層に属する宿やお店は似たようなものかと思いますが──」
主人が言葉を飲み込んだようじゃったが、わしが視線で続きを促した。
「そもそも、ご利用自体をお断りする──という場所もありますね」
「そんな……」
アリアは手を口に当て、信じられないといった表情を見せ、呟いた。
「まぁ、郷に行っては郷に従え、と言うでな。
まずは二泊分頼む」
わしはそう言い、四人分の料金をカウンターへ置いた。
主人はそれを確認し終わると、部屋の鍵をわしらへ渡した。
「料金の方は問題なく確認いたしました。
ごゆっくりご利用ください」
主人はそう言って、また軽く頭を下げた。
わしらは割り振られた部屋へと向かう。
久しぶりのまともな宿のはずじゃったが、体をしっかり休めるにはまだ時間がかかりそうな空気がただよっていた。
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