第103話 ようやく入国じゃ
岩肌の多い硬い地面を進み、川を越える。
その後しばらく進むと轍が途切れた。
しかし少し前を見ると、明らかな人工物の道が見えた。
──カツ、カツ。
馬の蹄の音が先ほどまでと変わる。
地面には細かく砕かれた石が敷き詰められ、平坦に整っておった。
「近いぞ」
わしは短く、客車へそう伝える。
アリアは客車から身を乗り出して前方を見る。
「あれは……壁、ですかね」
奥の方を見ると微かに横へと長く広がる影が見えた。
「あれが国境じゃろうな」
近づくにつれ、その外観が鮮明に眼前に映し出された。
「すげぇな」
ドランがその国境の壁の迫力に言葉をこぼす。
侵入を許さないようにそびえ立つ壁。
舗装された道の先に門、のように開かれた場所が見える。
その左右には壁よりも高い監視塔が立っておった。
「これは凄い建造物ですね。
はじめて見ましたが、それでも厳重だということが伝わってきます」
フレインが感想を口にした。
「確かにこれは厳重というより、常に警戒しておるように見えてしまうの」
共和国であった時にはなかったものじゃしな。
物々しい雰囲気の中、舗装された道を進む。
すると帝国へと入国するいくつかの馬車が列になって並んでおった。
「大丈夫ですかね?」
アリアは不安そうに言う。
その目の先には、門のところで追い返されたのか、一つの馬車が引き返して国境から遠ざかっていっておった。
「大丈夫じゃろう。
貴族の名代というのは、軽くない──いや、思うておるよりも重いはずじゃ」
"入国管理塔"と書かれた看板が見えた。
無機質な石造りでできた壁や建物が、より一層な圧迫感を漂わせておるような気がした。
わしらの番になり、検問官と思える男が鋭い視線でわしらの方を見た。
「帝国への入国理由はなんだ?」
「公務じゃ。これを」
わしはそれだけ伝え、許可証と出国証明書を男に手渡した。
男は「公務?」と冷たい目線でわしらを一瞥したが、許可証に目をやると、少し背筋を伸ばした。
「少し確認する。そのまま待て」
それだけ口にし、管理塔の建物へと走っていった。
しばしすると男と他の役人がこちらへやってきた。
「こちらの許可証を確認した。
確かに正式な王国の印。レーベン子爵の名代一行として認識した」
男はそこまで言うと書類をわしに返した。
「こちらは入国証明書です。
あわせてお持ちください」
ただただ淡々とそう言い、もう一枚の書類も受け取った。
「事務手続きとして荷と同行者だけは確認させていただく。
決して外交摩擦を招く行為ではないことをご留意いただきたい」
「かまわぬよ」
男は軽くだけ頭を下げた。
他の役人が、客車を覗いて「リザードマンがいるぞ」とこぼす。
その視線に、わしは憐れみにも似たものが含まれておるように感じた。
「確認した。問題なし。
ただし武器の類の所持自体は黙認するが、街中で武器を抜いたりせぬようお願いしたい」
「分かった」
わしは短くそれだけ伝え、頷いた。
「開け!」
男がそれだけ言うと鉄の門が開く音が周囲に響いた。
「……それと、一つだけ忠告しておく」
男は声を小さくして、付け加えた。
「そこにいる"リザードマン"だが。
あまり外に出歩かせない方がよい。
この辺りはまだマシだが、中央に近づけば帝国臣民がどう反応するか……」
男は一拍置いた。
「私は保証しかねる」
「忠告感謝する」
わしは一瞬首を傾げたが、短く返した。
(帝国ではリザードマンが珍しいのかの……)
いや、しかしそれだけであのような忠告をしてくるものなのか。
思考の沼に嵌る前に、わしは馬車を門の先へと進ませた。
「ヴァルディア帝国へようこそ。
良き公務になることを」
男はそれだけ言い、わしらが門を潜ったのを見届けて、鉄の門をすぐさま閉めるよう指示を出しておった。
「なんとか入国できましたね!」
アリアが客車から言った。
「それにしてもドランさんが外を出歩かないよう忠告されていましたね」
フレインが訝しげに言った。
「聞こえておったのか?」
「えぇ、耳はいいもので」
わしはフレインの言葉に、フッと苦笑した。
「そんなこと言ってたのか?」
ドランはそれを聞き眉を顰めた。
「はい、特に中央に近づくと保証できないそうです」
「なんだそりゃ?」
ドランも心当たりがないようじゃ。
「なんでしょうねぇ? リザードマンが珍しいのでしょうか」
アリアも不思議がる。
「分からぬ。
じゃがわざわざ忠告してきたのじゃから、何かはあるのかもしれぬ」
「まぁ、そのうち分かるだろ」
当の本人はあまり気にしておらぬようじゃが。
(何もないとよいのじゃがな)
帝国へと入国し、舗装された道を馬車が進む。
「あれが、最初の街じゃな?」
幾つもの建物が並んでおるのが見え、わしはそう言った。
「どんなところなんでしょうね?」
「まずはまともな飯が食えるといいな」
「体を休める宿も重要です」
わしらは帝国最初の街へと足を踏み入れた。
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