第101話 無理に進まず安全にじゃ
特に何事もなく夜を終え、野営の後始末をする。
アリアは未だに眠そうにしておるが、野営のためか眠りは浅かったようじゃ。
日は上っておるのじゃろうが、空には雲がかかっておる。
「今日の昼過ぎには雨が降りそうですね」
ふと、フレインがそう言った。
「分かるのか?」
ドランはテントを畳みながら、フレインへ聞く。
「はい。昨日より空気に水分が多いように感じます。
エルフの森にずっと住んでいると天候の変化に敏感になりますから」
「そんなものなんですね」
アリアも目を擦りながら会話に参加する。
わしは焚き火の跡に向かう。
──分解。
──拡散。
灰となった木は跡形もなく自然に還る。
「ほぅ。ここで野営をしていた、とは全く分からねぇな」
ドランが感心したように言う。
「まぁ、後処理としてなんとなく、じゃな」
馬をリードから外し客車へと繋げる。
三人も客車へ乗り、轍へと戻る。
「雨が降るまでに、それなりに進んでおきたい。
少し距離を稼ぐぞい」
わしが客車内へ向かい、そう言うと中から「分かった」とドランの声が聞こえた。
馬車は進む。
しかし、車輪の回転がスムーズじゃ。
舗装された街道でもないのに、ひっかかりがあまりない。
御者台からでも客車の揺れが少ないことが振動の大小で伝わる。
「ベルタの補強は正解じゃったの」
わしはそう呟いた。
そのお陰もあってか、昼前にはかなりの距離を進んだように感じる。
しかし雨が降るのであれば悠長にはしておれん。
わしは馬のケアだけに集中し、昼食の休憩をせずに馬車を移動させる。
三人も客車内で硬パンを食べておる。
「フレイン、雨の気配はどうじゃ?」
わしが客車内にいるフレインへ聞く。
フレインは窓を開けて、鼻をすすり手をかざす。
「そうですね。
あと一時間、と言ったところでしょうか」
フレインのその言葉に、わしは頷く。
雨が降り出してからは遅いじゃろうな。
馬車のスピードを上げつつ、周囲を観察した。
草原の草の高さが徐々に低くなり、代わりに小さな石や岩が散見される風景へと変わる。
先程まで道標にしておった轍も徐々に浅くなっているのが分かった。
そして車輪が地面を噛む音も乾いた音へと移り変わる。
「この辺りは地面が硬い。
雨が降る前にこのあたりを拠点としたいが……」
わしは独り言ちながら、しばらく道なき道を進み、微かな轍を頼りに馬車を走らせた。
先程まで小さかった石や岩が大きくなってきておった。
「あれはちょうど良さそうじゃの」
わしは岩盤が地面から競り上がっておる場所を見つけ、その岩陰に馬車を止めた。
「ここで今日は終わりですか?」
「雨の中を進むのは、思うておるより危険じゃ。
馬の体力は奪われ、最悪は馬が病気にかかる」
わしの言葉にフレインは頷いた。
「そうですね。
本当なら雨にも濡らさないほうが良いのですが」
「そこは考えてある。まぁ完全に防ぐのは無理じゃがな」
「どうするんですか?」
アリアが聞く。
「まぁ見ておれ」
わしは客車に積んであった荷の中から、わしの武器──"万象器"を取り出した。
「武器なんか持ってどうした? 魔物か?」
ドランが周囲を警戒するが、わしはそれを止めた。
「いや、魔物の気配はない。
これはな、武器でもあり便利な"道具"でもあるんじゃ」
わしは万象器を真ん中で両手に持ち、捻った。
カチリ、と音がして二本に分裂する。
「それ、そんな風になってたんですね」
「ただ二本の棒になっただけじゃねぇの?」
アリアとドランがそれぞれ口にする。
フレインはただ黙って観察しておる。
わしはその反応をよそに、作業を続ける。
二本になった万象器を客車の屋根の部分の両端へ固定する。
──形状変化。
──固定。
二本のソレはより細くなり、そして長くなった。
わしはその上から撥水性の高い加工を施した布を被せた。
「これで簡易的な馬用の屋根の完成じゃ」
「なるほど、確かにこれなら馬への雨はそれなりに防げますね」
フレインは納得したように言った。
しかし──
「いや、確かに便利なんだろうけどよ」
「えぇ、なんというか」
「なんじゃおぬしら」
ドランとアリアが微妙な表情をして言った。
「ボニフさんの武器にしては、地味ですね」
アリアがそう言い、ドランも頷いた。
「いや、こうして役に立っとるんじゃから……」
(錬金術に最適化された、わしにとっては超便利な素材でできたモノなんじゃが……)
(説明するのも中々難しいものじゃな)
わしはそれ以上、語るのをやめた。
****
ほどなくして、フレインの読み通り、パラパラと雨が降ってきた。
そして徐々に雨足が強くなり、客車の屋根に雨粒がぶつかる音が聞こえるようになった。
「早めに止めて正解じゃったな」
「えぇ、明日止んでいるといいのですが」
「止む前のことは分かんねぇのか?」
ドランがフレインに問いかける。
「えぇ、雨の前は湿った空気や匂い、空模様である程度は分かるのですが、止む前はさすがに無理ですね」
「そうか」
ドランはそれだけ答えると腕を組んで少し仮眠の体勢になった。
「帝国に着くの、少し遅くなりそうですね」
「まぁ仕方ないの。
焦って進むとかえって遅くなるかもしれぬしな」
わしの言葉に、アリアは頷いた。
吊るしてあったオイルランプの灯りに照らされ、客車内に四人の影がゆらゆらと揺れていた。
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