第100話 なるべく轍を進むのじゃ
ラグナールの街を出てしばらくすると、辺りは草原が広がる景色へと移り変わる。
馬車は街道を進み、一歩ずつ王国の空気が薄れていくような気がした。
さらに進んでいくと、ポツリポツリと、いくつかの建物が固まっておるのが見えた。
恐らくあそこが関所じゃろう。
王国の国境がそこにある、と実感する。
建物に近づくとその中心にある検問所から、何人かの男が出てくるのが見えた。
検問所の周りには物見櫓や簡易宿舎、詰所などがあるのが分かる。
「おい、止まれ」
一人の男がそう言い、わしは手綱を引き、馬車を止める。
「許可証はあるか?」
わしは懐から許可証を取り出して男に渡す。
男がそれを見た瞬間に顔色を変え、姿勢を正した。
「失礼いたしました! レーベン子爵様の名代であらせられましたか!」
男がそう言ったが、わしは肩をすくめた。
わしは内心で、わしらはただの冒険者であり旅人なのじゃが……と思いつつも名代として答える。
「うむ。これから仕事として帝国へ向かうでな」
「承知いたしました。
公務ゆえ、形式上確認だけはさせていただきます!」
「なるべく早く頼むの」
「おい! 子爵様の馬車だ!
丁重に確認するように!」
そう他の役人に指示を出し、業務的な確認作業を行う。
男はその間に検問所に戻り、一枚の羊皮紙を持って戻ってきた。
「こちらを。 正式に出国した証明書になります。
先ほどの許可証と合わせて法的に出国したことになりますので、帝国への入国の際にあわせてあちらへご提出ください」
男はそう言い、わしへと手渡した。
それを受け取り確認すると、正式な出国証明としての押印がされておるのが見てとれた。
「ありがたく」
わしがそう答えると、男は役人らしく敬礼をした。
「問題ありません!」
他の役人が確認を終えたのか、男へそう告げた。
「ではお通りください。
この先の道中、どうかお気をつけください」
無事出国手続きを終えたわしは馬車を進ませる。
ここから先は王国と帝国の狭間になる。
恐らくは宿や村はおろか、集落もなかろう。
国境を越え、さらに進むと街道が途切れ、幾筋の轍だけが残っており道標のように先へと伸びていた。
「無事出国できましたね」
客車の方からアリアが言った。
****
轍に沿って馬車が進む。
空模様はもうすぐ日が傾きかけておるのを示しておった。
「そろそろ野営の準備をするぞい」
わしは轍から少し逸れたところに見晴らしの良い場所を見つけ、早々に野営の準備に取り掛かることにした。
見晴らしの良い方が警戒が楽になる。
それに野営は暗くなってからでは遅い。
馬車を止めると客車から三人が降りる。
ドランはテントを張り、アリアは焚き木の準備をする。
フレインは弓を持ち周囲の警戒をしておる。
無駄のない良いパーティーになったものじゃ。
わしは地面に杭を打ち、ロープを繋いだあと、そのロープから馬へとリードを伸ばす。
桶を用意した後、わしは必要な分だけ錬金術を使う。
──抽出、結合。
桶に水が生成される。
「へぇ、水魔法でもなく水が作れるんですね」
焚き木の準備を終えたアリアが横から桶を覗き込んで言った。
「そもそも素材をすっとばして作られた水は、魔力濃度が高くて馬が好まん。
まぁそれは人間も同じじゃがな」
「え? そうなんですか?」
「うむ。飲めぬこともないが、あまり摂取しすぎると体内の魔力流動が乱れるじゃろうな」
「へぇー知らなかった」
わしとアリアがそんな会話をしておったがドランもテントの設置が終わり、フレインも警戒を少し解いた。
「こっちは終わったぞ」
「今の所、魔物の気配等はありませんね」
日が暮れ始め、焚き木に火をくべる。
パチパチと音がして、火の粉が舞い上がる。
「帝国まであと、どのくらいだ?」
ドランが乾燥腸詰めのスープを口にしながら言う。
「私はエルフの森からほとんど出たことがなく」
「私も王国を出るのが初めてですし」
わしは暗くなった周囲を見渡す。
微かな月明かりに照らされた風景、遠くの山の影を観察する。
「さて、この地図の正確さにもよるじゃろうが、今日の馬車の速度からして、今この辺りじゃないかの」
わしは地図上を指差した。
じゃが、国と国の狭間が地図上で正確かどうかは疑わしいところじゃな。
「わしの時代の話にはなるが、さすがに山までは変わらんじゃろう。
山の景色から推測するに、もう少し手前のこの辺りではないかの」
わしは先ほどの指位置を王国側へズラした。
「なるほど。もし、その推測が当たっていればあと二日ほどはかかりそうですね」
フレインは地図上の帝国までの長さを確認して言った。
「では、あと野営を二回すれば帝国が見えてくるのでしょうか」
「まぁ、そうかもしれぬし、違うかも知れぬ。
とはいえ、外れておったとしても大きくは違わんじゃろう」
アリアの問いにわしはそう答えた。
「んじゃ、帝国に着くまでは野営を存分に楽しむか」
ドランは立ち上がり、ぐんと伸びをした。
「そうじゃな」
わしは小さく頷き、その日は交代で見張りをしながら夜を明かした。
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