第92話 ほれ言ったじゃろう
荷馬車の元へ駆け寄る。
荷馬車は見事なまでに横転をしておった。
車輪は破損、馬はおらん。
逃げたのじゃろう。
しかし──
「御者も荷も見当たらぬの」
「確かにそうだな」
「いえ、多分あそこの岩の裏から小さく息づかいが聞こえますね」
フレインがそう言ったので岩陰まで近寄る。
そこには岩を背に横たわる男がおった。
格好からしても、恐らくこの男が御者なのじゃろう。
わしは革鞄からポーションを取り出し、男に飲ませる。
「……う、あぁすまねぇ……」
「無理に喋らんでもよい。今は回復に専念するがよい」
しばし待ち、落ち着いたのか男は座ったまま、少し体を起こした。
「あんたらは?」
「偶然近くを通りかかった冒険者です」
アリアがそう言う。
「助かった。
もう二日もこのままでな……死も少し覚悟をしていた」
「二日!?」
男の言葉にアリアが驚く。
「二日も飲まず食わず、とは……」
フレインも驚いておったが。
「俺なら既に死んでるな」
ドランは、まぁちと予想と違う反応じゃが。
「いや、一応水袋だけ確保しておいたからな。
なんとか水だけでここまで生き延びることは出来た」
「そうか。わしらがこの辺りを通ったのが、あと一日遅れておったらやばかったの」
男はわしの言葉を聞いて、小さく頷いた。
「ところであなたは、何故こんなところで怪我を?
あの荷馬車は一体」
うっすらと予想はしておるのじゃろうが、アリアが確認する。
「あれは俺が運んでいた荷馬車だ。
馬は逃げちまったがな」
男は息を整えて続けた。
「王都から荷をレーベンまで届ける途中だった。
しかし二日前にいきなり盗賊に襲われてな」
わしら四人は顔を見合わせた。
男を助けることが出来て良かった顔と、「あぁ、やっぱりか……」という複雑な顔を合わせたような顔じゃな。
「いや、しかし護衛はどうした?
普通なら護衛をつけるだろ」
ドランは少し考えて、そう聞いた。
「盗賊の数が予想より多かったのか……
少し戦った、と思ったら何故か逃げていったよ」
「ヒドイ……」
「それは、許せませんね」
「冒険者の風上にもおけねぇぞ!」
アリアは口を抑え、フレインは静かに怒り、ドランは拳を鳴らした。
「しかし、よくおぬしは無事じゃったな」
「あ、あぁ。最初の盗賊と護衛の戦いのどさくさに紛れて岩陰に隠れたんだ。
邪魔になる、と思ってね。
まぁ、まさか護衛が逃げ出すとは予想外だったが」
「盗賊が襲ってきて、護衛は逃げ
馬も逃げた挙句、荷も盗まれた……と」
ドランがそうまとめた。
「えぇ、そうです。ただ、今はあなた方のお陰で命だけは助かったことに感謝してますよ」
「そうじゃな……」
わしはその言葉に静かに頷いた。
****
「とりあえず、この方をレーベンまで無事に送り届けましょう」
「そうですね」
「助かります」
ふむ……
「おぬし、盗賊は荷を奪ってどちらの方向へ向かったのか見ておらぬか?」
「え?丁度、この先の向こうに走って行きました。
あちらは雑木林かもっと先まで行けば山ぐらいしかないはずなんですけどね」
(雑木林……まぁなくはないのぅ)
「おい、まさか?」
ドランが何か勘づいたのか、わしに声をかける。
「ドランよ。おぬし、こういう時だけなぜか勘が鋭いのぅ」
ドランは肩をすくめ、諦めた様子じゃ。
その様子を見て、アリアも遅れて納得したようじゃ。
「え?どうされたのですか?」
フレインはまだ把握しておらぬようじゃが。
「私たちはこの方を連れてレーベンまで無事送り届けますね」
アリアはそう言って、男に手を差し出した。
「まぁ、晩飯までには戻ってこいよ?」
ドランもそう続ける。
「なるほど。お気をつけて」
アリアとドランの言葉に、ようやく理解したのかフレインも続けた。
「まぁ、見つからんかった時はすぐ戻るでな」
そして、わしは男の送り届けを三人に任せ、雑木林の方へ進んだ。
****
しばらく進み、足音を鳴らさぬように静かに雑木林へと入る。
雑木林の中は、少し空気がジメジメとしており不快感を煽っておるようじゃ。
木々の枝が絡み合い、陽の光を遮るようにしておる。
(いかにも、な場所じゃのう)
魔力の淀みを見逃さぬよう、慎重に周囲を見渡す。
少し先の場所にぽっかりと空間があるのが遠目から見えた。
よく見えるところまで進むと、複数人の男どもが騒いでいるのが見えた。
(魔力の淀みはなし、か)
つまりは雑魚じゃな。
わしは革鞄の中から二本ほど薬瓶を取り出し、空間内に放り投げた。
ガシャッと音が発生し、中の薬液が外へ飛び散る。
それらが空気と混ざり、気化反応を開始した。
「誰だ!」
物音に盗賊の一人が反応し立ち上がる。
それに釣られ、他の男どもも一斉に立ち上がった。
(やはり立ち上がるか。
この手の連中はワンパターンじゃの)
わしは周りの木々や植物に触れる。
──抽出。
──拡散。
──錬成。
薬液が気化した成分を触媒に錬成され辺りは煙に包まれた。
しばらくして、煙が晴れると十数人の男どもが一斉に眠っておった。
「まぁ、こんなもんじゃろうな」
わしはその光景を見て、一つ呟く。
「これ、どう処理したもんかの……」
大量の縄でも持ってくればよかった、と少し後悔した。
「錬成、するかの」
****
「追いついたか」
レーベンの街へ入る少し手前で三人とあの男に合流した。
「早かったですね。見つからなかったんですか?」
アリアがそう聞く。
「いや、おったぞ」
「なんだ?放置してこっちに来たのか」
「いや、縛って自由にならぬようにしておいたぞ。
まぁそのままこちらに来た、という意味では放置しては来たがの」
わしはニヤリとした。
「さすがボニフ殿、というわけですか」
「さての」
「あなた方みたいな人達が最初から護衛についていただければ良かったですね」
男はそう呟いた。
「護衛対象を放り出して逃げ出す冒険者なんてほとんどいませんよ……」
アリアがフォローになっておるのか、なっていないのか分からない言葉を口にした。
「まぁ、その事実をギルドに報告するとよいじゃろ」
わしがそう言うと男は「えぇそうさせてもらいます」と一言呟いた。
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