第9話 大袈裟じゃのぅ
ギルドの喧騒を抜け、奥へと通される。
酒と汗と鉄の匂いが混ざった空気が、扉を一枚隔てるごとに薄れていく。
足音がやけに響く。
やがて辿り着いたのは、重厚な木製の扉の前。
男が足を止めた。
取っ手に手をかける前に、一度だけこちらへ視線を向ける。
「まずは自己紹介を」
静かに振り返る。
「ラグナールギルド支部、ギルドマスターのゼノスと申します」
一礼。
動作に無駄がない。
洗練されておる。
「ボニフ殿。少し、お話を伺えないでしょうか」
わしは短く頷く。
「構わんよ」
それだけ言って、扉をくぐる。
****
部屋の中に視線を一巡させる。
広すぎず、狭すぎず。
調度品は最低限。
机、棚、書類、椅子。
だが──質が違う。
(木材は上等……保存状態も良い)
埃一つない。
書類の束も整然と並んでおる。
装飾はないが、統制されている。
(悪くない……いや、相応以上か)
“実務の部屋”じゃな。
椅子に腰を下ろす。
軋みもなく、身体に馴染む。
ゼノスも向かいに座る。
距離は一定。
視線も一定。
静かに、話が始まる。
「先ほど持ち込まれたモノなのですが……」
ゼノスの表情が、わずかに強張る。
指先が、ほんの僅かに机を叩いた。
緊張を抑えておるな。
「『屍鋼のムカデ(アイアン・センチピード)』」
低く、告げる。
「……通常の個体ではありません」
こちらへと視線を移す。
鋭い。
測っておる。
「Aランク指定の変異種です」
沈黙。
空気が一段重くなる。
ゼノスの視線が、わしを射抜く。
「……これを、どこで?」
わしは淡々と答える。
「地下水路でな」
一切の淀みなく。
ゼノスがわずかに眉を動かす。
「掃除の依頼じゃ」
「……掃除、ですか」
一瞬、言葉が止まる。
理解と現実が噛み合っておらんのじゃろう。
だがすぐに、顔が戻る。
ギルドマスターの顔じゃ。
扉へ視線を向ける。
「エルマ」
「は、はい!」
即座に扉が開く。
外で待機しておったか。
「やはり聞き耳を立てていましたね」
「あ……て、てへ?」
誤魔化しきれておらん。
ゼノスは軽くため息をつく。
だが咎めはせぬ。
優先順位を理解しておる。
「地下水路を封鎖します。
それと、領主へ緊急の書簡を」
即断。
迷いがない。
ゼノスは羊皮紙を手に取り、ペンを走らせる。
さらさらと音が響く。
(筆も速いの)
書き慣れておる。
「これを」
「っ……はい!」
エルマは書簡を受け取り、ほとんど駆けるように去っていった。
扉が閉まる。
部屋に静寂が戻る。
ゼノスは一度だけ息を整え、
わしの冒険者証へ視線を落とした。
小さく、しかし確かな吐息。
「……Fランク、ですか」
短い言葉。
だが含むものは多い。
「これでは、ギルドの査定が疑われます」
視線が上がる。
判断はすでに終わっておる。
「特例として、Dランクへ昇格いたします」
間を置かず、続ける。
「異存はありますか?」
わしは軽く鼻を鳴らす。
「こちらに不都合などはありゃせんかの?」
ゼノスは即座に答える。
「Dランクでは特にありませんね。
Cランクからは緊急招集に応じたり、Bランクからは指定依頼が発生したりはしますが」
(制約の段階分けか)
合理的じゃ。
「なら問題ないの」
「……ありがとうございます」
ゼノスは静かに頷き、手続きを進める。
ペンが走る。
記録が書き換わる。
それで終わりじゃ。
やがて、ゼノスは手を止める。
視線が変わる。
少しだけ、声を落とした。
「……先ほど」
呼吸を整える。
「貴殿の手口を見て、思わず口にしてしまいました」
わしは黙って聞く。
「『錬金術』ではないかと」
その言葉。
わしの目が、わずかに動く。
「ほう、知っておるのか」
「ええ。ごく僅かに、ですが」
ゼノスは静かに続ける。
「遥か昔、世界の理を書き換えるほどの力を持っていたとされる技術」
「そして──歴史から消えた」
淡々とした説明。
だが、その奥に興味が見える。
「今では、実在すら疑われているものです」
わしは少しだけ目を細める。
「消えた理由は?」
ゼノスは首を振る。
「分かりません」
「文献にも、断片しか残っておりません」
「そうか……」
(長寿のエルフでもそこは分からんか)
情報の断絶。
興味が湧く。
沈黙が落ちる。
だが、それは長くは続かん。
ゼノスは一枚の依頼書を取り出す。
机に置く。
指で軽く押さえる。
「一つ、依頼がございます」
視線を落とす。
紙面に記された文字。
『深緑の遺跡・未踏区域の調査』
(遺跡、か)
自然と口元が緩みそうになる。
「過去、数多の調査隊が入りましたが──何も見つからないと判断され」
「今では、事実上の放棄案件です」
声は静か。
だが、試す色がある。
「なので報酬はございません」
一拍。
「ですが」
視線がこちらへ向く。
真っ直ぐじゃ。
「貴方のような“目”を持つ方なら」
「我々が見落とした何かに気付けるかもしれません」
わしは依頼書を見下ろす。
紙の質。
筆跡。
記述の粗さ。
(……隠れておるな)
何もない、はずがない。
だから放棄された。
だから残っておる。
一拍。
口元がわずかに歪む。
「……よかろう」
視線を上げる。
「報酬など、知るに値せん」
低く、乾いた声。
純粋な興味。
「その依頼受けるぞ」
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