EP 8
交番前の反復横跳びと、雷鳴の騎士(そして見えない暗殺者)
「動くなヒョロガリども! このガキの命が惜しければ道をあけろォ!!」
ルナミス市警・第三区画交番前。
絶望的な逃走劇の果てに追い詰められた虎耳族のテロリスト隊長は、血走った目で叫びながら、交番の前で謎の反復横跳びをしていた少女——リーザへと飛びかかった。
自慢の鋭い鉤爪が、彼女の細い首元へ向けられる。
だが、人質にされかけた当の本人(乞食姫)は、恐怖するどころか、全く別のベクトルで激怒していた。
「ちょっとおじさん! 横入りはマナー違反ですよ!? 私が先にお腹を空かせて怪しい動きをしてたんですから、カツ丼は私のものです! 豚神屋の残飯でも譲りませんよ!」
「は……? カツ丼……? 残飯……?」
テロリストの思考がフリーズする。
目の前の美少女は、爪を突きつけられているというのに、自前の「タッパー」を両手で抱え込み、威嚇するようにフンス!と鼻息を荒くしていた。なんだこの生き物は。人間は全員狂っているのか。
「ええい、黙れ! 貴様は俺の身の代金だ!」
「あっ! さてはおじさん、私の鼻に詰めてる5円玉を狙ってる強盗ですね!? 渡しませんよ! これは大事なアイドル活動の資金なんですから!」
リーザがタッパーを振り回して抵抗しようとした、その瞬間である。
「——そこまでだ、卑劣なるテロリストよ」
ビカァァァァッ!!
深夜の大通りを、白昼のような強烈な雷光が照らし出した。
交番の屋根の上に、金髪をなびかせ、剣に極限まで圧縮した「雷魔法」と「闘気」を二重コーティングさせた少年が立っていた。
アルヴィン侯爵家の神童、クラウス(10歳)である。
「ク、クラウス君!? なんでこんな夜更けに交番の屋根に!?」
「リーザ君! 君こそなぜそんなツギハギのジャージで反復横跳びを……いや、今は問うまい。誇り高き王女を人質に取るなど、万死に値する蛮行! ノブリス・オブリージュ……この僕が、正道の剣で貴様を裁く!」
クラウスは屋根から華麗に跳躍し、テロリストへ向かって一直線に落下しながら、必殺の構えを取った。
「喰らえ! アルヴィン家秘伝……『ライトニング・ブレイク』!!」
「ヒィィィッ!! な、なんだその異常な出力はァァァ!?」
テロリスト隊長が絶望の悲鳴を上げる。
——だが、この最高にヒロイックな空間のすぐ裏側(死角)で、一人だけ冷や汗を滝のように流し、胃液を逆流させている少年がいた。
(待て待て待て待て! そこでクラウスの派手な必殺技が炸裂したら、あの獣人が黒焦げの『重傷』で生き残っちまうだろうが!!)
路地裏の暗がり。影丸と同化しているリアン(前世:三つ星副料理長)は、マギ・フォンを握り潰さんばかりの力で握りしめていた。
(テロリストが警察に生け捕りにされて、尋問でも受けてみろ! 『地下で影から爆弾を持ったガキが現れて……』なんて証言されたら、第三区画の監視カメラの魔力痕跡から俺が割り出される! 【ネット通販】がバレる! 俺の輝かしい未来が、隔離施設の『自動販売機』で終わってしまう!!)
絶対に、生かして喋らせてはならない。
だが、クラウスやリーザ(さらに後ろから迫ってくるリリス)の目の前で、首をはねて喰丸に食わせるわけにもいかない。
(……やるしかない。『病死』だ。極めて自然な『急死』に見せかける!)
リアンは、前世の簿記1級の処理速度を遥かに超える脳内演算で、たった0.5秒の間に作戦を立案・実行した。
「……ミニ丸、全機、ターゲットの口腔内へ突撃しろ!」
クラウスの雷剣が振り下ろされる直前。
テロリスト隊長が「ヒィィィッ!」と絶叫し、口を大きく開けた、まさにその瞬間だった。
上空で待機していた空母ドローン『竜丸』から、あらかじめ【ネット通販】で取り寄せた「超高濃度の麻酔薬(象用)」を注射器にセットした3センチの極小ドローン『ミニ丸』が、目にも留まらぬ速度でHALO降下(高高度降下)を敢行した。
「ガハッ……!? カッ……!!」
クラウスの剣がテロリストの頭頂部に到達する、わずか数センチ手前。
隊長の開いた口の中へ見事にホールインワンしたミニ丸は、そのまま喉の奥、延髄のすぐ近くの粘膜へ、象をも3秒で昏睡させる劇薬を全量注入した。
「ア……ガ……ッ……」
ドサァッ……!!
テロリスト隊長は、白目を剥き、口からカニのように泡を吹きながら、クラウスの剣が触れる前に自らアスファルトに突っ伏した。
「…………へ?」
完全に決まったはずの『ライトニング・ブレイク』を寸止めする形になったクラウスは、空中でピタッと静止し、間抜けな声を漏らした。
着地したクラウスの足元で、テロリストはピクピクと痙攣したのち、完全に沈黙(昏睡)した。脈は極限まで低下しており、魔導の知識がない者が見れば「ショック死」したようにしか見えない。
「ああっ! 待って! 私のポイントォォォ!!」
そこへ、息を弾ませたリリスが到着した。彼女は倒れたテロリストを見て、絶望のあまり膝から崩れ落ちた。
「そ、そんな……。私が助けようと思った時には、もう悪党は倒れてるなんて……。私の1000ポイントが……10連ガチャがぁぁぁ!!」
「……リリスも来ていたのか」
クラウスは剣をゆっくりと鞘に収めると、自分の手のひらを見つめ、そして静かに、確信に満ちた笑みを浮かべた。
「……ふっ。どうやら、僕の『覇気』が強すぎたようだな。剣を交えるまでもなく、悪党はその圧倒的な正義のプレッシャーに耐えきれず、泡を吹いて気絶してしまったというわけか」
(違うよバカ!!! 俺の象用麻酔薬だよ!! 原価5000円もしたんだぞ!!)
路地裏のリアンが心の中で全力のツッコミを入れる。
「さすがクラウス君! まるで稲妻のような覇気でした!」
リーザがパチパチと拍手をする。
「これで無事に事件解決ですね! おまわりさーん! 悪党は倒れました! だから約束通り、同情のカツ丼、大盛りでお願いします!! 私、もうパンの耳は限界なんです!!」
騒ぎを聞きつけて交番から飛び出してきた警官たちは、巨大な獣人が白目を剥いて倒れている惨状と、タッパーを突き出してくる美少女、そしてポーズを決めている金髪の貴族少年の前で、完全にフリーズしていた。
「な、なんだお前たちは……! とにかく、応援を呼べ!!」
* * *
「……ふぅ。完璧だ」
交番の周囲が騒然とする中、リアンは影伝いに自身の屋敷のベッドルームへと帰還していた。
彼はシルクのパジャマの乱れを直し、マギ・フォンのメモ帳(帳簿)を開く。
『テロリスト制圧任務(L-Payサーバー防衛戦)』
・収入:0円(完全なボランティア)
・経費:ANFO爆薬(自作)300円、象用麻酔薬 5,000円
・損益:マイナス5,300円(大赤字)
「……チッ。金銭的には最悪の任務だった。だが……」
リアンは、マギ・フォンの画面で無事に『L-Pay決済完了。お荷物は明日、四次元ポーチで配送されます』という文字を確認し、深く、安堵の息を吐き出した。
「ネット通販の安全と、俺の『自由(自販機にならない権利)』が守られた。この利益は、プライスレスだ」
こうして、獣人過激派によるルナミス帝国中枢へのテロ計画は、誰にも真実を知られることなく——クラウスの「覇気」と、リリスの「物理破壊」という勘違いのベールに包まれたまま——暗殺の神童によって完璧に処理されたのであった。
「……よし、寝るか。明日の給食は『ダイズラ豆のサラダ』だったな。あれは下処理が命だ。マヨ・ハーブの比率を調整してやらないと……」
完全犯罪の暗殺者は、明日もまた、乞食姫の舌を満足させる(そして自分の料理人の矜持を守る)ための無給の労働に向けて、目を閉じるのだった。




