EP 6
帝都の夜に潜む影と、暗殺者の私怨(ネット通販防衛戦)
ルナミス帝国の心臓部、第三区画。
そこには、この「リトル東京都」の経済と物流を支える巨大な魔導施設——『L-Pay中央処理サーバー塔』がそびえ立っていた。
深夜二時。警備の飛竜騎士たちが上空を巡回する中、その塔の地下に、音もなく忍び寄る影があった。
「……人間どもの警備など、この程度か。闘気を持たぬ脆弱な種族め」
闇の中で低く唸ったのは、筋骨隆々の「虎耳族」の戦士だった。彼の背後には、同じくレオンハート獣人王国の過激派に属する「人狼族」や「豹耳族」の精鋭たちが、冷たい殺気を放ちながら控えている。
彼らは、ルナミス帝国の文化侵略(タローソンの出店やQR決済の普及)に反発し、獣人本来の「闘気と肉体の強さこそ至高」という伝統を取り戻すために越境してきたテロリスト集団だ。
「この中央塔の魔導回路を、我らが持ち込んだ『圧縮闘気爆弾』で吹き飛ばす。さすれば、人間どもが依存する『見えない金(L-Pay)』は完全に消滅する。物理的な貨幣を持たないヒョロガリどもは、明日からパン一つ買えずに飢え死にするという寸法だ」
「ハッ! 豚神屋のニンニクに毒された腑抜け共に、真の恐怖を教えてやりましょう、隊長!」
獣人たちが残虐な笑みを浮かべ、サーバーのメインハブに爆弾をセットし始めた、まさにその時。
* * *
クライン侯爵邸、リアンの自室。
最高級のシルクのパジャマに身を包んだ10歳の少年は、マギ・フォンの画面を見つめながら、ギリッと奥歯を噛み締めていた。
「……通信エラー、だと?」
リアンは、日課である【ネット通販】の深夜徘徊をしていた。
補充用の硝安(ANFO爆薬の材料)、ドワーフの偽装口座を通したマネーロンダリングの処理、そして前世の副料理長の血が騒いでカートに入れた「地球の燕三条産・最高級ステンレス出刃包丁」。
その決済ボタンを押そうとした瞬間、画面の中央でロードアイコンが虚しく回転を始め、ついには『L-Payサーバー応答なし』の冷酷な文字が表示されたのだ。
リアンの脳内で、瞬時に最悪のシミュレーション(パラノイア)が展開された。
(L-Payが落ちるということは、ゴルド商会のキャッシュレス口座も凍結される。決済が滞れば、俺がダミー会社名義で契約している【ネット通販】の支払いシステムに『異常』が検知される。異常検知からの強制監査……俺の物理IP(魔力署名)の特定……国家による拘束……!)
リアンは顔面を蒼白にしながら、ガタッと椅子から立ち上がった。
(ダメだ!! ネット通販の履歴がバレれば、俺はルチアナの手先として地下深くの隔離施設に監禁され、一生『出刃包丁』と『硝酸アンモニウム』を吐き出し続ける自動販売機にされてしまうッ!!)
それは、帝国政府すら想像だにしない極端な飛躍であったが、リアンにとっては「明日起こり得る確実な死」と同義だった。
「……通信の途絶源は、第三区画の中央サーバー塔か」
リアンは即座に『竜丸(ドラゴン型・空母)』を窓から夜空へ放った。
竜丸の視覚リンクを通じて上空から熱源探知を行うと、サーバー塔の地下に、不自然に密集した強力な「闘気」の反応が複数確認できた。
「獣人のテロリストか。……万死に値する。俺のAmazonプライム(相当)な快適ライフを脅かす害虫は、この世界から『存在しなかったこと』にしてやる」
リアンは魔法ポーチから、自作のANFO爆薬と、漆黒のドローン部隊を取り出した。
「出撃しろ、弓丸。ミニ丸部隊は竜丸からHALO降下(高高度降下低高度開傘)の準備。……これより、原価率0.1%以下の『完全防衛戦』を開始する」
* * *
L-Pay中央処理サーバー塔、地下施設。
「よし、起爆装置のセットが完了しました。あとは導火線に闘気を流し込むだけ——」
虎耳族の隊長がニヤリと笑い、指先に闘気を込めた瞬間。
——ヒュッ。
風切り音すらなく、闇の中から飛来した一本の『投げナイフ』が、起爆装置の魔導線を正確に切断した。
「なっ!? 誰だ!!」
テロリストたちが一斉に武器を構え、獣特有の嗅覚と暗視能力で周囲を警戒する。だが、何も見えない。匂いもしない。
「……上だ!!」
人狼族の兵士が叫んだ。
天井の配管の影から、無数の「何か」が、パラシュートを開いてゆっくりと降下してきていたのだ。
それは、リアンが放った3センチの極小ドローン『ミニ丸』部隊である。
「なんだこのオモチャは!? 舐めるなッ!」
獣人たちが巨大な剣を振り回し、ミニ丸を叩き落とそうとする。
だが、その足元には既に、特殊工作員『弓丸』によって「極めて滑りやすい油」が散布されていた。
「うおっ!?」
「滑る!? 足に力が入ら——」
スパーンッ!と見事なまでに転倒するテロリストたち。
そこへ容赦なく、弓丸が『撒菱』をばら撒き、さらに『鋼線の網』を投擲して彼らを雁字搦めに拘束した。
「グアァッ! な、なんだこのふざけた罠は! 姿を見せろ人間!」
「姿など見せない。俺は自動販売機になりたくないんでね」
冷酷な少年の声が、影の中から響いた。
リアンは『影丸』を通じて、テロリストたちの背後の影から半身だけを現していた。その手には、自作のANFO爆薬が握られている。
(……このままミニ丸に睡眠薬を注射させ、喰丸に食わせてもいいが。こいつらが持ち込んだ『圧縮闘気爆弾』があるな。……よし、これを逆利用して、こいつらを跡形もなく吹き飛ばし、事故として処理しよう。完全犯罪の基本は『現場の素材の活用』だ)
リアンは前世の簿記1級の計算力で、爆風のベクトルと熱量を瞬時に算出した。
このまま起爆すれば、獣人たちは蒸発し、サーバー本体には一切の被害がいかない「完璧な爆破(証拠隠滅)」が成立する。
「終わりだ、野蛮な毛玉ども。俺のネット通販の平和の礎となれ」
リアンが起爆の魔力を指先に込めた、まさにその瞬間だった。
「困っている獣人さんたちを発見ーーー!! 1000ポイント(人助け)のチャァァァンス!!」
地下施設の分厚い鋼鉄の扉が、ドゴォォォォンッ!!!という爆発音と共に、物理的に(ただの蹴りで)吹き飛ばされた。
「……は?」
リアンと、縛り上げられたテロリストたちが、同時に間抜けな声を漏らす。
粉塵の中から現れたのは、パジャマ姿の金髪ツインテール。
鍵田家の狂犬にして、善行ガチャの申し子、リリス(10歳)である。
「夜中のドブ掃除(50p)をしてたら、地下からすごい音がしたから来てみたら……! みなさん、あんな網に絡まって転んでるなんて、すっごく困ってますね!? 私が今すぐ、その網ごと『助けて』あげますからね!!」
リリスは背中に背負っていたSSRアイテム『対戦車ロケット(RPG-7)』をガチャリと構え、満面の笑みでテロリストたち(と、そのすぐ横の影にいるリアン)に照準を合わせた。
「待て待て待て待て待てバカ!!!」
リアンは今日一番の絶叫を上げ、完全犯罪の美学もクソもかなぐり捨てて、影丸の『シャドウ・ステップ』で全力の緊急退避を敢行した。
直後。
深夜の帝都第三区画に、L-Payのサーバー障害とは全く別の、物理的な大爆発の閃光が轟き渡ったのだった。




