EP 4
転校生は、鼻に5円玉を詰めてやってきた
ルナミス学園、初等部五年特待クラス。
担任のクルーガは、教壇の上で深く、ひたすらに深い溜め息をついた。
「……いいか、お前ら。今日は転校生を紹介する」
ざわっ、と教室が湧き立つ。
このクラスは帝国のエリートが集う特待クラスだ。年度の途中で編入してくるなど、余程の事情か才能がなければあり得ない。
クラウスが姿勢を正し、リリスが「新しいお友達! 一緒にゴミ拾い(ポイント稼ぎ)できるかな!?」と目を輝かせ、リアンは窓の外を見ながら「僕の暗殺の目撃者にならないような、無害な奴ならいいが」と冷ややかに計算していた。
「……前もって言っておくが」
クルーガは、クラスの「歩く火薬庫」三人組を鋭い隻眼で睨みつけた。
「彼女は超ド級のVIPだ。彼女の身に何かあれば、明日の朝、このルナミス帝国は文字通り『海の底』に沈む。クラウス、絶対に決闘を挑むな。リリス、間違っても対戦車ロケットで吹き飛ばすな。リアン、……お前は特に何もしないでくれ」
「心外ですね。僕は平和主義の一般生徒ですよ」
「どの口が言う。……入れ、リーザ」
クルーガが声をかけると、ガラッ!と教室の扉が勢いよく開いた。
「みなさぁぁぁん! おはようございまぁぁぁす!!」
現れたのは、透き通るような水色の髪と、宝石のように青い瞳を持つ、絶世の美少女——であるはずだった。
だが、その格好が全てを台無しにしていた。
彼女は、どこで拾ってきたのかも分からないツギハギだらけのジャージ(微妙にサイズが合っていない)に身を包み、小脇に「使い込まれたボロボロのみかん箱」を抱えていたのだ。
「……え?」
クラウスが、高貴なる貴族の常識を根底から破壊され、間の抜けた声を漏らす。
リーザは教壇の横にドンッ!とみかん箱を置くと、その上にヒョイッと飛び乗った。
「シーラン国から来ました、親善大使のリーザです! 夢は世界を救うトップアイドル! 今日はみなさんに、私のデビュー曲を聴いてもらいたいと思います!」
「おい待てバカやめろ」
クルーガの制止も虚しく、リーザはポッケから「5円玉」を二枚取り出すと、なんの躊躇いもなく、自分の可愛らしい鼻の穴にズボッ!と両方詰め込んだ。
「なっ……!?」
リアン(前世:三つ星副料理長)が、あまりの衛生観念の欠如と予測不能な奇行に、思わず席を立ち上がりそうになる。
そして、人魚姫は自らのお腹をポンポコと叩きながら、満面の笑みで歌い出した。
「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン!」
(ソレ! ヨイヨイ!)※自分で合いの手を入れる
「♪月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜!」
(ア、ドッコイ!)
帝国の未来を担うエリートたちの前で、宴会用のド下ネタソング『ハゲたぬきのポンポコ節』が、美しいソプラノボイス(人魚の美声)に乗せて響き渡る。
鼻に詰まった5円玉が、息を吸うたびにフガフガと鳴っていた。
「♪み〜んな合わせて 腹太鼓〜! ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!……ハイッ! ありがとうございましたー!!」
完璧なアイドルスマイルでお辞儀をするリーザ。
教室は、シベリアの永久凍土のような静寂に包まれていた。
「……ひ、姫君になんという破廉恥な真似を……っ!」
真っ先に動いたのはクラウスだった。彼は顔を真っ赤にして立ち上がり、ブルブルと震えながらリーザを指差した。
「君をそそのかした不届き者は誰だ! 誇り高きシーランの王女に、あのような……あのような……っ! 鼻から硬貨を出せ! 不潔だぞ!」
「え? これですか?」
リーザは鼻から5円玉をフンッ!と飛ばして手のひらでキャッチすると、袖でキュッキュと磨いた。
「これは大事な商売道具ですよ。ルナミスキングの裏の路地裏で、酔っ払いのドワーフのおじさんたちが『これやったら5円やるぞ!』って教えてくれたんです!」
「ドワーフの酔っ払い共め! 後で全員斬り捨てる!!」
クラウスのノブリス・オブリージュが、怒りで爆発寸前になっていた。
一方、その背後で。
ガタッ!と、リリスが椅子を蹴り倒して立ち上がっていた。
彼女の目は、獲物を見つけた肉食獣のように血走っている。
(——可哀想! すっごく可哀想な人!! ジャージもボロボロだし、5円玉を鼻に詰めてまで生計を立ててるなんて!)
リリスの脳内システムが、激しいアラートを鳴らしていた。
『超絶・困窮者発見! 究極の善行ポイント(人助け)対象! 継続的支援でポイント無限稼ぎのチャンス!』
「リーザちゃん……!!」
リリスは涙目で教壇に駆け寄ると、リーザの両手をガシィッと握りしめた。
「私、リリス! リリス・カギタ! 今日から私がお弁当の半分をあげる! だから一緒に生きていこうね!!」
「本当ですか!? 無料でお弁当くれるんですか!? ありがとうございます、リリスちゃんは私の最高のファン(太客)第一号です!」
「ファン……? よく分からないけど、これで毎日ポイント(人助け)が入り続ける……! やったぁぁぁ!!」
勘違いのボランティアと、無料の食料に狂喜する乞食アイドルが、ここに最悪の共依存同盟を結んだ。
(……なんだ、この空間は)
リアンは席に座ったまま、静かに頭を抱えていた。
彼は前世の知識(簿記と調理)を駆使し、あらゆる事象を論理的に計算して暗殺稼業をこなしてきた。だが、目の前の『人魚姫』は、全ての計算式を破壊するバグだ。
(5円玉の真鍮の比率は銅6:亜鉛4。金属アレルギーのリスクがあるのに鼻の粘膜に接触させるなど言語道断……いや、そこじゃない。なんだあの逞しすぎる生存能力は。俺が設置した暗殺用の罠(撒菱や毒草)とか、あいつ絶対『あ、食べられる雑草だ!』とか言って拾って食うぞ……!)
自分の「完全犯罪(自販機化回避)」の最大の障害は、クラウスの正義感でもクルーガの推理力でもなく、この『無料』に対する圧倒的な執着を持った乞食姫なのではないか。
リアンの優れたパラノイア的直感は、正確に未来の危機を予知していた。
「……席につけ、お前ら。俺はもう胃の粘膜が限界だ」
クルーガが白目を剥きながら黒板を叩く。
「リーザの席は、リアンの隣だ」
「えっ、僕の隣ですか!?」
「他に空いてないだろうが。お前、頭いいんだから面倒見てやれ」
「……承知しました」
リアンが引きつった笑顔で頷くと、リーザはみかん箱を抱えてトコトコと隣の席にやってきた。
「よろしくお願いします、リアン君! ところで……」
リーザは目をキラキラさせながら、リアンに顔を近づけて小声で尋ねた。
「この学園の『給食』って、本当におかわり自由なんですか!? お持ち帰り用のタッパーとか持参しても怒られません!?」
「……お持ち帰りは衛生管理法(ルナミス帝国基準)に違反するからやめておけ。食中毒の原価とリスクを考えろ」
「えー! ケチ! 廃棄ロスは悪ですよ!」
かくして、自販機化を恐れる暗殺神童の隣に、テント村仕込みのサバイバルアイドルが着席した。
午前12時30分の『給食の時間』。
それは、前世・三つ星副料理長のリアンの矜持と、リーザの「限界食欲」が激突する、最初の戦場(地獄)となることを、まだ誰も知らない——。




