EP 3
胃痛の元近衛騎士と、帝都を揺るがす5円玉
「……リリス。建物の倒壊は『器物損壊』という立派な犯罪だ。善行ポイントの対象にはならん」
クルーガはこめかみを揉みながら、リリスが背負っているSSR兵器(対戦車ロケット)からそっと目を逸らした。元近衛騎士の直感が「アレに触れれば学園ごと消し飛ぶ」と警告を発しているからだ。
「ええっ!? でもでも、中にいた悪いおじさんは消えちゃってたんですよ? 悪党がいなくなったんだから、絶対1000ポイント(10連ガチャ)の案件です!」
「……消えた、ね」
クルーガの隻眼が、スッとリアンに向いた。
探偵時代、リアンを「完全犯罪の首謀者」と見抜きながらも、見事な偽造工作(地球の違法薬物をロッカーに入れられる等)で逆にハメられた過去を持つクルーガには、ピンと来ていた。
「リアン。お前、昨日の夜は?」
「夜九時には就寝していました。育ち盛りですからね。僕は複式簿記の貸借対照表の書き方は知っていますが、人間の消し方なんて知りませんよ、先生」
完璧な貴族の微笑み。心拍数にも異常はない。
(……嘘をつけ。あの血も残さない異常な手口、確実にお前の『喰丸』の仕業だろうが。しかも今回はリリスと鉢合わせしたせいで、後始末が雑になってるぞ)
クルーガは溜め息をつき、三錠目の胃薬を口に放り込んだ。
このクラスは異常だ。暗殺の天才と、物理破壊の勇者娘。この二人が結託した時点で、帝都の治安は風前の灯火である。
「先生! 嘆く必要はありません!」
そこへ、バンッ!と机を叩いて立ち上がったのは、クラウス・アルヴィンだった。
彼の金髪が、窓から差し込む朝日にキラキラと輝いている。
「帝都に卑劣なテロリストが潜んでいるというのなら、この僕が『正道』の剣で打ち倒してみせます! ノブリス・オブリージュ! アルヴィン侯爵家の名にかけて、必ずや悪を……!」
「クラウス。お前の『ライトニング・ブレイク』は屋内では使うなよ。他の生徒が感電死するからな」
「くっ……! ならばリアン! 放課後、僕と真剣勝負だ! テロリストに備え、互いの技を磨き合おうではないか!」
バッと指を突きつけてくるクラウスに対し、リアンは冷ややかな目を向けた。
(断る。真剣勝負になったら、俺はお前の足元に『よく滑る油』をぶちまけて、転んだ隙に眼球にダーツを突き刺すぞ。俺は自動販売機になりたくないんだ、無駄なリスクは負わない)
前世・副料理長の冷酷な計算が脳内を駆け巡るが、表向きは優雅に肩をすくめる。
「遠慮しておくよ。僕は野蛮な争いは好まないんだ」
「また逃げる気か! 卑怯だぞリアン! 昔のように雪崩を起こして引き分けに持ち込むような真似は……!」
騒がしい教室。
今日もルナミス学園は平和(?)だった。
しかし、この時クルーガたちは知る由もなかった。帝都の中枢部では今、彼らの騒ぎなど赤子のお遊戯に思えるほどの「国家存亡の危機」が進行していることを。
* * *
同時刻。ルナミス帝国、王宮・緊急対策会議室。
「……で、どういうことだね。これは」
帝国宰相が、脂汗をダラダラと流しながら、一枚の報告書を震える手で持ち上げていた。
周囲を囲む大臣たちも、一様に顔面を蒼白にしている。
「は、はい……。海中国家シーランより親善大使として派遣されておられる、第一王女リーザ様ですが……現在、ルナミス第三区画の『テント村』に居住されていることが判明いたしました……」
「な、なんだとぉぉぉ!? なぜだ! 迎賓館を用意したはずだろう!」
「そ、それが……。ご本人が『私はアイドルとして下積みから始めるの!』と迎賓館を飛び出しまして……」
宰相は頭を抱えた。
シーラン国の女王リヴァイアサンは、娘を溺愛している。もし「愛娘がルナミス帝国で乞食生活をしている」などと知れた日には、明日にも帝都は巨大な海嘯(大津波)に飲み込まれ、マンルシア大陸の地図が書き換わってしまう。
「すぐにお連れしろ! 何としてでも保護するのだ! クライン侯爵(リアンの父)の私兵を使っても構わん!」
「そ、それが……リーザ様は帝都の『無料インフラ』を完全にマスターしておられまして、神出鬼没なのです。昨日は交番の前で謎の反復横跳びをして補導され、カツ丼を完食して去っていきました……」
「……は?」
「一昨日は、タローソンの試食コーナーを三周し、公園の雑草を採取して『サラダよ!』と喜んでおられたとか……」
会議室に絶望的な沈黙が落ちた。
これは外交問題ではない。純度100%の「生態系のバグ」だ。
「……もうよい。強硬手段に出る。リーザ様を『ルナミス学園』の特待クラスへ編入させろ。あそこなら、クルーガという優秀な教師がいる。それに何より……」
宰相は血走った目で、最後の切り札を口にした。
「学園には『完全無料の給食』がある。それをエサに釣るのだ!!」
* * *
「いち、にー、さん、しー! はーい、深呼吸~!」
帝都の隅にある寂れた公園。
爽やかな朝の空気の中、完璧なフォームでラジオ体操をこなす少女がいた。
純白の肌に、透き通るような水色の髪。本来なら王宮の奥底で蝶よ花よと育てられるべき、人魚姫リーザ(10歳)である。
しかし現在の彼女は、みすぼらしいジャージ姿(古着屋の廃棄品)に身を包んでいた。
「お疲れ様でした~! おばちゃん、スタンプちょうだい!」
「はいよ、リーザちゃん。今日も元気だねぇ。ほら、おまけのゆで卵だよ」
「わぁい! ありがとうございます! これで今日のタンパク質はバッチリです!」
リーザは貰ったゆで卵を大事そうにポッケ(自作の魔法ポーチもどき)にしまうと、満面の笑みで公園のベンチに座った。
「ふふっ。タローマートでもらった無料のマヨネーズもあるし、今日はご馳走だわ。……お母様、私、ルナミス帝国で立派にアイドルやってますからね!」
彼女は本気で「これがアイドルの下積み」だと信じ込んでいる。
パンの耳をかじりながら、自作のセットリストを確認する。
「今日のステージ(みかん箱)は、ルナミス駅前ね。『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』を歌えば、きっと冒険者のおじさんたちが5円玉を投げてくれるはず! 5円玉がいっぱい集まれば、いつか……いつか、お肉が買えるかもしれない!」
純真無垢な瞳をキラキラと輝かせるリーザ。
その時、公園の入り口に、重武装の帝国騎士たちがズラリと並んだ。
「り、リーザ親善大使閣下……! お迎えに上がりました……!」
騎士団長が、涙目で膝をつく。
「えっ? スカウトですか!? 私、まだ事務所には所属してないフリーのアイドルなんですけど!」
「ち、違います! 本日より、閣下には『ルナミス学園』に通っていただきます! これは帝国政府からの特命で……」
「学園……? やだ! 私はアイドル活動で忙しいの! これからパチンコ屋さんの前で落ちてる銀玉を拾い集める大事な仕事が……!」
全力で抵抗しようとするリーザに対し、騎士団長は震える声で告げた。
「が、学園に通えば……毎日、豪華な『給食』が、無料で食べられますぞ……!」
ピタッ、と。
リーザの動きが止まった。
「……きゅう、しょく?」
「はい。肉椎茸のステーキや、ハニーかぼちゃのシチューなど……おかわりも自由でございます……っ!」
次の瞬間、リーザは持っていたみかん箱を天高く蹴り飛ばした。
「行きます!!! すぐ行きます!!! 私、学生アイドルになります!!!」
食欲(無料)という最強のインセンティブに釣られ、海からの厄災(乞食姫)が、いよいよあの狂気の教室へと歩みを進めようとしていた。
リアンの完全犯罪記録と、リリスの善行ポイント稼ぎが、根底から覆されるXデーが、幕を開ける——。




