EP 2
「俺の完全犯罪が……このガチャ狂いのせいで……台無しだ!」
リアンは部屋の隅の暗がりで『影丸』に身を溶け込ませながら、頭を抱えていた。
前世の三つ星副料理長としてのプライドを懸けた「血の一滴すら残さない解体」と、簿記1級の知識を総動員した「原価率2.5%の完全犯罪」が、たった一人の幼女の乱入によって「派手な連続爆破テロ事件」へとクラスチェンジしてしまったのだ。
「やったぁぁ! 10連でSSR『対戦車ロケット(RPG-7)』ゲットぉぉぉ!」
粉塵が舞う部屋の中央で、リリスは己がぶち破った窓ガラスの破片を踏みしめながら、自身の背丈ほどもある緑色の無骨な鉄パイプを天に掲げて歓喜の舞を踊っていた。
「わぁい! よく分からない鉄の筒だけど、すっごく重くて強そう! これでお父さん(勇者)みたいに悪い魔物をいっぱいドカーンってして、もっと善行ポイント稼げるね!」
(……バカバカバカ! その安全装置に触るな! 帝都のド真ん中でRPGをぶっ放す気かこの歩く火薬庫!!)
リアンは声に出してツッコミたい衝動を必死に堪えた。
ここで姿を現せば、「深夜に悪徳商人の部屋にいた」という事実が発覚する。そうなれば芋づる式にユニークスキル【ネット通販】の存在が割れ、国家権力によって隔離室に監禁され、一生ボタンを押すだけの「地球物資自動販売機」にされてしまう。それだけは絶対に避けねばならない。
『……ピポパポパ……ルナミス市警デース。現場ニ急行シマース……』
遠くから、魔導サイレンのけたたましい音が近づいてくる。リリスが物理で壁を粉砕した音が、近隣住民に通報されたのだ。
「おっと、いっけなーい! 見つかったら『深夜徘徊』でポイント減点(悪行)されちゃう! 帰って寝よっと!」
リリスはSSRのロケットランチャーを【ランダムボックス】の亜空間にひょいっと放り込むと、来た時と同じように、凄まじい脚力で夜の帝都の空へと跳躍していった。
あとに残されたのは、半壊した豪邸と、喰丸に半分ほど食べられた状態からさらに瓦礫の下敷きになった悪徳商人の痕跡だけだ。
「……最悪だ。リスク管理の観点から言えば『大赤字(倒産レベル)』だぞ、これは」
リアンはギリッと奥歯を噛み締めると、影丸の能力『シャドウ・ステップ』を発動し、パトカー代わりの飛竜騎士が到着する直前、夜の闇へと溶けるように撤収した。
* * *
翌朝。ルナミス学園、初等部五年特待クラス。
「……おい、リアン。ひどい顔色だな。貴族たる者、自己管理も義務のうちだぞ。夜更かしをして無駄な遊戯に興じていたのではないだろうな?」
登校するなり、輝くような金髪を揺らして話しかけてきたのは、親友にして最大のライバル、クラウス・アルヴィン(10歳)だった。
彼の言う通り、リアンの目の下にはくっきりとクマができている。昨夜の証拠隠滅の再計算と、自販機化への恐怖で一睡もできなかったのだ。
「……おはよう、クラウス。お前のその眩しすぎる正義感が、今は網膜に刺さって痛いよ」
(こいつ、公式の剣術試合じゃ俺に負け続けてるくせに、なんでこんなに堂々としてられるんだ。今ここで『真剣勝負』になったら、俺はお前の顔面に熱々のブラックコーヒーをぶちまけて、その隙に喉笛を掻き切るぞ)
そんな物騒な元・副料理長のアサシン思考を隠し、リアンが曖昧な愛想笑いを浮かべていると、教室の扉が勢いよくバーン!と開いた。
「みんな、おっはよー!! 見て見て! 昨日、人助け(1000P)したら神様からすっごいのご褒美もらったの!」
元気いっぱいに飛び込んできたリリスの背中には、昨夜のSSRアイテム『対戦車ロケット』が、まるでリコーダーか何かのように無造作に背負われていた。
「……む? なんだその奇妙な鉄の杖は。魔導杖にしては魔力を全く感じないが……鈍器か?」
「うん! 先っぽに付いてるどんぐりみたいなやつをぶつけると、たぶんドカーン!ってなるおもちゃ!」
(おもちゃじゃねぇよ!! 対戦車榴弾(HEAT弾)だよ! お前それ落としたらこの教室ごと吹っ飛ぶぞ!!)
リアンは胃液が逆流するのを感じながら、机の下で震える手を握りしめた。
「席につけ、お前ら。……朝から頭が痛い」
そこへ、けだるげな声と共に担任のクルーガが現れた。
豹耳族の鋭い聴覚と、元・近衛騎士トップクラスの身体能力、そして元・探偵の頭脳を併せ持つ、この学園で最も油断ならない男だ。
クルーガの手には、今朝の『ルナミス朝刊(T-ber配送版)』が握りしめられている。彼は教壇に立つなり、その新聞をバンッ!と叩きつけた。
一面のトップ記事には、デカデカとこう書かれている。
『帝都の悪徳商人、自宅ごと謎の爆発! 遺体は発見されず!!』
教室がざわつく中、クルーガの鋭い隻眼が、教室の後ろの席に座る「暗殺神童」と「ガチャ勇者」を交互に射抜いた。
「……ホームルームを始める前に聞いておく。昨夜の午前二時頃、帝都の第三区画で『過剰な建築物の解体』と『不自然な血痕の消失』が行われたらしいが……心当たりのあるバカはいるか?」
クラウスが「なんと卑劣なテロ行為だ!」と憤る横で、リアンは完璧なポーカーフェイスを装い、視線を斜め45度下に逸らした。(自販機にはならない、絶対にだ)
しかし、隣の席では。
「ハイハイハーイ! 先生!」
リリスが、満面の笑みで真っ直ぐに手を挙げていた。
「私、昨日そこで人助け(ドブ掃除と悪党退治)して、1000ポイントもらいました! 部屋は壊れちゃったけど、善行だからセーフですよね!」
「…………」
クルーガは無言で白衣のポケットから胃薬の瓶を取り出し、水も飲まずにボリボリと噛み砕いた。
リアンは心の中で泣いた。
(セーフなわけあるか! お前のせいで俺の完全犯罪が台無しなんだよ!!)
かくして、ルナミス帝国最強にして最悪の10歳児たちが集う狂気のクラスは、今日も平常運転で幕を開けるのだった。
——だが彼らはまだ知らない。
この数日後、この胃痛の絶えないクラスに、鼻に5円玉を詰めた「海中国家の乞食姫」が転校してくるという、更なる絶望を。




