EP 11
コピー令嬢、ホームレスになる
ルナミス学園から少し離れた、第三区画の裏路地。
高級な黒のローブを身に纏い、顔の上半分をスタイリッシュな仮面で隠した少女が、息を潜めて街を監視していた。
彼女の名はルルシア・キャリデリン(14歳)。
由緒正しきキャリデリン伯爵家の令嬢でありながら、犯罪組織『ナンバーズ』のナンバー2(ツー)を名乗る少女だ。
「……ふふっ。ゼロ様も慎重すぎますわ。先日テロ部隊を壊滅させたという『雷鳴の騎士』の調査なんて、この私がサクッと終わらせて差し上げますのに」
ルルシアは、自身のユニークスキル【コピー】に絶対の自信を持っていた。
他者の能力をスキャンし、自分のものとしてストックできる規格外の力。現在はスリーの『テレポート』と、フォーの『千里眼』を保持している。
彼女は「悪いこと」に憧れるお年頃であり、シリアスな悪の幹部を演じることに酔っていた。
(さぁ、クラウスとかいう生意気なガキの能力をコピーして、私が組織のトップエースに——)
ルルシアが【千里眼】を起動し、学園周辺を探ろうとした、その時だった。
「……っ!? な、何ですの、この異常な闘気は……!?」
路地裏のさらに奥、ゴミ捨て場の前に、一人の少女がしゃがみ込んでいた。
透き通るような水色の髪。ツギハギだらけのジャージ。シーラン国の親善大使、リーザ(10歳)である。
だが、ルルシアの目(魔力感知)には、彼女の姿が「歴戦の暗殺者」か「百戦錬磨の傭兵」のように映っていた。
『——シュッ! ハッ! そこ!!』
リーザは、ゴミ捨て場に廃棄されたダンボールの山を前に、目にも留まらぬ速度で手刀を突き出していた。
それは、寝心地の良さ(保温性とクッション性)を瞬時に見極め、最高の状態のダンボールだけを傷つけずに引き抜く、**『プロのホームレスに伝わる秘伝の抜刀術』**であった。
さらにリーザは、足元に生えている雑草を、ミリ単位の正確さで選別してむしり取っていく。
『この葉脈の形……これは毒草! こっちの少し縮れた葉は……食べられる! しかも茹でるとほうれん草みたいな味がする特上レア雑草(タダ菜)!!』
「な、なんて研ぎ澄まされた集中力……っ! 一切の無駄がない歩法! 自然界の毒を瞬時に見抜く観察眼! 間違いない、彼女は帝国が隠し持つ『最強の暗殺者』ですわ!!」
温室育ちのルルシアの脳内フィルターが、極貧サバイバル術を「究極の戦闘技術」へと見事に誤変換してしまった。
(あの力をコピーすれば、ワン(破壊)にも勝てるかもしれない……! いきますわ!)
ルルシアは仮面の奥で目を光らせ、リーザに向けてユニークスキルを発動した。
「——【カメレオン・スキャン(対象複写)】!!」
ピロリン♪
ルルシアの脳内に、システムの軽快な通知音が響く。
『対象のユニークスキル【極限生存】をコピーしました』
『※パッシブ効果:満腹度の上限突破、プライドの完全消失、無料への異常な執着がインストールされます』
「……え? パッシブ効果? 極限生ぞ——」
ルルシアがスキルの詳細を確認しようとした、次の瞬間だった。
ギュルルルルルルルルルルルルルゥゥゥゥゥゥッ!!!!
ルルシアの極めてお上品な腹の底から、死にかけの猛獣のような、けたたましい腹の虫が鳴り響いた。
「ひぃっ!? な、何ですのこれぇっ!? お腹が……お腹が、背中とくっつきそうですわぁぁぁ!!」
【極限生存】スキルが、ルルシアの肉体を強制的に「乞食モード」へと書き換えたのだ。
今朝、伯爵邸で最高級のクロワッサンと紅茶をいただいたはずの胃袋が、「三日間何も食べていない」という強烈な飢餓感を脳に叩き込んでくる。
「あ、あぁ……お腹すいた……。パンの耳……どこかにパンの耳は落ちてませんの……?」
「あら? そこの仮面のお姉さん! 今、お腹が素敵なハーモニーを奏でてましたね!」
フラフラと倒れそうになったルルシアの前に、ダンボールを小脇に抱えたリーザが満面の笑みで現れた。
「あ、あなたは……最強の暗殺者……」
「暗殺者? 違いますよ、私は地下アイドルです! でも、その空腹の音と、足元がおぼつかないステップ……分かりました! お姉さんも、家出してきた『駆け出しの地下アイドル(※ホームレス)』ですね!?」
「え? ちが——」
「大丈夫です! 私も最初はそうでしたから! 事務所(家)がなくても、たくましく生きていけるんです!」
リーザは、飢餓感で抵抗できないルルシアの手をガシィッ!と握りしめた。
「出会ったのも何かの『御縁(5円)』! パイセンであるこのリーザが、帝都でのサバイバル術(炊き出しの並び方)をゼロから叩き込んであげます!! さぁ、まずはあそこの公園の水道で、胃袋を水で膨らませる訓練からです!!」
「い、いやぁぁぁ! 私は伯爵家の令嬢で、悪の組織の幹部ですのよぉぉぉ! 水道水なんて飲んだことありませ——ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ……プハァッ! 水道水、冷たくて美味しいですわぁぁぁ!!」
スキルの呪い(無料への執着)に抗えず、ルルシアは公園の蛇口に直接口をつけて水をがぶ飲みしてしまった。
「筋がいいですね! 次は、私が厳選したこの『タダ菜(雑草)』に、タローマートの試食コーナーで貰ってきたマヨネーズをかけて……はい、あーん!」
「あーん……シャキシャキして、えぐみがマヨネーズで中和されて……美味しいっ! なんですのこの極上のサラダはぁぁぁ!!」
完全に陥落した。
たった五分で、誇り高きナンバーズの幹部(お嬢様)は、ダンボールの上に正座し、雑草にマヨネーズをかけて貪り食う立派な「ホームレス令嬢」へと成り下がった。
「お姉さん、いい食べっぷりです! 次は交番の前で反復横跳びをして、カツ丼をゲットする裏技を……」
「はいっ! リーザ先輩! 私、一生ついていきますわ!!」
泥だらけのローブ姿で、雑草を口の周りにつけたまま涙を流して感動するルルシア。
悪の組織の威厳など、そこには微塵も存在しなかった。
* * *
「……おい」
その時、路地裏の入り口に、一人の少年が立っていた。
パトロール(という名の自主的な治安維持活動)を終え、学園に戻ろうとしていたクラウスである。
彼のノブリス・オブリージュのセンサーが、この世の終わりみたいな光景を捉えて完全にショートしていた。
「シーラン国の親善大使が、ボロボロのダンボールの上で雑草を食べているのは百歩譲って見慣れた光景だが……。その隣で一緒に泥だらけになって雑草を齧っているのは、キャリデリン伯爵家のご令嬢ではないか!?」
クラウスは、貴族の矜持が音を立てて崩れ去るのを感じながら、震える指で二人を指差した。
「き、君たち……! 誇り高き貴族と王族が、揃いも揃って路地裏で『炊き出しのシミュレーション』などと叫んで何をしているんだ! 頼むからやめてくれ、僕の正気が保たん!!」
「あっ! クラウス君! ちょうどよかった、ルルシアちゃん(後輩)のために、5円玉恵んでくれませんか!?」
「恵むかバカ!! 今すぐそのダンボールを捨てて迎賓館に帰れェェェ!!」
帝都の路地裏に、雷鳴の騎士の悲痛な叫びが響き渡る。
こうして、ナンバーズが誇る諜報の要『ツー(ルルシア)』は、リアンに気づかれることすらなく、乞食姫の圧倒的なサバイバル能力によって組織から(精神的に)脱落したのであった。
(一方その頃、アジトではゼロが「ツーの偵察が遅いな……まさか敵の罠か?」とシリアスに警戒していたが、彼女は普通にスーパーの半額惣菜のタイムセールに並ぶ準備をしていた)
——第二章・波乱の幕開けである。




