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天使みたいで悪魔みたいな先輩とはじめる音楽活動  作者: シンシア


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第八話 新・ボランティア同好会始動

 「新・ボランティア同好会(仮)」の諸々の手続きを田中翔一たなかしょういちが終えてから、今日は初の活動日であった。同好会名については多少の指摘はあったようだが、肝心のメンバーや活動内容については特に言及されなかった。すんなりと申請が通ったことに田中は驚くと同時に落胆もした。そして、逃れられぬ強い運命のようなものを密かに感じた。


 埃を被った部室棟三階の教室には、志之聡平しのそうへい茸木光なばきひかる、田中の三人が集まっていた。


 いくつかの机を並べ、繋げて作った四つの島。その上には隣の部屋に保管されていた楽器たちが並んでいる。エレキギターが二本。エレキベースと電子キーボードにドラムセット。アンプやチューナー、シールド線など。これらの楽器や機材たちは、三階の清掃状況からは想像がつかないほど、綺麗に大切に保管されていた。なので、少しのメンテナンスで使うことができる状態だった。


そして、教卓には中堂凛なかどうりんのために用意した、この前と同じ状態のボーカルセットが置いてある。あと一人。口の悪い彼が来れば練習を始められるといった状況である。


 聡平そうへいの持ち前の愛想のよさが、いかんなく発揮され、教室の雰囲気は穏やかに保たれていた。



「え! タナショーって二年生なの?」


「いや、それより志之しのくんが一年生なのが驚きだよ。あの中堂先輩に一目置かれてる一年って何者だよ! あと、タナショーって何⁉︎」


「だから中堂なかどう先輩はタナショーを代表に指名したわけだ……。っていうか、志之しのはオレと同学年なのか……。てっきり先輩かと」


「だから、タナショーってな──」


「タケが同学年で助かったよー。メンバー全員が上の学年だと、流石に肩身が狭いからさ」



 各々がそれぞれの学年に驚きを見せていると、扉が開け放たれた。ふわふわと髪を揺らしたりんが教室には入ってくる。



「みんな、ごめん。先生に捕まっちゃってて……」


「それは大変──」



 聡平そうへいが返答し終わる前に、凛は後ろ手で鍵を閉める。



「何。ボクがいなきゃ練習できないわけ? さっさと始めるぞ」


「「「おー!」」」


「田中 声小せぇんだよ。AIになる覚悟出来てんだろうな」


「やっぱり、僕だけだ!」



 凛が入ってくると、教室内の雰囲気は途端に殺伐とした雰囲気に変わってしまう。傍若無人のりんを上手に三人で受け流しながら……八割方、田中が頑張りながら。聡平そうへいは二人にやることを伝える。今日はとりあえず楽器に触ることから始めて、ある課題曲の練習に取り掛かり始める。これはあらかじめ、聡平そうへいが凛と決めておいたことだ。



「タナショー。お前はボクとドラムを組む。黙って言うとおりにしろ。返事」


「うおー! って先輩は一体どっから『タナショー』仕入れたのさ!」



 りんが田中の練習を受け持っている間は、聡平そうへい茸木なばきの練習を手伝う。


 聡平そうへいは優しくゆっくりと、茸木なばきにギターの持ち方から丁寧に教えていく。その奥の方で、芸術的かつ先鋭的なドラムの組み方をしている二人がいる。机の上に座る凜が、でたらめな指示を田中に出して、何も知らず、抵抗の意思もなく田中は言うとおりにそれを実行に移している。



志之しのはギター弾けるのか?」


「うーん。簡単なコード進行とか、アルペジオとか、ほんと最低限なら弾けるけど、ステージで演奏できるかと言われると自信ないかな」


「? やばい。志之の言ってること、わけ分からない」


「あー、そうだよねー」



 簡単にいうと、コードは二つ以上の音を同時に鳴らすもので、アルペジオは同時ではなく、いくつかに分けて鳴らすもの。一緒に練習する上で、このような音楽的な知識のすり合わせと説明は大事だ。


それこそ、楽器のパーツの名称など、何気なく使ってしまう言葉が通じないものだと思わなければならない。つまり、全くの初心者に一から教えるのは一筋縄ではいかないということだ。


聡平はできるだけ丁寧に茸木なばきへ伝えていく。とにかく真面目に聞いてくれることが救いであった。



「どこ押さえればいいか、分かったけど。指が動かん」


「えっとね。姿勢を直して、ギター本体の窪みに体を添わせるようにして……、ギターが体に対して45度くらいになるように意識して、左手を前に」


「お! 指が届くぞ」



 短時間でここまでできれば上出来だ。俺は少し、凛とタナショーの様子を見に行く。



「志之くーん、たすけてー。ドラムってこんな奇怪な形だったっけ⁉︎」


「あ゛ボクが直々に指導してやってんだ。文句があるなら、はっきりボクに言えよ」



 そこには見たことのないドラムセットがあった。本来中央でどっしり構えているはずの大きな太鼓(バスドラム)はなぜか小さな太鼓の上(スネアドラム)にある。え? 何。ロボットでも作ったわけ? 先輩は完全に慌てふためくタナショーを見て、楽しんでいる気がする。



「あー、そうだねー。凛くん、これは俺が知ってるドラムとは結構違うかも……。タナショー、俺と組み直──」



「騒ぐな。随分と余裕のようだな。そんなにお望みなら、今から合わせ練を始めるぞ」



 スタスタと先輩は大股で教卓に向かう。ほんと、後ろ姿がキリっとしていて勇ましいのだけど、だいぶ無謀すぎないかな。



「凛くん! 合わせるって曲を? まだ二人とも厳しいよ。タナショーなんてまだ音も出してないし」


「やってみなきゃ分からないだろ」


「えっ!」



 強引で自分勝手な先輩の姿が、なぜか、おしとやかで儚げな先輩の姿と重なる。初めて西門で言われた言葉。あの時も、もしかしたら先輩は本気だったのかな。もし、あそこで強気で傲慢な言い方をされていたら、俺は無理矢理にでもフェンスを潜ったのだろうか。



「志之、何ボサッとしてんだ。黙って早く準備しろ」

 凛はマイクを握ると、ミキサーのつまみを操作する。そして、演奏開始の合図のように自身の頭の中のイメージを口にする。



「|capricciosoカプリチョーソ



 先輩は一度大きく息を吸い込むと、口笛を吹き始めた。あの課題曲のイントロだ。それに合わせてタナショーとタケは楽器を鳴らし始める。誰かに操られて、ひとりでに動き出すみたいに体を動かしては音を鳴らす。タナショーは足踏みでリズムを取り、タケはとにかく彼らの足踏みと口笛に合わせて、ぞんざいにギターをかき鳴らす。


 耳から入り、脳まで届く先輩の音。俺はすぐに、何をしなければならないかが分かった。まずはエレキギターを抱えてタケのところに向かう。そして、凛の口笛に身を任せるようにして手を腕を、体を動かす。


タケの前で弾くのはイントロのギターフレーズ。凜の口笛をなぞるように弾いていく。俺一人じゃ弱くてたどたどしい音が、先輩と一緒ならどこへでも飛んでいけるような強く芯がある音になる。


次第に、タケが俺の音を聞いて、それを真似するように音を鳴らし始めた。未経験者とは思えないほど、堂々と正確に音を鳴らす。凛の口笛は幾度目かのループを始める。


 次はダンスを踊るように教室をステップで移動するタナショーの元に行く。俺はロボットみたいなドラムセットから零れたスネアドラムとステック一本だけを拾って、タナショーに渡す。


彼はスネアを脇に抱えると、足踏みでステップを刻みながらスネアを叩き始めた。ドンッタ、ドンッタ……。華麗に動きながらリズムを作りだす。



 教室内に響くのは、即席演奏による多少の違いはあれど、間違いなくあの曲のイントロであった。背筋にぞわりとした寒さが走る。凜を見る。目線だけを俺に寄こして何かを訴える。


俺はエレキベースを担ぐと、口笛とギターのループする音のタイミングをはかって、演奏を始める。足りていなかった低い音はピッタリとはまるみたいに溶け合っていく。


凜はその音を聞くと口笛を辞めて、歌いだしの準備をするように顔を下げる。聡平たちの演奏に全身を集中させる。



 今から、口笛なんかと比べ物にならない。先輩の、あの声が聞ける。



「やめっ!」




 凜は聡平の期待を裏切り、演奏を辞めるよう言葉にした。その瞬間、僅かな音の余韻だけを残して、演奏はピタリと止まる。田中と茸木なばきは操り糸が切れた人形のように体が脱力し、意識を失う。



「……凛く、ん」



 俺は冷めやらぬ体の温度を感じながら、彼の名前を呼ぶ。シャツの真ん中。胸のあたりを必死に掴む。高鳴った心臓の落ち着け方が分からない。先輩の歌声が聞きたくて、一秒でも長く音の中に居たくて堪らない。



「シケタ面見せんな。何、上手くやったのにみたいな顔してんだ。お前だけ居残りに決まってんだろ」



 先輩は腕を組んでそっぽを向く。まだ胸がうるさいけれど、これ以上に嬉しい居残りが存在しないことだけは分かる。俺は大きく頷いた。それから、動きがないタナショーとタケの肩を揺らして意識を覚醒させる。



「わ! 志之くん……。え、何この倦怠感」


「すごい肩凝ってる気がする……、体バキバキなんだけど」


「よかった! こと切れたかと思ったよ」


「僕たち何してたの!!!」



 聡平そうへいは体の疲労感を訴えつつも、元気そうな二人の姿を見て安堵を覚えた。


 二人の疲労感の正体は凛の歌声(口笛)に体を動かされたことによる副作用のようなものであろう。素晴らしい創作に触れた時。人生の、一実体験にも匹敵するかのような、気持ちの揺れと感受は人を成長させる。それと似たようなことであろう。


凜の口笛に感化、魅了された二人は、自身すら知りえない。何か潜在的な力を使って彼に応えようとした。ただ、それだけのこと。



「タナショー、タケ。今日は終わりだ。分かったら、さっさと帰……。よく体休めろ。お前らは人間だろ」



 りんは二人に対して、それだけ言うと、聡平そうへいに隣の部屋からアコースティックギターを持ってくることを指示した。



「二人とも、今日はお疲れさま。また次回も懲りずに来てくれると嬉しいな」


「「…………」」



 二人は返事をしなかった。聡平そうへいはなるべく朗らかに二人を見送った後、アコギを取りにいく。 


 聡平が大きなケースを抱えて教室に帰ってくると、凛は教卓で待っていた。マイクを持つわけでも機材のつまみを動かすわけでもなく。立っていた。何を言うでもなくただ、じっと聡平のことを見る。その視線を受けた聡平は彼の一番近くの席に座ってアコギを構える。


 俺は右手でギターのボディをノックするように叩く。コン、コン、コン、コン。四つ数えてテンポを指定する。それから、さっき演奏した曲のイントロを弾き始める。すんなりと指は動く。なんとなくいつもより上手く弾ける気がする。今度はループするのではなく伴奏に続く。


 凜は目を閉じて聡平のギターを聞く。自分が入る最高のそのタイミングまで待つ。そして、イントロの最後の一音までたっぷりと聞き遂げると目と口を開ける。



──ジャーン。ジャカ、ジャカ、ジャカ。



 本当に簡単な伴奏のリズム。凜の歌声はその上に乗るどころか、包みこんでは手を引くようにリードする。曲が進行するごとに、伴奏のリズムは変化していく。聡平の意識はただ一つ。


 俺の為だけに発されるこの音を、自分の持てる全てで受けること。先輩と目線を合わせながら、色々なやりとりをする。言葉にせずとも。先輩が何を考えて、言おうといているのか。歌声を、音楽を通して感じ取ることが出来る。下手くそだと俺の伴奏を笑う。全くその通りだよ。先輩の歌がすごすぎるんだから。


 たった一曲。しかもワンコーラスだけでお開きになった二人の居残りレッスン。彼のために歌う彼。彼のために弾く彼。閉ざされた教室。二人にしか聞こえない歌が確かにそこにはあった。


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