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天使みたいで悪魔みたいな先輩とはじめる音楽活動  作者: シンシア


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第二十五話 選ばれるということ

 校内選考会から一週間が経過した。今日はその結果が発表される日であった。午後の授業を終えた聡平そうへいが部室に向かうために、準備をしていると担任に声を掛けられた。どうやら校長先生からの呼び出しがかかったらしい。聡平そうへいは部室へ行く前に校長室を訪れることになった。


 一日中。いや、選考を終えてからずっと。苦しいほどの落ち着かなさがどこからか体へ押し寄せていた。不安と期待が寄せては返すようにバイオリズムへ干渉をする。体調がいいようでわるいような曖昧な状況が続いていた。


 聡平そうへいは校長室の扉をノックする。手の甲からは歯切れの良い高い音が三つ。彼は入室の許可をもらうと重厚な扉を開ける。応接用の黒い革張りの椅子に促され、朗らかな五十代後半ぐらいの年若い校長の話を聞く。



「選考会の演奏は見事なものだったよ。こちらへ来るといい。今日来てもらったのは他でもないその結果についてだ」



 校長は聡平そうへいへ封書を手渡す。



「ここに結果が綴られているはずだ。同好会のみんなと確認するといい」


「ありがとうございます。ですが、どうして呼び出されたのが僕だったのですか? 代表の田中先輩や三年の中堂なかどう先輩の方が適任だったと思うのですが」


「ふむ。では、ちなみに君は何故だと考える?」


「え?」


 校長は頭を悩ませる聡平そうへいのことを見るなり、分かりやすく口角を上げた。


「では、質問を変えようか。もし君のバンドが選ばれたのだとしたら、それは何が決め手になったのだと思う?」


「そんなの僕たちの演奏の方が彼らの演奏を上回っていたからしかないですよ」


「ふむ。あの会場にいた生徒たちと私。せいぜい百余名の人間が、それぞれ独自の評価基準によって選んだ多数決の結果がその封に収められていると。本当に君はそう思っているのかな」


「何が言いたいのですか」



 挑発にも質問にも感じられなかった。淡々と機械的に、事実の確認を突き付けられているだけ。声色も口調も温かさと冷たさのちょうど間くらい。なぜか悪意も善意もそこには存在していないように感じられた。



「もう結果は封の中だ。だから、こうして君と話すことはもしもの話。選ばれる、選ばれないを憂いで悩んで身を焦がすことができるのも今だけというもの。貴重な経験だとは思わないかい? あの場で一番選ばれなければならないと演奏中に訴えかけていたのは君だった。そんな君の考えを是非私に聞かせて欲しい。なぜ君らのバンドは選ばれた?」



 一つの違和感が選ばれることを期待する気持ちに蓋をしていた。俺らが選ばれるということは三年生のあいつらが選ばれないということ。ムジカデラーニモへの最後の挑戦なのは先輩だけじゃない。三年生であるあいつらも等しく最後の機会なわけだ。あいつらの積み重ねたもの、費やした音楽に対する時間は知りえないし知りたくもない。


だけど、初心者バンドの俺たちよりも真っ当に、愚直に長い時間を使って積み上げてきたことだけは確かだと、音を聴けば痛いほどに分かる。はたして、それを否定するだけの音を、俺たちはあのステージで奏でられていたのだろうか。


 俺は先輩をムジデラの舞台へ連れていきたい。こんな所で埋もれているべき存在じゃない。あの素敵な声を世の中へ知らしめたい。先輩のことを考えている時だけは不安も期待も全てがどうでもよくなる。俺が動くための理由など、中堂凛なかどうりんと一緒に音楽がやりたい。今はただそれだけで十分だった。



「ふっ。選ばれるに決まってるじゃないですか。だってりんくんが俺に勝てるって言ったんです。期待してるって言ったんです。俺はそれを信じて音楽を作って演奏するだけだ!」



 聡平そうへいは手にしていた封書を乱雑に開封すると中身を校長へ見せつける。それから結果を見ないうちにビリビリと破った。彼なりの結果など確認せずとも分かるという意思表示だろうか。



「ふむ。心意義は買いたいところだが、それは一応大事な書類なんだ。それがないと……」


「ひぇっ! な、ないと……」


「もし仮に君のバンドが選ばれていたとしても、取り消しは十分にあり得る。それに私は言ったはずだ。同好会のみんなで確認するといいと」



 聡平そうへいの手から今さっきまで封書だったものがバラバラと溢れ落ちた。



「あのー、なんとかならないでしょうか。本当はもう一枚控えがありましたーとか、ドッキリでしたーみたいな」


「私がそんなユーモアに富んだ人間に見えるかね?」


「見え……なくも……。いえ、もういいです。失礼します」



 聡平そうへいはしゃがみ込んで散らばった紙をかき集めると、部屋から出ようと踵を返す。



「最後に一つだけ。仮に俺たちが選ばれたのは、りんくんをムジデラに出場させるためだったとしても、構いません。ただ、そのことを俺や他のメンバー、選ばれなかった相手に匂わせるのだけは間違っていると思います」



 それから礼を一つ、校長室を後にした。



「お疲れ様。何か言われたりとか、変なことされたりした?」


「っふぇ! 凛くん!?」



 聡平そうへいが校長室から出てくるや否や、出待ちしていたりんが飛び出してきた。「もし、されてたとしたら恥ずかしいくて言えないよ!」とは反射的にも言えなかった。いや、変なことって一体なにさ!



「どしたの変な声出して。何そのぐちゃぐちゃの紙たち、見せてよ」


「あ! これはその……」



 凛は聡平の手から紙を奪い取る。それから、壁に手をつきながらバラバラの紙を元の形へ直し始めた。



「えーっと……力自慢大会の招待について。なにこれ、ボク読み間違えてないよね?」


「なんて!?」



 聡平そうへいは慌てた様子でりんへ体を寄せて、復元した紙を覗き込む。確かにそこへ書かれていたのは校内選考の合否ではなく、トンチキなイベントへの参加についてであった。



「へぇー。校長から、直々に、こーんな怪しげなイベントに呼ばれたわけね」


「そ、そうなんです! まったく困った話ですよ。ははは」



 先輩の目は鋭い。下から覗き込むようにして、俺の表情をじっと監視している。ジリジリと詰め寄られるうちに背中がピッタリと壁についた。逃げ場がなくなった俺がとれる選択は……。


 訝しげな両目により、見えない縄で縛られたみたいで、先輩から顔を逸らすことができなかった。先輩の人差し指が伸びてきて、俺の胸に触れるか触れなかの所で止まった。心臓が跳ねた反動で指先に触れてしまうのではないかという変な緊張が走る。



「まぁいいや。破ったってことは参加する気はないんでしょ」



 先輩は突然興味がなくなったみたいに、ぽいっと俺から離れていく。閉塞感から解放され、収まると思っていた緊張はそれでも解けなかった。それどころか、先輩との距離が空いた分だけ妙な焦燥感が胸を埋め尽くした。



「い、いいんですか。もし、お、俺が! 校長からよからぬ手引きをされていたり、持ち掛けられていたりし──」


「別に構わないよ。誰にどんな意地悪や提案……いや、唾をつけられていようが許してあげる。ボクと音楽やるんでしょ。他の誰かに脅かされるような生温い約束を交わした覚えはないから、最後はちゃんとボクの所へ帰って来るって信じてる」



 先輩は言い終わるとスタスタと綺麗な姿勢のまま歩き始めた。


 しっかりと校長に変なことをされていたことに気がついた。先輩の言葉を受けて頭に刺さっていた針が抜けるように、気分が晴れてきた。俺は一度深呼吸をしてから先輩の後を追った。


 聡平そうへいりんが部室へ向かうと、中にはすでに茸木なばきと田中が待っていた。彼らはなぜか教室の一番はじ、二人が入って来た教室の後ろ側の扉とは一番遠い場所で肩を寄せ合っていた。


田中はりんが入ってくる気配をサッと、いち早く感じ取ると、すぐさま彼の元へと走り出して封書を押し付けた。



「先輩! これ! 選考会の結果です!」



 田中はすぐさま教室のすみっこへと戻っていく。



「なんだよ、その爆弾みたいな扱いは。これはお前らの大事なもんだろ」


「え……。だって、結果が書いてあるの怖いじゃないですか! 部の代表として取りに行っただけでも相当怖かったんですから。第一、音楽の先生に何をしたらあそこまで嫌われるんですか? 『来たのが田中君だけで良かったって』なぜか感謝されたんですよ。 怖いよ!」


「は? それ以上ウダウダ言ったらAIにするからな」


「久しぶりに出たよ、先輩お決まりのやつ!!! あ、ツッコミとしての性分が……」



 りんはいい度胸だと言わんばかりの嫌な笑みを浮かべる。すると、聡平そうへいはそんな彼の前に立って手を差し出した。



「凜くん。開けないなら、俺が開けてもいいかな?」


茸木なばきはそれでいいのか」


「……オレも志之しのが適任だと思う」


「そうか? こいつさっきは、貰った手紙破いてたぞ」


「「え?」」



 凛の思わぬ密告に茸木なばきと田中はきょとんとする。


 ──うわー、先輩のいやーなところ出てるって!


 俺はさっき校長室であったことを選考については伏せて、二人に話した。



「なに、力自慢大会だって! ピッタ」


「タナショー、多分だけどその件はもう終わってるから……」


「メタいよ! いち志之ファンとして触れないわけには……。まぁでもね、まじめな話。中堂なかどう先輩が開けないっていうなら、僕も志之しの君に開けてもらいたいな」


「オレも意見は変わらない……」


「だってさ」


 俺は先輩から封書を受け取った。同じ封筒をさっき受け取ったばかりなので、少し不思議な感覚がする。今度は破かないよう……いや、そんな力が暴走するキャラじゃないから!


 二度目のへんてこな勧誘ではないことは、硬質紙の触り心地から分かった。中から一枚の紙を取り出して息を整える。もう校長の前で啖呵を切ったときから覚悟は決まっている。俺は手紙を開く。



「──合格だってさ!!!」



 すみっこにいた二人は彼の声を聞くと、駆け寄ってきた。それから肩を組んで喜びを共有する。



「「「やったよー!!!」」」


「よくやったな。……ありがと」



 凜は三人の横で珍しく、控えめではあるが労いと感謝の言葉を口にする。



「ほら、凛くんも一緒に!」


「そうですよ。参加したくてもできなかったんですから」


「……こないなら、AIに」


茸木なばき。お前の気持ちはよくわかった。二人ともしっかりそのアホ押さえとけよ」


「「了解!」」


 りんは三人の元へ、主に茸木なばきの方へ飛び込んだ。


「ぎゃああああああああああ!」


 部室は四人の活動が始まって以来、最大の盛り上がりでいっぱいになった。

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