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天使みたいで悪魔みたいな先輩とはじめる音楽活動  作者: シンシア


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第二十二話 勝つ。より多くの人に届けるために

 夏休み明け最初の活動日。一度いつもの部室に集まった軽音楽探求会.は音楽室へと移動した。教室棟の五階、教室三つ分を一つにしたぐらいの広さがある部屋だった。ここで今からムジカデラーニモの校内選考について詳細が話される。


四人が音楽室に入った時には誰もいなかったので、聡平の提案でとりあえず一番前の席に並んで座っておくことにした。程なくして後ろの扉から音楽の教師は姿を現した。眼鏡をかけた神経質で気難しそうな女性はカツカツカツとヒールを鳴らしながらはきはきと口を開いた。


「えー、軽音楽探求会のみなさん。今日は──」

「せんせー、正式名称でお願いしまーす」


 りんが手を真っ直ぐにあげながら指摘した。凛の姿を確認するなり、彼女は目を丸くさせた後、わざとらしく肩をおとした。


「はぁ。軽音楽探求会……全曲、不歌唱、体質者の、ための。の皆さんに今日は手短に説明があります」

「モチベがだだ下がりしてる!」


 田中がいつもの調子でツッコミを入れる中、聡平そうへいは隣のりんにこっそりと耳打ちをする。


「先生と仲悪いの?」

「ああ、一方的に妬まれてる」

「うわー、じゃあ気が合うかも」

「あ゛何でだよ」

「凛くんの歌が好きってことじゃん」 

「んなわけねぇだろ」


 なぜだか嬉しそうな聡平そうへいと、全く先生の話なんて聞く気のないりんを無視して話は進んでいく。先生が二人を注意する素振りはなかった。どうでもいいから一秒でも早く終わらせたい、という意志を強く感じるような姿勢である。


 校内選考に参加するのは音探と凛の元バンドメンバーである。二週間後に両者の生演奏を聞いた後、学校が用意した審査員の教師によって、どちらのバンドが学校を代表してムジデラに出場するかを決める。演奏する曲は……。


「両バンドには一曲だけカバー、オリジナル問わずインスト楽曲を演奏してもらいます。その際、中堂凛なかどうりんは参加しないものとします」

「え? どうして!」


 腕組みをして不貞腐れた態度を取る凛の代わりに聡平そうへいが声を上げる。


中堂なかどう君のボーカリストとしての才と技術は私もよく知ってる。何も歌うことがボーカルの務めじゃない。ボイスパーカッション、スキャット、口笛など、彼をインスト曲に組み込むことは容易です。その上で考えてみて下さい。彼がいるバンドといないバンドが競い合うんです。正常に判断を下せると思いますか?」

「それは……」


 理屈はよく分かる。冗談抜きに俺は先輩が世界最高のボーカリストだと思っている。演奏が同レベルだと仮定して、優劣をつけるとすると先輩がいるバンドの方が目を耳を引くのは仕方がないことだ。


 りんは口ごもる聡平そうへいの腕にポンと触れた。


「分かりました。ボクは本番の演奏には一切参加しません」

「え、中堂なかどう先輩マジか……」

「先生、流石におかしな話じゃないですか? 中堂先輩は僕たちのバンドの一員ですよ。その彼が参加できないというのは──」

「いいよ田中、ありがとね。──先生どうせ、こっちが負けたらボクはあいつらのバンドに強制加入とか言うんですよね」


 先生は悪びれる様子もなく、フンと鼻を鳴らす。


「言い方が悪いですよ。貴方には交渉の場に応じてもらうつもりではありますが、あくまで自由意志です」

「こうでしょう。ボクが応じなければ音探.は廃部。この部の新しい活動内容の軸であるボク居ないなら部としての存在意義がないとか、元々認可されるべき同好会じゃなかったとか。理由なんていくらでも付けられる。どうにかして、先生たちはボクを昔のバンドに戻したいわけだ」


 りんは分かりましたと条件は飲んだものの、言いたいことを言わずして引くつもりは毛頭なかった。そんな彼に彼女は負けじと説得を試みる。


「違いますよ。この子たちにはまだ来年がある。中堂なかどう君と彼らには今年しかないでしょう。君にも彼らにも地力がある。ムジカに出さえすればきっといい結果が得られる。お互いが最高の歌い手、最高の楽器隊を探しているのでしょう? 本気で音楽をやりたい、自分の歌をより多くの人に届けたいと言っていた君が、彼らの誘いを断る理由が果たしてあるのでしょうか?」


 りんに迷いなど微塵もなかった。彼は聡平そうへいの顔を一度見ると、席を立って先生にぴしりと向き直る。


「ボクがみんなの方を選んだんです。勝つために。彼らとより、みんなと組んだ方がいいとボクが決めた。それと先生は一つ勘違いをしています。自分の歌を多くの人に知ってもらいたい。確かにそう言いました。ですがそれは二年前のボクがです」


 凛は一度呼吸を整える。


「ボクはムジカデラーニモで志之聡平しのそうへい、彼の歌をたくさんの人へ届けたいんです」

りんくん……」


 りんは座っている彼の背中に手を添えながら胸を張る。



♦︎

 ──カチャリ。


 部室に戻ってきた四人は伸びをしたり、肩を回したり、体をほぐしつつ緊張感からの解放を実感していた。


 不安だった。楽勝だとは思ってなかったけれど、先輩が隣に居てくれれば校内選考もなんとかなると思っていた。先輩がいない中で三年生と競い合わなければならない。そう考えただけで胃が痛くなる。


自分のせいで先輩がムジデラに出場できなくなるなんて考えたくもなかった。形ばかりの脱ぎ捨てた緊張感はすぐに俺の肩にかかってくる。すると突然、先輩の邪悪な笑いが耳に入る。


「あいつらも馬鹿なことしたよな!」

「えーなに! 中堂なかどう先輩壊れちゃったの?」

「……分かる。オレも中堂先輩抜きでの演奏なんて想像できない……これじゃあ勝負にならない……」

「お前らふざけるのもいい加減にしろ。あいつらはボクを参加させなければ勝てると思ってんだ。ボクがありがたく教えてやったのに、最後まで重要な演奏内容に気がつかなかった」

「演奏内容?」

「ああ。うちのコンポーザーを誰だと思ってんだ。志之しのが得意なのはバンドアレンジじゃねぇ。多彩な楽器、音色を組み合わせたインスト楽曲だ。なぁそうだろ?」


 全く高すぎるハードルだ。先輩が歌声により引っ張っていたものを今この場で託されたのが、チャンネル登録者三十四人のアイリスの曲。タケとタナショーが知ったらどう思うか。それなのに先輩はニヒルな笑みを俺に向ける。


先輩だってそうだ、アイリスが俺だって知らないくせに。カラオケボックスで吐露したのは間違いなく俺じゃなくてアイリスの方だった。あの日、彼は(俺は)先輩に助けられた。もう一度がむしゃらにやってみようと思えた。


「うん。恐くて不安で投げ出したいけど、どうせ俺の足じゃ凛くんに捕まるだけだし、やれるだけやってみようかな」

「ああ、期待してるよ」


 凛は聡平にやんわりと言葉を投げると、田中と茸木なばきの方へ歩き出した。


「お前らも二週間死ぬ気で練習しろ。逃げたら地の底まで追い回してAIにするからな」

「やっぱり志之しの君にだけ甘いよ! AIにするってなに! いや、詳しい内容は全然聞きたくないけどね!」

「……きっと先輩は世界の裏の権力者と繋がっていて、そこへ俺たちを送りこんで、おしゃべりロボットとして改造する気なんだ……」

茸木なばき君も頼むから、ワケわからないことを言わないで!」


 音探の楽器隊である三人はこれから二週間でインスト楽曲を一曲仕上げなければならなくなった。

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