第二十話 選ばれしギター
「軽音楽探求会.」の四人がオリジナル曲の練習に取り掛かり始めてから早数週間。夏休みも終わりに差し掛かる頃。会の雰囲気は熱を帯びながらも少しばかり荒々しかった。オリジナル曲はカバー曲とは違って、思うように上達する素振りが見られなかったからだ。それはなぜか。
世間で流行る楽曲には、それだけの分かりやすさ。いわゆるキャッチーさがある。煌びやかで重厚、複雑に聞こえる音の数々も、一つ一つ分解していけば、簡単なフレーズの積み重ねによって形作られている場合が多い。それに比べて聡平の曲は、誰も知らないようなインスト楽曲のバンドアレンジ。弾きやすさやスムーズさを考慮できるほどの作曲経験もない。二つの曲を演奏のしやすさで比べれば一目瞭然であった。
大事に育て上げて化粧を施し、多少のおめかしをした完成版の音源上ではよく聞こえても、実際に人が演奏するとなるとなんか違うという現象が起こっていた。それが顕著に現れているのがギターだった。
そのギター問題を解決するべく、凛と聡平は茸木の練習を引っ付くようにして見ていた。
「なんか迫力がねぇな。単音のフレーズやコードのジャカジャカは悪くないんだが、あの音源だと、こんな風に聞こえなかったんだよな。茸木、やっぱりお前の気合いが足りてねぇんだろ」
「……グハッ。言い返す言葉がないぞ……」
「まぁまぁ。タケはきっちりできてるんだと思う。元々の曲が……みたいな話は置いておいても、どちらかというと俺の方に問題があるきがして──」
先輩が言及している部分は、俺が勝手にタケ用に演奏を直した部分だった。そもそも、バンド用に直す前はマリンバやシロフォンなどのコロコロとした楽器が担当していた。それをバンド用に直す際にギターのタッピングという弦を軽く押して音を鳴らすもので補った。
「──タケの技術面を考えて、そこの部分はアルペジオに変更したんだ」
つまり、聡平はタケの演奏レベルを考慮して今の実力で弾ける程度のアレンジにとどめたわけだ。なんかギター違う問題の一因としては十分あり得ることである。
凛は聡平の説明を聞くと、明らかに嫌そうな表情を浮かべた。
「ボクは茸木なら、それぐらいできると思ってる。あのな……まだ、ボクがこいつを誘ったのが、ただの偶然だって思ってんのか?」
「先輩……まさか! いやそんなワケはない!」
「凛くん、タケを連れてきたのは顔が良かったからって言ってなかった?」
「そ、そうだったな……。でも、こいつには隠れていた常人離れしたスキルが一つあるだろ」
「あ!」
タケの常人離れしたスキル。俺も先輩に言われて一つ思いついた。それは──
「……ふふ、ついに中堂先輩、いや凛神様はオレの隠れた才能に気づいてしまわれましたか。そう、ではここで宣言させて頂くとしよう。オレの卓越した最高のスキル。他の者よりも秀でたもの。それはユーモアセ」
「器用さだ、バカ。一個発表するのにしてはセリフが長えんだよ。なに、お前のどこになんの何があるって?」
「……グハッ!」
茸木は両膝と両手をついて、ガクリと肩ばかりか、体が重力に負けたような体勢だ。
タケの器用さ。確かにボランティア活動で見せた折り紙の腕は相当なものだった。あれは神業と読んでも差し支えがない。それに、タケが驚くほどの速さでギターを習得し始めている要因の一つには、間違いなく自由に動く指が関係していると思う。
少しばかり姿勢やギターの構え方を改善しただけで、すぐにストレスなく、しっかりと押弦することができた。ギターを始める難しさの一つに、そもそも指先が思ったより自由に動かせないという問題があるぐらいだ。
「これは言い過ぎかもしれない。だけど言う。ボクはこいつの指にはギタリストしての素質が詰まっていると思ってる。だから、ボクはこいつを信じて、お前が考えた全てをやらせたい。たとえ指が引きちぎれようともこいつは弾くさ。どう思う?」
先輩は隣で落ち込んでいるタケと比べようがないほど、生き生きと堂々と意見を主張した。その姿は眩しくて、不要な優しさを大切な仲間へ押し付けた自分が酷くちっぽけに思えてくる。このままで言い訳がないと、手を差し伸べてくれているようだった。
「不甲斐ない作曲者でごめん。演奏者の力量を勝手に判断して、決めつけたのは恥ずべきことだよね。指は引きちぎらないで欲しいけど、タケのことはもっと信じたい」
凛は決意を固めた聡平に満足気な微笑みを返す。それから、まだ伏せている茸木へ目を向ける。
「おい、いつまで寝てんだ。うちのコンポーザー様がこう言ってんだ。今日はボクがお前のギターにみっちり付き合ってやるよ。喜べ、最高の歌を独り占めだ。さっさとギター構えろよ」
凛はそう吐き捨てると、マイクを取りに行ったのか教卓の方へガニ股で歩き出した。
「志之ぉ……オレ、今日で終わりなのか……」
「そんなことないって。俺もしっかり付き合うからさ。まずはピックの持ち替えとか隠し方から詳しく教えるから」
「なんかさ、オレ変なんだ。いつもならこう、ボケた後スッキリするのに今日はなんだか……」
「ずっと、僕もここにいたよ!!!」
坊主頭の田中が必死に自分の存在を主張した。
「田中、もっと早くあのバカ止めろよ。お前のツッコミが必要なんだ」
「僕ってもしかして、まさかのツッコミ採用!」
「よし、志之。改めてオレからも頼む。教えてくれ」
「うん。精一杯頑張るよ」
こうして四人揃って、今日はいつもよりも長い活動をすることになった。
もう日が暮れた頃。ヘトヘトの茸木と付き添いの田中を先に帰して、凛と聡平だけ後片付けのために部室へ残った。聡平が机を動かしていると、凛から声がかけられた。彼は手と足を動かしながら耳を傾ける。
「聡平、歌詞の進捗を聞いてもいいか?」
「あー。凛くんも早く、ちゃんとした歌唱練習したいよね。もうどんなことを書きたいかは大体決まってて、入れたい言葉も沢山思いついてる。だけど、まだまとまりがないっていうか。地に足がついてない感じなんだよね」
「役者も裏方も台本もあるが、舞台がないって感じか?」
「いい喩えだね。そんな感じかも」
机を動かした後は、機材を隣の教室に運び込む。聡平は教卓でケーブル類を纏めている凛の所にある、機材を回収しに行く。
「カラオケボックスで言ったこと覚えてるか? 音楽のことは口出さないけど、話を聞くことはできるって」
先輩の気づかいは嬉しかった。待たせている身で言えたことではないのかもしれない。それでも今日のタケを見ていたら、自分も先輩に選ばれた人間であり、その期待をしっかり返したいと強く思った。
「うん、覚えてる。ありがとね。だけど、作詞は凛くんが任せてくれたことだから、悩んで苦しんででも自分だけでやりたい」
「そういうと思った。だから、ボクもボクのしたいようにサポートする。頭の片隅にでも入れとけよ」
「う、うん。分かった」
聡平は凛からケーブル類を受け取ると、機材と一緒に抱えて、部室から出た。
凛は自分の髪の毛の先をいじりながら、一人残された部室の中で一つ深い息を吐き出した。




