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天使みたいで悪魔みたいな先輩とはじめる音楽活動  作者: シンシア


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第十七話 軽音部なんてないさ

 今日は夏休み期間に入ってから初めての「新・ボランティア同好会」の活動日。四人揃っての活動は近所の商店街で行ったボランティア活動兼ライブ以来であった。


聡平そうへいりんに会うのはカラオケ以来なので、ほどよい緊張感を抱えながら部室へと歩みを進める。いつも通り部室棟の階段を昇って、廊下を歩いていると、部室の前には見覚えのある人影が二つ。


「お! 二人とも久しぶり。部屋の前でどしたのさ?」


 聡平そうへいは手を振りながら、おかっぱ頭のりんとマッシュヘアの茸木なばきへ声をかける。二人はそれぞれ彼に向かって返事をする。


「それがね、田中が鍵を取りに行ったんだけど全然帰ってこないんだよねー。全く困った代表……って言いたい所だけど、多分先生に色々と言われてるんだと思う」

「えー! もしかして活動報告書に何か不備があったとかですか?」

中堂なかどう先輩、十中八九この同好会のことですよ。こんな出鱈目な活動が通るわけないんですよ。それにあのことも……」

「じゃあ同好会の名前変えましょうよ。軽音──」


 聡平そうへいが軽音楽同好会への改名を提案していると、坊主頭の田中が息を切らしながら廊下を走ってきた。


「……中堂、先輩に、聞かなきゃ、いけない、ことがある」

「──実はオレもある……」

「うん。今日は再スタートって訳だし、二人の疑問点にはなるべく答えるよ」


 田中が鍵を開けると、りん茸木なばきは部室へと入っていく。聡平そうへいは何かを知っていそうな他の三人に対して疑問符を浮かべる。自分だけ知らない何かを知っている二人に対して、むず痒しさを隠しきれない様子で辺りを見渡す。


「ほら、志之しのくんも入りなよ」

「う、うん!」


 聡平そうへいは田中の手招きによって、ようやく部室へと足を踏み入れた。


 ──ガチャン。


 室内に鍵がかかる。四人は自然と教卓の方へ移動して、りんのフルコーラスを歌い切ることができない体質について質問をした時のような形になる。教卓に座る凛とその前の席につく他三人といった状況だ。


まずは田中が先生から言われたことについて。


「僕が言われたのは二点。一つ目はボランティア部からの苦情がきたこと。まぁ要約するとふざけた名前はやめろってことだね。二つ目は『ムジカデラーニモ』の出場について。同じ学校からは一つのバンドしか出場できないみたいなんだけど、既に出場を希望してる団体があるらしくて、一度校内で選考会をするみたいだよ」


 同好会の申請書を提出した段階では、口頭での注意程度でおさまった名前についての指摘。想定される被害元であるボランティア部からの真っ当な主張とあれば、早急な対処を迫られるのは間違いなくこちらのふざけた名前の同好会の方であろう。


「一つ目は妥当だよね。俺がボランティア部だったら喧嘩を売られてるとしか思えないよ」

「選考……。関門が増えた……」

「くだらねぇな。誰がどう決めんだよ。こんなのボクがいる方が参加の権利を勝ち取るに決まってんだろ」


 田中の言葉に対して三人は雑に思いをぶつける。そして、まずは一つ目について。なぜ「新・ボランティア同好会」という回りくどい名前を使ってまで、音楽をやらなきゃいけなかったのか。これを深掘りするために、田中はとある質問を凛に投げかけた。


中堂なかどう先輩。二年前、この学校に軽音部があったというのは本当ですか? そして、先輩は軽音部に入ってたんですよね?」

「ああ。確かに存在したし、ボクがそこに入ってたのも本当だ」

「ええ!」

「……え、志之しの知らないのか。すまん、俺は部室で例の先輩から聞いた」

「ちょっと待って、何も言われてないって言ってなかったっけ?」


 茸木なばきは申し訳なさそうに聡平そうへいへ向かって頭を下げる。


「驚いただけだから、頭なんか下げないでよ。多分俺に変な心配をかけないようにだって分かる。それでも今日は活動に来てくれたんだからさ」


 それなら絶対に他にも何か言われたはずだ。先輩のことや、存在した軽音部のマイナスなことを。タケを辞めさせて先輩を困らせることが目的だったのかもしれない。少なくとも俺はあの先輩?に良いイメージを持てない。


「軽音部自体になにか深い闇があるワケじゃねぇ。一言でいえば、ボクが悪いだけ」


 りんは改めて聡平そうへいたちの方へ向き直ると、過去のことを思い出すようにしながら話を始めた。


 りんの口から語られるのは二年前にあったといわれる軽音部についてだった。現二年生である田中たなかが入学した年に消えた部活。つまり現三年生と教師しか、その存在を知らない幻の部活についてである。


 総部員数三十人で六つのバンド。それほど大きくはない軽音部。そこに入部してきたのが一年生の中堂凛なかどうりんだった。


この頃から今と変わらずおかっぱ頭で、天使のようにも悪魔のようにも思える見た目と内面。言わずもがな彼の歌には類い稀な力があり、人を強く惹きつける危険な魅力があった。


遺憾なくボーカルとしての実力を発揮した彼は、入部早々に全てのバンド、同級生から勧誘の声がかかった。だが、どんなバンドへ参加しても彼の才を引き出すには至らない。彼が共に一番を目指そうと思えるバンドは一向に見つからない。


それどころか、彼と関わると強い口調や、不遜で横暴な態度と性格が影響して、最終的には心を蝕んで部活を辞めていってしまう。それでも、残った気概のあるバンドはあったが、結果的には一人違わず退部をする道を選んだ。そして、一人ではバンドを、軽音部にいることは残念ながら叶わない。


新入生のりんがあの部室の扉を叩いてから、部員数がゼロになるのには、一年と掛からなかった。


「ボクはそれでも続けようとした。部員数に下限がない同好会に落ちて活動を縮小した上で続けるって選択肢もある。四月になれば新入生も来る。あのうざったい勧誘の時期だ。その光に漏れた一人や二人ぐらいは釣れんだろ。だけど、学校はボクにそれを許さなかった。また作っても壊すだけだと軽音部への一切の介入を禁じた」


 容易に想像はできてしまう。俺だって悩んでいる時にりんくんのきつい言葉を受けたら、むっとするし、言い返したくもなる。実際そうした。タナショーも酷い言われ方をして教室を飛び出した。それがきっかけになって同好会はあわや解散になる可能性もあったわけだ。


 その唯我独尊さがなくても、先輩の歌は音楽に触れている者にとっては劇薬だ。喉から手が出るほど欲しい反面、その魅力に近づき知らずのうちに自身を焼いてしまうこともあるだろう。


ボーカル志望の面々は直でその差を感じ、楽器隊志望はどうやっても自分ではこの歌を支えることができないと悟る。全く、嫌な想像だったらいくらでも浮かぶ。


「唯一残った……とある同級生らも、ボクのワンコーラスしか歌えない体質。この身体のことを知ると、今までの関係性はあっという間に無くなった。人の気持ちは簡単に反転する。元からボクの高くとまった態度が気に食わなかったんだろうな」


 彼はワイシャツの胸の辺りをぎゅっと掴みながら声を絞り出す。その悲しげな姿の前で三人は口を開くことができなかった。


「ボクが軽音部を名乗れないのは、ボクが軽音部を壊したから」


 色々と自分の中で繋がったことがある。ライブをするのに、ボランティア活動の隠れ蓑が必要だったワケ。わざわざ音楽未経験者の二人を探し集めたワケ。


ん? 俺はなんで呼ばれたのさ。オリジナル曲を作るのに必要だったから? 単純に、西門で聞かせた曲が良かったから?


 聡平そうへいが頭で色々と考えている間に茸木なばきが沈黙を破った。


「……そうか、あの先輩が言っていた『中堂先輩は危険なやつ』っていうのはこういうことだったのか……」

「だろうな。あいつらボクがまた音楽をやることを良く思ってねぇようだな。まぁ当たり前か。言われたさ『一曲まともに歌うのが限界なお前がどうコンテストに出るんだ』ってな」


 自嘲するような投げやりな態度なりんに向かって今度は田中が声を出す。


「僕も先輩の内面は大嫌いだ。悪魔みたいな中身なくせに愛らしい見た目も合わせて嫌い。でもそれ以上に、初めてここで聞いたあの歌声が頭から離れない。なぜだか力が湧いてきて、体の内側が熱くなる。分かんないけどさ、良い音楽ってこういうのを言うんでしょ。ねぇ、そうだよね、志之しの君!」


 突然、俺へお鉢は回ってくる。タケとタナショーが俺へとまっすぐな視線を向けていることに気がつく。なんで、こんなに俺から何かを聞きたい顔をするんだ。そんな顔しても俺が言えることなんてせいぜい……。


「──俺は作りたい。はじめは凛くんの為に曲を作りたかった。凛くんを輝かせる為の曲。でも、今はこの四人全員が輝ける曲じゃなきゃダメなんだって思う。この四人の為の曲が作りたい。だけど──強制できない。俺は凛くんみたいに魅力がないから、皆んなに黙ってついてこいって言うだけの力が……」


 タケとタナショーには申し訳なさがあった。二人は成り行きで無理やり参加させられただけ。そんな二人に音楽を強制することが健全であるわけがない。絶対にいつかガタが来る。そう思ってた。


 俯く聡平そうへいの腕を田中が掴む。


「何言ってんだよ。志之しの君がいなかったら、とっくにこんなクソみたいな同好会辞めてるよ!」

「え」


 茸木なばきも席から立つと、聡平に体を寄せる。


「そうだぞ。確かに入部のきっかけは先輩だった、強制だし……。だけどオレはお前にも惹かれている部分がある。志之はオレに光を当ててくれるから……」

「そ、そうだったの……」


 ドスン。凛が教卓から飛び降りた。


「いちいち湿っぽいんだよ! 結局変わらねぇんだろ。志之しのは作曲と全体の補強。茸木なばきは指千切れるくらいのギターを弾く。田中は死ぬ気でドラムを叩く。ついてこれねぇ奴はAIにする。なんか違うか!?」


 凛は三人へ指を突き立てると、自信満々に胸を張って見せた。その姿を見た聡平は吹き出すように笑った。


「ははは。湿っぽくしたのは凛くんでしょ。でも良いや、こっちの方がらしくて元気が出る」

「どんだけ自分勝手なのさ! ちょっと、志之しの君も笑ってないでさ! 神様にでもなったつもりなの! 凛様だよ、凛様!」

「……辞めていかれた先輩たち、ご愁傷様です。オレもすぐそちらへ……」


 聡平そうへいはお腹を抱えて笑い、田中はおかしな二人へのツッコミに奔走し、茸木なばきは両手を合わせてどこかのだれかへ祈りを捧げる。そのどれもに凛を糾弾する意思は感じられない。凛はその様子を見て優しい笑みを浮かべるのだった。


 今の新・ボランティア同好会にあって、昔の軽音部にないもの。それは志之聡平しのそうへいという底無しのりんへの渇望を持った、底抜けに明るいクッションのような存在なのかもしれない。

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