第十六話 カラオケ・ビフォーサマーバケーション
今日は夏休み前最後の登校日だった。明日から何をしようか。そんなことを考えながら、ぼんやりと一学期の終業式に参加し終えた。教室から出て階段へと向かう廊下。階段を降りて下駄箱まで向かう道が酷く長く感じた。
ぼんやりと考えたこと。朝から晩まで曲作れるな。それぐらいのことしか思い浮かばなかったけど。自分の中では、それが大切な事だった。
最近は同好会の活動をしていないので、家に帰ったらパソコンへと向かう日々だった。不思議なもので、やめていた作曲はバンド活動のようなものをしているうちに、自然と再開することができた。
元々、何か明確に理由があって音楽をやめたわけじゃなかった。ただ、俺のインスト音楽なんてインターネットに投稿しても、誰も聞かないことに気がついたからだ。聴いてもらうどころか聞いてもらえない。見てももらえない。どう発信したらいいかも分からない。
ただ、数十回再生で停滞する自分の作品を見ているのが辛くなった。それだけだった。でも、誰もじゃなかった。再生回数が一回る度に最低でも必ず一秒程度は自分の作品に目を向けてくれる人がいる。ゼロじゃなかった。
強いて言うなら。たくさんの人に届けたいという陳腐な理想のせいで、今届いたかもしれない人のことを考えられなくなった自分に嫌気がさしただけだ。
「おーい志之、大丈夫!?」
ハッとした。あの日から一日たりとも忘れたことなんてない、ただ一人の声だった。気がつくと先輩は、俺の腕を掴んで顔を下から見上げていた。
「う、うん。──ちょっとぼーっとしてただけだから」
「そう? なんか俯いて恐い感じだったから、何かあったんじゃないかって」
「心配かけてごめん。凛くんこそ、またどうして一年の下駄箱に?」
「あ、そうだった。志之さー、今日これから暇? いや暇だって言って。お願い」
先輩は目を瞑りながら、顔の前で掌を合わせる。「おねがい!」が小さな体から溢れているのが分かった。予定らしいものは無いけれど、先に何が目的なのかが知りたい。その内容によっては急用ができるかもしれないのだから。と普段なら考えた。だけど、先輩からの誘いならノータイムだ。
「ないよ! 是非、ご一緒します!」
「やったー、嬉しいよ。じゃあこれから直行するよ」
「直──。はい、行きましょう!」
どうせ、何処へだって一緒に行くのだから、余計な問答は省いた。拳を上げてGOサインを体で表現する先輩。俺たちは揃って学校を後にした。
鈴が元商店街とは反対側の歩道を通る。こっちは学校の最寄り駅がある方面。すなわち通学路というわけだ。ずんずんと進んでいく先輩について行くと、見慣れた駅が姿を見せた。電車に乗って移動するのかな。
「あーどこ行くの。電車じゃないよ。すぐそこ」
先輩が指差す方には、低めの駅ビルがあった。
「心配しないで、もちろんボクの奢りさ。意外と話をするにも便利な場所なんだよね。何より、ボクたちみたいな奴らにとってはね」
言われるがままにビルに入り、エレベーターで二階に上がる。迎えてくれるガラスの自動ドア。そこを潜ると質素なカウンターと暇そうな定員さん。それと貸し出し用と張り紙付きのマイクスタンドと分かりづらい料金表。そうここは──。
「カラオケボックス!?」
──ガッチャン。
少しばかり重い扉は閉まる。薄暗い個室。壁の三辺に沿う大きなソファー。外行き顔のアーティストたちはモニターの中。
凛が聡平を連れてきた場所はカラオケボックスだった。二人は四角いテーブルを挟んだ場所にを腰をかける。凛は聡平の顔を一度確認すると、棚からマイクを2本とタブレット端末を取り出して、テーブルに置く。
そして、手慣れた手つきでタブレットを操作して曲のリクエストを送信する。陽気なアーティストたちの映像はぶつ切りに、映像が切り替わり曲のタイトルがモニターには現れる。凛はマイクを手に取り、歌う。聡平は何を言うわけでも、するわけでもなく、ただ体を揺らしながら彼の歌に耳を傾ける。
ワンコーラスが終わると、凛は当たり前のように演奏終了の指示を送信した。彼はソファーにどかりと座り込むとタブレットを聡平の方へぐるりと向ける。
「聡平、何ボサっとしてんの? ボクの歌が素晴らしいのは分かるけどさ。早く次入れなよ」
「うん。だけど、俺はいいよ。そのー、上手くないし、今日は歌いたくない。凛くん次も歌ってよ」
「ああ、分かったよ」
何か言われると思っていた。「何で歌わない?」とか、「俺の言うことが聞けねぇのか」とか。でも先輩は、特に俺へ詰め入るわけでもなく、ただ短く返事をすると、またモニターを自分の方へ向けて、曲を入れて歌い始めた。
ちなみにさっき歌ったのも、今歌っているのも流行りの曲だ。先輩は流行りの曲が好きなのか。それとも、一応音楽をやる者として、大衆には今どんな音楽が好まれているのか常にチェックは欠かさない性なのか。俺は完全に後者の方でこの曲たちと知り合った。
凛はまたしてもワンコーラスで曲を終わらせる。
「何か思い詰めてるだろ? お前はいつも割とぼぉっーとしてるけど、今日のは何か違った。最近ろくに寝てねぇだろ」
「分かる? 色々家で曲作っててね。凛くんに頼まれたアレンジの件も上手くいってないし、悩んでることもあって」
「曲のアレンジの件は口出せない。ボクは聡平が作るものを信じてるし、その道のプロに任せるって決めてるからな。だけどその悩みの話を聞くくらいはできる」
「凛くん、ありがとう」
自分の作ったものをたくさんの人に見てもらいたい。だけど、自分の理想は曲げたくない。理想とは。創作者とはこうあるべきだという、頭だけは一丁前の創作論じみた、それ以下の綺麗ごとだ。
例えば、SNSは作品投稿の通知にのみ使うべきだ。曲を聞いてもらったから聞きにいく、感想を貰いたいから感想を書くなどの相互評価はやめるべきだ。愚痴をファンに聞かせるべきではない。
などなど。俺が憧れる創作者たちから、勝手に教わって勝手に作り上げた。理想の創作者、いわゆる最強の創作者の像。
どうせやるなら、自分の思う最高を表現したい、その上で多くの人に評価されたい。やりたいことをやって、たくさんの共感を得たい。俺の奥底に巣食うのはいつも、そんな最低で身勝手な願望だった。
こんな願望を捨てて、もっと泥臭く自分の作品を宣伝すれば、きっと今よりもたくさんの人に作品は届くはずなのだ。分かっているのに、それができない。しない癖に何で聞いてくれないんだって自暴自棄になる。
こんなことを言うつもりじゃなかった。涼しい顔して、自分も歌えば良かった。何故か今日はそんな気になれなかった。俺はこんな悩みを先輩へ打ち明けた。
「想像以上にスレてんな。お前疲れすぎだ。多分、自分でも気づいてねぇだろ」
「そんなことないって。夜遅くまで作業して、次の日学校なんて、今までもあったし──」
「なら、こんなの悩みごとにもならねぇってなんでわかんねぇんだよ!」
先輩は突然、声を荒げた。俺はそれをさらりと受け流すことができなかった。
「ねぇ、いつもそうやって、人の気持ちを分かったような気になって。否定するのは凛くんの悪い癖だよ」
「あ゛おねむな奴にどうして説教されなきゃならねぇんだよ! そんなに知りてえなら、ボクが教えてやるよ、聡平の悩みの答えを!」
凛はソファーから勢いよく立ち上がると、彼の方へ人差し指をピンと向ける。
「お前は大層な道を選べる立場じゃねぇんだよ。泥でも何でも被って、やれること全部やれよ!」
先輩の言葉は俺の内側を抉り取るようだった。言葉自体の強さだけじゃない。そのぶっきらぼうな口調も相まって、ジュクジュクとした俺の内側は悲鳴を上げている。尻から伝わる硬いソファーの感触は歪む。
まるで、柔らかなビーズで埋め尽くされたクッションへ、身を委ねているかのように沈んでいく。俺の口から一つ出たのは深い溜め息だけ。
「見てみろよ聡平、あれに映るアーティストの顔。何が『──チャンネルをご覧の皆さん、こんにちわ』だよ。お前らこんな事言うために、まだ音楽やってんのかよ。歌ってることと、やってることがチグハグなのが売れるってことなのかよ。ボクは売れてなくても世間に対しての身勝手な鬱憤を歌うこいつらのことが好きだった……」
モニターを見つめる先輩の顔は悲しんでも、怒ってもいなかった。どこか誇らしげな表情だった。
俺もこのバンドは知っている。デビュー前は大衆を批判するようなことや、音楽一本で勝負しない同業者に対しての批判など。尖ったことを歌ってた癖に、売れたきっかけは音楽以外のメディア露出だった。
確か初めて出演したバラエティ番組で人気に火が着いたんだっけ。
思ったよ。なんだ、結局お前らが嫌っていたやり方で売れただけじゃん。理想も信念もあったもんじゃないなって。それでも彼らは今も尖った歌を歌う。それが大衆に受け入れられてるんだから大したものだ。
「好きなことやって、それが偶然世界に受け入れられたらいい。そう思うのは自由だ。お前の中でその理想ってやつが譲れねえなら、何があっても黙って曲を書き続ければいい。でも、作品を多くの人に届けるために必死こいて、宣伝して交流して動いているやつのことを馬鹿にして、自分はお高くとまって何もしないくせに、誰の目にもとまらないことを呪うのだけは間違ってる」
先輩の両目は決して逃がしてはくれなかった。今ここで「うん、そうだね。これからは聞いてもらうための努力をするよ」って言ってSNSのアカウントを作る? 名前はアイリスで。そうじゃないと思った。先輩の言ったことは正しい。俺の考えは間違ってる。でも、簡単に受け入れられるほど俺は性格がよくない。
「凜くんは、ああいう一貫性がない音楽、嫌いだと思ってた」
「ああ、嫌いだ。大っ嫌いなものより、今のお前はカッコ悪いって言ってんだ」
「じゃあ、どうしてモニターをあんな目で見つめてたわけ?」
「はぁ……。相当きてんな。嫌いってのはマイナスなことじゃねぇだろ。こと創作者においてはな。嫌いって思わされた時点で、感情を動かされたってことだろ? 創作者としてはそれだけで勝ちだろ」
「嫌いだけど、自分の作品を多くの人に届けるために正解な行動を取ったことは好きってこと?」
「まあ、だいぶまどろっこしくてわかりづれぇけど、そうだな」
凛は聡平へ湿度たっぷりな目を向けると、電子目次本でリクエストを送信する。先程の声色はどこへやら、違う人が入って来たみたいに、透き通るような声で室内は満たされた。ただし、一分と三十秒ほどの短い時間なのは相変わらずで。
「……ねぇ、少し言い過ぎたかも。ボク聡平のことたくさん傷つけたよね」
凛は突然目をうるませて、可愛らしい声を出した。
「きゅ──急にそんな声色使わないで、それ反則だから。言いすぎなことない、むしろ怒ってもらえてありがたいよ。ここまで真剣に話してくれると思わなかった」
「そ、そう? やだよ。口ではありがたいなんて言って、心の中ではウザいなコイツとか思ってたらさ……」
脳がバグるとはまさにこういう状況を言うんだと思う。脳どころか、体温まで訳が分からなくなった。熱いのか寒いのか。今まで膿んでいた体の中身が全部焼けて、炭になったみたいにスカッとする。俺は急いで、そっぽを向いて肩をすぼめる先輩へかける言葉を探す。
「結構グサって刺さりましたけど、ウザいなんて思ってないですよ。証明できないけど、信じてくださいよ」
「…………」
凛は同じ体勢のまま動かない。
正直、面倒だなって思った。先輩が何を心配しているのかが分からないからだ。タナショーに心ない暴論を振りかざした時みたいに、すんと構えて自分の言ったことは間違ってないぞって態度でいればいいのに。
「俺、カラオケ誘われて嬉しかったんですよ。凛くんの歌独り占めにできるなんて幸せ過ぎるし、とも──仲間と部室以外で過ごすの初めてだし。だから、こんな鬱っぽい話する予定じゃなかったんです。個室で思いの外安心したのかもしれませんね」
つらつらと思ったことを口にしていった。もしかしたら恥ずかしいことを言っているかもしれない。それでも、やめることはできなかった。
凛は聡平の想いをじっと聞き終えると、静かに顔を彼の方へ向ける。
「……じゃあさ、何か歌ってよ」
「わかったよ。下手でも笑わないでくださいね」
俺は向けられたタブレット端末をにらみつける。
何を歌おうか。十八番なんか持ってないから、雑に人気な楽曲の欄をタップして、歌えそうな曲を探す。俺はタブレットを操作しながら、向かいの先輩へ目を向ける。先輩は何故だか、すごいソワソワとしていた。
目ぼしい物なんてあるわけもないのに、ストライプ柄の壁をキョロキョロと見渡している。そんな先輩と目が合う。ハッとしたのか目を見開いた後、彼はすぐにあどけない表情で微笑んで見せた。
「ふふっ」という声が口元が漏れている。さっきまで、やけに真剣に怒ったり、冷静に言葉を並べていたのに、今はプレゼントを待つ子どもみたいだ。
ページを次へ次へと送っているうちに、歌えそうな曲が見つかったのでリクエストを送信する。向けられている視線が眩しくて、恥ずかしくなってくる。
大層な歌なんか歌えないのだから。今すぐやめてほしい。どうして、先輩はそんなにワクワクしているのかが全く分からない。自分の歌が一番だと思ってるくせに。
聡平のマイナスな思考を余所にイントロが流れ始める。凛は聡平に気づかれないように、こっそりとマイクを手にすると、座っている位置を変える。
「コ」の字ソファーの縦線の部分へそろりと移動した。そして、体を音に合わせて揺らしながら、彼の第一声を待った。程なくして聡平の歌が室内で響き始めた。
歌うことが好きじゃなかった。自分の声が好きじゃないし、単純に下手だから。頭の中のボーカルのイメージと自分から出力される声が違いすぎて滅入ってくる。中途半端に耳はいいので、微妙に音が違うことが分かるのがさらに気持ち悪さを加速させる。
簡素なカラオケの音源の中にいる、微かなガイドメロディに怒られているみたいな感覚に陥ってくる。平歌をなんとか乗り越えて、ここからサビへ突入する。恐くて先輩の方は向けないので、モニターを凝視する。
すると、突然左半身に衝撃が加わった。何が起こったかを確認するより先に、サビの歌い出しのタイミングはやってきた。俺は左へ顔を向けながら、息を吸う。
「「──もっと」」
そこにはマイクを構えながら、嬉しそうに歌いだしを叫けぶ先輩の姿があった。「えっ、近!」と思いつつも俺はそのまま歌う。背中へ回された腕と彼の重み。
すぐ近くで聞こえる綺麗すぎる声。そのどれもが俺に安心感を与えているようだった。いつもより、すんなりと声が出る気がする。ハモリではなく主旋律を歌ってくれているので、バンドで演奏する時みたいに先輩の声に身を委ねていれば、自然と気持ちよく歌えた。
サビ終わり間奏なしにすぐ二番が始まったが、そのまま二人はほぼユニゾンでフルコーラスを歌いきった。曲の途中、盛り上がってきた凜がコーラスをしたり、掛け合い部分を担当したりと終始楽しそうに歌っていた。
「たの──凛くん、大丈夫!?」
演奏終わり、感動を共有しようと聡平が凛の方を向くと、ボランティアの時ほどではないが、浅い呼吸を繰り返す凛の姿があった。
「……大丈、夫だから」
一番のサビから参加したので、ギリ許容範囲内だろうという凛の判断は正しく、すぐに落ち着きを取り戻した。
「ありがとね。今までで一番楽しく歌えたよ」
「よかったー。安心したよ。聡平想像以上に辛そうな顔してたから、無理に歌わせちゃったかなって心配になっちゃって。どうせなら楽しく歌わなきゃね」
「やっぱり凄いね。凛くんと一緒だと自分まで歌が上手くなったみたいに感じたもん」
「耳いいんだから、すこーし練習したら、もっと上手くなる気がする。まぁボクには遠く及ばないけどね」
凛は胸を張って、どうだといわんばかりの表情をする。
何だかスッキリした気がする。作曲のことも悩んでたことも全部歌に乗せてどこかへ飛ばすことができた。それくらい爽快な気分だ。
「ボク飲み物取ってくるよ。聡平の分もね」
「あ、俺行くよ」
「いいからいいから。座ってて音痴さん」
凛は立ち上がった聡平を静止すると、コップを両手に持って肩で扉を押して退出した。
「音痴さん……か」
驚くほどに、悪口には聞こえなかった。
ドリンクバーに行っただけにしては妙に時間がかかった後、凛は戻ってきた。少し神妙な面持ちをしている。それから一曲ワンコーラスを歌い上げると、聡平に向き直る。
「最近、部室で誰かと会ったか?」
「え? あー。最近でもないけど、前に凛くんを下駄箱で取り囲んでた内の一人と会ったね。忘れ物を取りに来たみたいなことを言ってた気がする」
「何か言われた?」
「いや、俺には特に。何か敵意向けられててね。タケとも一緒だったんだけど、彼も何も言われてないみたい」
「そうか」
先輩は何かを考えてるみたいに俯いた。
「何かあったの?」
「いや、なんでも……なくないが、聡平にだけ言えばいい問題じゃねぇから、時が来たらアイツらも含めて話す」
「うん、そっか。待ってるよ」
「ああ、助かる。──なぁまだ時間あるし、もう一曲一緒に歌うぞ」
「音痴さんでいいなら、付き合うよ」
「……拒否権ないから」
それから二人は二時間ギリギリまでカラオケを楽しんだ。
カラオケボックスを後にした中堂凛と志之聡平は近くの公園のベンチに並んで座った。公園には子どもやお年寄りの一人どころか、利用者は一人もいなかった。
「え、携帯持ってたの! 触ってんの見たことないし、二人と連絡先交換した時、参加してこなかったよね?」
「ボクのこと偏屈ジジイだと思ってんの? 現代人だぞ携帯ぐらい持ってる。それにちょこちょこ使ってるの聡平も見てるだろ」
「あれ、そうだっけ? でも、確かに言われてみれば使ってたような気もする。おかしいね俺」
凛はポケットから取り出したスマートフォンを彼へ見せる。背面にカメラがいくつも付いている。
「ちぇー。しかも、最新機種じゃん。バチバチAI搭載されてるやつ。なんからしくないや」
「別にAIと名のつくもの全てを否定したいわけじゃねえよ。こいつらに任せられるような簡単なこと、任せた方が効率化できることは全部やらせればいいだろ。便利なものなんだからさ」
「奇遇だね、俺もまったく同じ意見だよ」
「だろ。じゃなかったら今すぐ解散だ。創作をただの作業にしていいはずがない。誰もが生み出せるが、誰もが生み出せない。心血を注いで作ったのに、大概できるものは歪で脆くて汚いから、こんなにも楽しいんだろ」
先輩はすべり台を見ながら、自分の膝で頬杖をつき、面倒くさそうに呟いた。その見た目とは裏腹に強い力が言葉には込められている気がした。
「だから、なるなよAIになんか。人間は、人間らしく血の通ったものを己が手で作ろうぜ」
作ったものがどんなに下手でも、おかしくても、気に入らなくても、胸を張って愛したい。自分の肥大したどうしようもなく汚い欲求は、自分から出力された汚いものでしか満たすことはできないのだから。
AIから出力されたよく分からないもので、満たされた気分になれるほど、心に渦巻くこれは、きっと綺麗なものじゃない。
「元よりそのつもりだよ!」
凛は自身の横で拳を握り込み、目を輝かせながら同意を示す聡平を鼻で笑った。彼はさながら、投げられたボールを得意げに持って帰ってきた大型犬のようだ。
「なにさ、熱い話したのは凛くんの方でしよ」
「悪い。面白くて」
「えー! 凛くんが素直に謝った?」
「うるせぇよ。アホ犬、さっさと連絡先交換するぞ。ボクの番号がいらないわけ?」
「犬……アホってひどい! ──あ、いや連絡先は欲しい。ください」
二人は電話番号と通話アプリ、それぞれを交換する。それから嫌がる凛を聡平はあっさりと受け流して、アプリ内のトークグループ「新・ボランティア同好会」と銘打たれた場所に一人を追加した。
「なんだこれ。名前ダサすぎるだろ」
「あなたが名付け親だよ!」
「……うるせぇな。初めて客観的に見たんだよ。そうじゃなくてもコンテスト出るなら、新しくバンドとしての名前は必要だな。聡平、考えとけよ」
「えー。俺? それこそAIが……」
「は? ──まぁいいよそれでも。お前がこのボクや仲間に背負わせる名前を、それぐらいが適当だって判断したんだったらな」
先輩から冷たい眼差しを向けられる。俺の一言で、本当に不愉快な気持ちになったんだということが痛いほど伝わってくる。肌の表面をゆうに通過して、体の内側を凍らせるような冷たさだった。
「じょ、冗談ですやーん。ははは……。ごめん。つい言っちゃった。本当は考えたくて仕方がないよ。そういうの考えるの好きだからさ」
口を開けた途中で、自分の本意ではないことに気がついた。多分、先輩はただ自分が面倒だから、俺に押し付けたんじゃない。俺が適任だと判断したからこその指名だったと思う。申し訳なさでいっばいの頭に重力を感じていると、先輩の笑い声が聞こえてくる。
「分かってるって。嬉しいよ、お前はボクのキレ芸に真っ当に付き合ってくれる。なんかいつもごめんな」
「もーうやめてよ。本当に怒らせちゃったかと思って焦ったよ」
「いや、本当に怒ったよ。普通に気分悪い」
「えー! どっちなのさ」
今度は腹を抱えながら笑う凛。ひとしきり笑った後、彼はお開きを提案した。
俺は少し寂しさを感じた。連絡先を交換した今、会おうと思えばいつでも会える。それなのにどうしてこんなに喪失感を覚えるのだろうか。
「そんな顔するなって。──夏休み、何回か活動するぞ。もちろんボクも参加する」
「ほんと?」
「嘘つかねぇよ。『ムジカデラーニモ』出るっつたろ。これからやらなきゃいけねぇことばかりだからな」
嬉しかった。カラオケでも歌声は聞いたけれど、やっぱりステージで、先輩の隣で、俺だけの特等席で聞くあの声が欲しい。じゃなきゃ満たされない。
「これまでありがとな。あの二人と連絡取ってくれてんだろ? ボクにはできないことだから本当に助かってる。ボク一人じゃ演奏にならないからな」
「うん! 俺もどうせなら四人で一緒に舞台へ上がりたいからさ。できるだけ頑張る。だから凛くんは堂々と前歩いてよ。俺ら必死で着いていくからさ」
「────Con calore」
凛は胸に拳を当てて、唇をしまいながら照れくさそうに笑った。
それから、二人は公園を後にして駅へと向かった。その後は、それぞれの帰路へとつくのだった。




